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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

なぜ日本のメーカーは元気がないのか?

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マーケティングでいう「価値」とは何だろうか? また、「価値創造」とは何だろうか?

このあたりを議論すると、多くの日本のメーカーがいま元気でない理由が少し見えてくるかもしれない。

なお、「価値」を学問的に議論すると、かなり大変なことになる。ここでは実生活(ビジネス)の感覚に基づいた実用的な議論をしたいと思う。

 

ういう話を聞いたことはないだろうか。

たとえば、「100円あげるから1000円と交換して」と頼んでも、応じてくれる人はいない。

では、「1000円あげるから1000円と交換して」と頼んだらどうだろうか?

両替なら別だろうが、1000円札同士だとしたら、怪訝な顔をするだけで応じてくれない人が大半だろう。

では、「10000円あげるから1000円と交換して」だったら?

何か裏があると疑うのが先だと思うが、裏がないと確信したら応じる人がほとんだろう。

以上は実はあるセミナーで聞いた話である。講師はこう締めくくる。

「1000円は価格で、10000円は価値です。価格より高い価値を提供しないとお客様は来てくれません」

本当だろうか?

 

「はてなキーワード」によると、「価値」には3つの意味がある。

1.その人の行動に影響を及ぼす事物などの度合い。時間をもとに、金額で表現されることが多い。

2.経済学の用語で商品が持つ交換価値の本質のこと。

3.倫理、哲学及び刑法学においてあらゆる個人や社会が絶対的に良いと認められた性質のこと。

  • price 市場価値
  • value 有用性としての交換価値
  • worth 道徳的価値

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%C1%C3%CD より)

 「価値創造」という意味での「価値」はvalueであろう(weblioによれば、訳語は「value creation」) 。

もちろん、valueが最終的にpriceに結びつくわけではあるが、value=priceにはならない。

それどころか、value>priceだと感じたときにはじめて、人は購買すると言える。

priceを決める要因は、煎じつめれば需要と供給のバランスとなる。

コストと利益を積み上げてpriceを決める方法もあるが、需給バランスと大きくかけ離れた高い値付けをしてしまったら売れない。適正価格で提供できるようにコストを下げる方向で考えないといけなくなる。

本当はpriceについても難しい議論はたくさんあるのだが、実用的な観点でなら、valueに比べると簡単である。マスな動きなので、ある程度計算ができるからだ(注)。

(注)こんなことを書くと「値付けは経営」とおっしゃる稲盛和夫氏に怒られるかもしれないが、あくまでvalueと比較すると、という意味だ。

 

れに対して、valueは完全に個の、しかも心理に依存する。だから難しい。

10万円のフィギュアがあったとしよう。その道のマニアでない人には、まったくの無価値である。絶対に買わない。

しかし、人気アニメのキャラクターで限定100体しか売らないとしたら、マニアにとってはむしろ安いかもしれない(注)。

これは、そのフィギュアに絶対的な価値があるからではない。ある人にとっては無価値だからだ。

あくまで購入するマニアの心理的満足度(シリーズでそろえる達成感や同好の士に自慢できる満足感など)が価値の根拠になっている。valueというのは、こういうものだ。

以上は極端な例だが、世の中の商品・サービスを買うか買わないかは、すべてこの原理で決まってくる。

年間の売上目標を決めて、それを組織的に達成するのは、努力次第と言える。必ず達成できるとは言えないが、リーズナブルな目標であれば達成できる可能性は高い。

しかし、誰か一人を決めて、その人に商品を売るのは一気に難しくなる。

どんなにスキルの高い営業マンでも、世の中の人すべてに商品を売るのは不可能である。10人に売ってこいと言われたらできるのだが、Aさんに必ず売れと言われたらできるときとできないときがある。

Aさんが買うかどうかは、商品にprice以上のvalueを感じたときだけだからだ。要らないものなら、タダでも引き取らない。

(注)そうなるとマニアでなくても投機目的で買う人が出てくるかもしれないが、その人も当然value>priceと感じたからそうするのだ。投機的価値を付加するのも価値創造の一種と言えよう。

 

ういう意味で、冒頭のセミナーでの話は正しい。 ただし、value>priceでないと買ってくれないという意味では、だ。

だが、あの言い方は、実は危険な言い方だと思う。

講師は賢い人なので、これ以上は言わなかったと記憶しているが、参加者が次のように受け取ったとしたら間違えるからだ。

「そうか、valueを上げればお客が来るんだ! よし、valueを上げる努力をするぞ。そのためにはできるだけコストをかけずに機能を高めることだ(セミナーなどならコンテンツを磨きあげることだ。接客業ならホスピタリティを高めることだ)」

この考え自体が間違っているわけではない。低コストで高機能が実現できれば売れるに違いない。しかし、こういう考えにとらわれると間違えるのだ。

間違える人は、機能追求や徹底したコストダウンや贅沢度の向上に走ってしまう。それを価値創造だと思ってしまう。

しかし、価値創造とは、こういうことではないのだ。

日本のメーカーの多くが今困っているのは、このように勘違いしている人が多いからだと、僕は思うのだ。

 

ちろん顧客から受けたフィードバックを新商品の企画に反映するのもマーケティングである。新商品の企画は機能設計やコスト計画や見栄えなど多岐に渡るのは言うまでもない。

だから、このように間違える人が多いのだが、マーケティングにはもう一つ重要な側面がある。

それは、すでにある商品を買ってもらう仕組みを作ることだ。

既存の商品の価値を高めるからこそ、価値創造なのだ。

そして、そのための手法が販売促進(販促)であり、その根本にあるのがマーケティングなのである。

と聞くと、「じゃあバンバン広告を打ったり、テレビなどでPRしてもらうことが価値創造なの?」と言う人もいるだろう。

もちろん、それも価値創造の手段である。

ただ、手段の議論以前に、本質をとらえないといけない。

 

