公教育の現場の実情・本音は、閉鎖的な環境でもあり、教師の公的な立場もあり、なかなか言いづらいもの。しかし、誰も言わないがために間接的に曲解され、世間との溝ができやすい。教育の情報化やICT活用教育を主な切り口に現場の課題を率直に伝え、世間とのコミュニケーションを促進する「媒(なかだち)」となりたいと考えています。

近未来の学校は若い教師でいっぱいになる

»

●公立学校における本務教員の年齢構成
 文科省が公表した、公立学校の年代別教員数。注目すべき統計情報です。5年も経つと、団塊の世代の教師が大量に退職し、少ないベテラン・中堅教師と新規採用間もないたくさんの若手教師が学校を構成します。これから5年、10年後......、自分がどのポジションにいて教育現場がどうなっていて、何をなすべきか? 学校は、教師は、嫌でも今まで経験したことのない課題に直面します。

graph01.jpg(出典:文部科学省『平成22年度学校教員統計調査本報告 調査結果のポイント(PDF)』) ※クリックで拡大

 例えば小学校。上のグラフをご覧ください。5年も経つと経験と知恵をもつベテランや中堅はかなり少なくなり、若手中心の職員構成となります。結論、20代の若手教師が、現場の実務を積極的にまわしていかねばならない時代が間違いなく来るのです。このメンバーで、複雑かつ増え続ける教育に関する諸問題・課題に立ち向かっていくことになるのです。中学校、高校も同様の傾向が見られます。

●教師の離職者数とその理由


hyou01.jpg(出典:文部科学省『学校教員統計調査(PDF)』) ※クリックで拡大


 上の表は、教師の離職者数とその理由です。理由が病気であるものの半分は精神疾患です。教師の精神疾患者の比率は、一般のサラリーマンの2倍とも3倍とも言われています。病気を患いながら、薬を飲みながら働いている教師はこの何倍、あるいは何十倍でしょうか? 根拠はありませんが、私が現場にいて感じる直感では相当数いると思われます。日本の学校は、人、金、時間のリソースが非常に少なく、もう何も入らない飽和状態にあります。

 教育にかける予算の割合はOECD(※)の比較可能な国中最低という調査結果もあります。自治体も、教育にかける予算の割合が減り続けているところが多いように思います。教師の給料は業務が多岐に渡るにも関わらず、主要国に比べて安く、学校現場の負荷が大きすぎるのです。優秀な人材は教師を目指さず、結果、教育の質は低下するでしょう。事実、教員採用試験の受験者数は減少傾向にあり、2014年は、首都圏では競争倍率がたったの2倍ほどだったそうです。管理職のなり手もないと聞きます。割に合わないのです。これは、定員割れの高校や大学の話ではありませんよ。

※OECD=経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development)

【参考リンク】
→ 教育への公的支出日本は最下位 奨学金制度が鍵=OECD報告書(The Huffington Post 2013年06月28日)
→ 教職員の勤務状態から見る日本の教育(子ども応援便り WEB版)
→ 子どものための教育予算がどんどん削られています!(子ども応援便り WEB版)



 日本は教育にはあまりお金をかけず、学校は講義型の一斉指導で社会が求める人材を効率的に育てることを要求されていました。それはそれで素晴らしい成果をあげてきました。しかし、時代は変わりました。「知識基盤社会」などと言われ、子どもたちが食べていくには知識量だけでなく、混沌とした新しい時代に対応する、知恵を合わせて協働する力が必要となり、教育の目標や内容も変える必要があります。今以上に「少子高齢化社会」となり、今までのような稼ぎ方では国を支えきれなくなるでしょう。大人だって、老後の年金などアテになりません。少なくとも私は全くアテにしていません。これ以上子どもたちにツケを払わせる訳にはいかないでしょう。定年後も体が動かなくなるまで生き生きと働く覚悟です。学校の授業は一斉指導中心では限界となり、子どもたちがチームで主体的に学び合い知識を獲得し、協働的に課題を解決していくような形を取り入れていくことになるでしょう。授業改善、学級・学校経営改善に本気で舵を切る勇気が必要です。行政は、それを本気で支える覚悟をしなければなりません。報告書を出せ、リスクを潰せとトップダウンしている場合ではないのです。

 学校は若手中心のチーム構成で、少ないベテランと中堅がいかにリーダーとしての意識を高くもって成長し続けマネジメントし、成果をあげていくかが強く問われるでしょう。茫洋と自分のことだけやっていて授業は従来通りでは通用しません。若手も、甘えている猶予はありません。20代のうちに、従来有力なベテランや中堅が担っていた重要な校務を任され学校全体に貢献していかねばならないようになるでしょう。それぞれの年代層が、今何をするべきか、真剣に考える時が来ています。我々教師は未知の課題に協働しながら向き合って解決していく必要があるのです。趣味のようにサービス残業し過酷に耐えヒーヒー言っている場合ではありません。

 保護者や地域も、そんな「若い」学校をいかに支え、みんなでどう協力して子どもたちを育てていくかという課題に直面します。理不尽な苦情等は控え(当然、必要な苦情や意見は言う権利があります)、前向きな協力を考え、具体的に学校を応援する行動に移さねばならぬ時が既に来ています。勉強やしつけは学校任せで口だけ出すでは我が子我が孫を「喰えない大人」にし、結局自分がいつまでも苦しい思いをすることになります。

 鍵を握るのは「コミュニケーション」だと考えています。大人も子どもも、話し合い、お互いを理解尊重し合い、常にポジティブに、協働・共生・共栄・平和な世の中をみんなで目指すべきです。

※本記事は、ブログ『内田 明の教師日記』の「近未来の学校は若い教師でいっぱいになる」より、編集・転載しています。

Comment(2)

コメント

杉山清志

30歳以下の教員ので自分の親の誕生日を言える者は2割以下。若年教師で、大事なことを自分で決定出来ない者が多く、原因としては、多くは親も教員で、大事に育てられ過ぎて、問題の解決は常に親である教師がしてきており、自分では不安で決定が出来ない。子供たちには自己決定が出来るように指導しても自らはできない。ボランティアの指導はしても自分ではした経験がない者も多いなど、教育者として首をかしげたくなるような者も多く、大変な時代が必ずやってくることが予想できる。こういう教師たちに教育はできない。単に、研修をすれば良いのではなく、本質的な改革をしないと、日本の教育のみの未来はない。教科指導の研修どころの騒ぎではない。教員の人間性や社会性を本気で改善しないと大変な時代がやってくる。

内田 明

若手は意欲があり、いろんなことにチャレンジし吸収する良さがあります。しかし、経験が足りません。子どもへの対応、保護者や地域への対応、授業のうまさ等「教師としてのセンス」は、経験から磨かれていく部分が大きいと思います。中堅・ベテランは、若手を育てる意識をかなり強くもつ必要が出てきます。「個」ではなく「組織」としてみんなで若手を支えながら、前向きに、いい学校を創っていこうと思います。組織としての力が高い学校が、いい学校となるでしょう。

コメントを投稿する