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多言語・多通貨・多文化間の電子商取引(EC)を支える現場から

現地へ提供できる価値は何ですか?

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私は海外向けEC事業を行うためのASPサービス提供に関わっているのですが、この立ち位置にいると、一口に海外向けに物を売りたいと言っても様々な形があることがよくわかります。どのような販売形態をとるかは会社 によってさまざまなのですが、だいたい3つの要因によってきまる気がしています。具体的には1)現地へ提供できる価値、2)資金そして3)法律や社会的な制約です。

今回は1)の現地へ提供できる価値について書きたいと思います。

さて、前回の記事「海外向けECで「買いたい!」の種を蒔く5つのアイデア」で、海外からものを購入するケースを想起いただく際に“amazonやDELL以外”と書きました。

ほぼ通販モデルだけで日本企業と同等、あるいはそれ以上に日本市場に受け入れられた海外の通販事業者としてamazonやDELLが真っ先に挙がると思われますが、一般的な「海外向けEC」とは別のステージにいますので、同列に論じると混乱するとと思われたからです。

この2社は価格でも納期でも、現地(この場合日本)企業に対する十分な競争力を持っています。しかし本拠地は本国のまま、というのは考えてみると非常に興味深い事例です。

今回はそのうちamazonを例として挙げてみます。

amazonはECのシステムという面では、購入までのクリック回数がとても少ない優れた店舗設計をしていたり、最先端といえるレコメンドシステム、ソーシャルネットワークとの連携機能など、どれも大変素晴らしく、学ぶべき点は無数にあります。

ただし、amazonが日本に上陸した2000年ごろ、amazonの一番の価値は、和書・洋書ともその品揃えだったのではないかと思います。

今でこそ「ロングテールの法則」などで、ほぼ無限に商品情報を持てる大規模ECの価値が定義・評価され、楽天Booksや7&Yなどの競合のオンライン書店も増え、この価値を提供できるのはamazonだけではなくなりましたが、実はこの「日本中から買える、どんな本でもある店」というのは少なくとも日本の研究者や本好きに革新的な利便性を提供していました。当時そんなお店はごく一部しかなかったからです

それは日本の出版流通が「取次」と呼ばれる強い卸売業や、「再販制」と「委託販売制」で複雑にルール化されており、多くの中小の書店は取次から届いた本を売るのが仕事のようになってたことが原因として大きいように思います。

「再販制」とは製造業(この場合出版社)が小売業(この場合書店)へ、店頭で販売する価格を指定できる制度です。本来再販価格、つまり店頭販売時の小売価格を指定することは競争を抑制するため独占禁止法で禁止されています。しかし、ごくわずかな品目に関しては例外として再販価格の指定が認められており(独占禁止法第6章第21・23条)、書籍・雑誌はここに属します。

「委託販売制」とは、小売業(この場合書店)の店頭に並ぶ商品(この場合書籍)は、小売業者ではなく製造業者(この場合出版社)に属するというものです。売れ残った本は出版社へ返品すればよいので、この制度を利用することにより書店は仕入れリスクが事実上なくなります。

なお、書店の数は2009年10月時点で15,482店舗(出典:日本著書販促センター)、出版社の数は2008年度末で3979社(出典:出版年鑑)あり、これらの企業が上記の再販・委託販売を個別に行うのは現実的ではありません。そのため取引を仲介するサービスとして卸売業者である「取次」が発展しました。

 

ところで、本は何らかの形でその中身の評価が行われて初めて購入される商品です。よっぽど既に世の中に知らしめられている書籍・雑誌以外、店頭で中身を確認して購入される、というプロセスが一般的でした。その露出機会としての店頭に並ぶことは非常に重要な意味を持っており、どれだけ広範に露出するかが書籍・雑誌の売れ行きに直結しました。

上記のような制度の具体的な結果として、この文章を書いている現在でもリアルな流通においては、本や雑誌というものはどの店にどの本が何冊届くかまで、卸業者がコントロールできるようになっています。いまでも、地方の小さな書店に行くとどの店も売っている本がほとんど同じ「最近売れ筋の本」になってしまうのはそのためです。(最近例外もいろいろと出てきていますが…。)

しかし、書籍・雑誌などのコンテンツは他の商材と比較して類似商品で代替がききにくいのが特徴です。Aというテーマについて知りたいのであれば、それについて書かれた本が読みたいのであってBというテーマについての本ではないのです。消費者にとっては、書評や人の推薦で特定の目的を持って書籍を手に入れようとすると、店頭になければ予約や注文をして何週間も待たなくてはなりません。もちろん、うろ覚えだと注文すらできなかったりします。す ぐに必要なら店頭に置かれている商品を手にとってその中から選ぶしかありませんがそれがニーズを満たすとは限りません。そのうえ、隣町の本屋に行っても並んでいる本はほとんど同じかもしれないのです。

対して、amazonでは近隣の書店に並ぶよりはるかに大量の、新旧取り混ぜた書籍を一様に並べ、比較し、既に読んだ人の意見を聞きながら購入すべき書籍を検討し、実際に注文できる機会を提供しました。amazonの倉庫に実際の書籍がなくとも、商品情報さえ提供されれば露出機会、販売機会をつくりました。これは日本の出版流通にとって革命的な意味があったのではないでしょうか。

このような、不便だったり奇妙だったりする現地事情に対して、「それは変だよ」と新しい価値を提案できるのは、現地のルールに染まっていない、あるいは組み込まれていない外部の者の強みです。amazonはそのような新しい価値を日本へ投げかけてきたサービスで、だからこそ日本の市場で今まで不便を感じていた消費者に歓迎され、ここまでの成長を遂げたのではないでしょうか。

さて、ここまで革新的ではなくても、日本から海外の現地向け通販で業績を伸ばしつつある企業には何らかの、「現地へ向けた、自社ならではの解決提案」があるように思います。それが現地企業にとって解決が難しい問題であればあるほど、現地向け販売が波に乗る原動力になるように感じています。

たとえば「日本にはありふれているけれど現地にはない」とか、「日本では当たり前の利便性として提供されているけれど、現地の社会的事情でその利便性はあたりまえではない」とか。具体例を書くとユーザーさんに怒られそうなので控えますが…。

ですから、日本の会社が、日本におけるamazonやDELLの立ち位置につきたいのであれば、現地の事情をよく調べ、話を聞いて、自社の提供 できるものがどのように彼らに貢献できるかを考えるべきだと考えています。それが解ったうえで、その強みを提供するための仕組みを考える必要があります。例えば amazonならば前述のシステム面も重要ですが、品ぞろえと価格競争力を支える仕組みで重要なのは、現地(日本)出版社との信頼関係と物流のはずです。

ECのシステムというのはそういった素晴らしい商品やサービスが、やりたいことを実現しやすくするための道具であり、そのような企業にとって価値の提供を邪魔しないように、改善につとめていきたいと考えています。

(※この記事は過去にはてなへ投稿した記事を加筆修正したものです)

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