値創造には二つの側面がある。

一つは、value>priceと感じる人を探し出すこと。もう一つは、value>priceであることを確実に伝えること。

テレビCMでもWeb広告でも何でも同じだが、まずはvalue>priceと感じる人は誰かを想定しないといけない。

万人に向けるのは実質不可能なので、まずは市場を分割して考える。分割とは市場を分ける観点をはっきりさせるということだ。性別、年齢、地域、あるいは本人の抱える課題や欲求など、いろんな観点があるが、そのうちのどれを観点とするかを決める。

観点は通常複数ある。地域・年齢・性別・欲求などを組み合わせるのが一例である。

分割をセグメンテーションといい、対象とするセグメントをターゲットという。

先ほどの例で組み合わせると「東京近郊に住む20代の女性で仕事と結婚を両立させたい人」がターゲットの一例となる。

想定したターゲットに向けて効果的と思われる広告を出していくのがセオリーだ。

ターゲットはなかなか定まらないものだ。分割の観点を決めるのが難しいし、どのセグメントにするか決めるのも難しいからだ。

上の例でいえば、観点は地域ではなく、年収なのかもしれない。ターゲットも20代後半に絞ったほうがいいのかもしれない。あるいは20代~30代と広げたほうがいいのかもしれない。本当は30代向けなのかもしれない。

試行錯誤が必要だ。試行錯誤して反応を見て、ようやく「探し出すこと」ができる。 

 

し出したら、確実に伝えることだ。この伝え方も難しい。

たとえば、お客が店に来たときのことを考えよう。店員としては、単に放置していてはいけない。しかし、用もないのに話しかけてもいけない。この加減の難しさは店頭販売の経験者ならみなさんごぞんじだろう。

上手にタイミングをとらえて、適切な提案ができれば、お客は当初買う予定がなかったものまで買ってくれる。これはまさしく価値創造だ。

しかし、悪いタイミングで変な売り込みをしたら、お客は何か買おうと思って立ち寄った場合でも、その場で立ち去ってしまうだろう。 これでは価値破壊になってしまう。

お客に話しかけるという一見同じような行動を取っているにも関わらず、まったく逆の結果になるのだ。

対面でも、このように難しい。相手の顔が見えない広告などではさらに難しい。しかし、この難しいことをしてのけたときには、そこに価値が生まれる。これが価値創造なのである。

 

局、価値創造とは、すでにマーケットに出ている、あるいはこれから出す予定の商品・サービスに対して、value>priceと感じる人を増やす活動だと言える。

value>priceと思う人が増えれば需要が供給を上回り、pirceが高くなるのである。

重要なのは「思う人」が増えるという一点である。

絶対的な価値があって、それに価格がつくわけではない。

「思う人」が多ければ多いほど、価値が高まり価格が高くなる、ということでしかない。

たとえば、17世紀のオランダではチューリップ・バブルということが起こった。チューリップの投機熱が高まり、最終的には球根一個で家が買えるほどの値段がついた品種もあったという。

球根に絶対的価値があったわけではない。value>priceだと思った人の数が膨大だったから(そうなった理由ははっきりと分からないそうなのだが)こうなっただけのことだ。

こんなことはあり得ないだろうが、世の中の人全員がダイヤモンドなんて単なる石ころだと思ったら、いくらお金をかけて採掘し、加工したとしても、1円の値段もつかない。

冒頭のセミナー講師とは別の講師が、「それだけの価値があれば、いくらでもお金を払う人がいる。価値に見合った値段にしなさい」と説いていた。

これも間違いではないのだが、参加者の中には「自分の商品やコンテンツにはまだまだ価値がないから高く売れないのだ」と勘違いした人が多かったようだ。

 

く買ってもらおうと思ったら、機能や品質などを高める努力より前に、value>priceと感じてくれる人を探し出し、正しく伝える努力をするほうが先だ。

そうすれば、価格が上がるだけでなくお客の数も増える。今度はそこからフィードバックをもらう努力をする。大量のフィードバックがもらえるようになってから、機能や品質を高めることを考えればいい。

そして、その機能や品質というのは、あくまでターゲットが感じる機能や品質であるのだ。作り手がいいと思う一方的な機能や品質ではない。

多くの日本のメーカーはこのあたりを間違えていると思いませんか? 僕には、そう思えてならない。

そして、故スティーブ・ジョブズの最後の10年ぐらいの仕事は、このあたりをきちっとわきまえていた。だから成功したと思うのだ(注)。

(注)ジョブズは、顧客からのフィードバックや市場調査は無視して自分の美学を貫いたのがよかったのかもしれない。だから、その部分は当てはまらないかもしれないが、これはマーケティング的な手法の問題であり本質的ではない。彼は、自分の美学に共感する人に絞って、その人たちに対してvalue>priceだと感じさせるための活動を一貫して行ったのである。これこそが価値創造なのだ。 

なお、ジョブズのことを書いていて思いだした。記事では製品そのものによる価値創造がないかのように書いているが、一つ例外がある。それは、今まで市場になかった画期的な新製品でウオンツを喚起できた場合である。ウォークマン、iPhoneなどはそれに該当する。その場合でもアイデアを出した人が、それを欲しくて欲しくてたまらないという顧客的な視点に立てたときに成功するのは言うまでもない。また、そのような製品は、極めて例外的だということは忘れてはならない。 

記事に共感した方は、ぜひ下記のサイトにもお立ち寄りください。

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▼マーケティングで最も大事なことは自分軸を持つこと。
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