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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

ブルーオーシャン戦略は、名前通りのいいものなのか?

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ひさしぶりにタイトル通り「成功哲学への素朴な疑問」を呈したい。

「ブルーオーシャン戦略」という言葉がある。これも成功屋が好きな言葉ではなかろうか?

060219-sea.jpg

一言でいえば、競争相手のいない新市場を開拓することで一気にシェアを取るという戦略と言っていいだろう。

(参考)

▼J-Marketing.net-マーケティング用語集-ブルー・オーシャン戦略
http://www.jmrlsi.co.jp/mdb/yougo/my02/my0222.html

▼Q-BPM.org-ブルーオーシャン戦略
http://ja.q-bpm.org/mediawiki/index.php/ブルーオーシャン戦略

▼Wikipedia-ブルー・オーシャン戦略
http://ja.wikipedia.org/wiki/ブルー・オーシャン戦略

任天堂のWiiの成功が代表例とされている。これについては贅言を要しまい。

「ブルーオーシャン戦略」自体は有効な戦略だと認めたうえで、 なんだかいいもののように思っている人が多いことについてはどうなんだろうと思う。

対比する言葉が「レッドオーシャン戦略」(つまり、血みどろの海での戦い方)なので、そのような印象を与えているだけではないだろうか?

イメージのよい言葉を利用する成功屋は後を絶たないが、本当にそんなにいいものなのかをよく自分の頭で考えないといけない。

自分の頭で考えていただくためのヒントを以下に書いていきたい。

なお、この記事はブルーオーシャン戦略批判ではない(戦略そのものの批判でないことは、読めば分かっていただけると思うし、それができる能力がないのはいつものことだ)。ブルーオーシャンという言葉を、安易にいいものだと思うことに対して疑問を述べているにすぎない。

※上の美しい画像は、http://www.kunikoegawa.com/sea/060219-sea.html から拝借しました。

 

営業は水色でも、開発は血みどろでは?

wii_shiro.jpgWiiは確かに売れた。

性能にこだわらなかったので、価格が安くできた。

プレステ等ではあまりに高度なゲームばかりになっていたので楽しめなかった高齢者やゲーム下手も買った。

家族や友達で集まって遊べるゲームはプレステにもあったが、Wiiはさらに向いていた。

などなど、従来のゲームマニア向けとは違う市場を開拓し、喜ぶユーザーも多かった。

営業は、もちろんウハウハだった。

だけど、Wiiの開発は楽チンだったんだろうか?

Wiiがそうかどうかは実は知らないのだが、ブルーオーシャン戦略で泣いている開発者は結構いそうな気がしてならない。

まあ、開発者はブルーだろうがレッドだろうが、常に泣いているようですが・・・。

※Wiiの写真は、任天堂のHPより。

 

ニッチ戦略と何が違うのか? 

ブルーオーシャン戦略の解説では、差別化戦略との違いを強調している(というより、レッドオーシャンには価格競争か差別化かどちらしかないと言っている)。

僕は差別化とは、コトラーの言う4P(製品、価格、プロモーション、チャネル)の見直しだと思っている。ブランド化なども結局は4Pの見直しだ(ドラッガー主義者はこれにマネジメントを加えるかもしれない。僕はそれにも賛成だ。そうなると差別化に有効なツールはBSCかもしれない)。

ただ、企業戦略やマーケティングの専門家は、差別化戦略といえばもっぱらポーターのいう差別化戦略(=高付加価値戦略)のことを言う(注)。僕の考え方より狭い見方だ。

僕自身、企業戦略やマーケティングの専門家ではないので、言葉の定義について争うつもりはないが、実務上で差別化を考える場合は、僕と同じような観点で考えるはずだ。製品やサービスだけ差別化しても、いまは売れないからだ。

とはいえ、ブルーオーシャン戦略が差別化戦略とは違うというのは認めていい(どちらにしろ違うから)。

では、従来からあるニッチ戦略とは何が違うのだろうか?

フレームワークの違いだけではないだろうか?

W・チャン・キムとレネ・モボルニュが提唱したフレームワーク(戦略キャンバス、アクションマトリクス)は、確かにブルーオーシャンを発見するのに有効だろう。

ただ、ニッチ市場を探すのにも有効だと思われるのだが、いかがだろうか?

となると、ニッチ=隙間という言葉の印象の悪さを、ブルーオーシャン=広々とした青い海という印象のいい言葉に置き換えただけのように思われるのだが。

(注)ネットでいくつかの記事を見ていたら、ポーターのいうところの「差別化戦略」についても、人によって言うことがずいぶん違うことが分かった。こういうのはやはり原典を読まねばならない(が、いま手元にないので、混乱があることだけ指摘しておく)。なお、『MBA経営戦略』(グロービス・マネジメント・インスティテュート、第3版、2001年)での解説は、僕の意見に近いものになっている。これが正しいとすると、Wikipediaの「差別化戦略」の項はかなり不十分である可能性が高い。Wikipediaのいいところは、そのような記事にはやはり疑義が表明されているところで、みなが言うより信頼性の高いメディアだと思う。

 

マーケットが広いからニッチとは違う?

バーカ、ニッチというのはもっと狭い市場に特化することを言うんだよ、勉強しろ、という声が聞こえてきそうである。

まあ、確かにその通りだし、ニッチの多くは顧客単価の高いものだ。顧客数が少ないから顧客単価を上げないといけない。

Wiiの成功がブルーオーシャン戦略によるものと言われるのは、確かにニッチとは違う広い市場だし、しかも低価格化も伴っているからだろう。

しかしながら、僕には単に広さの問題であり、隙間であることには違いがないように思われる。隙間が広ければ低価格でもよくなる。

仮にブルーオーシャンとニッチは違うということを認めたとしても、世間ではブルーオーシャンとニッチの区別がついているかどうかは疑問だ。

その証拠に、ブルーオーシャン戦略という言葉は、どちらかというと自営業や小規模企業で流行っている。彼らには広い市場など要らない。それこそ、従来のニッチ戦略(ブルーオーシャン戦略のフレームワークを使うかどうかは別として)でよいわけである。

なのに、ブルーオーシャンという言葉に飛びつくのは、言葉の印象が良いからではなかろうか?

となると、単にイメージやムードに踊らされているだけのような気がする。

こちらhttp://www.mindreading.jp/blog/archives/200905/2009-05-19T1440.htmlにいろいろとポーターの競争戦略との違いを書いてくださっている。どうやら、「BO戦略では、/マスを狙うため、/「セグメンテーション」(市場分割)/という考え方をしません。」という部分がニッチ戦略との違いらしい。だが、本当にそんなことが可能なのだろうか? Wiiの企画時に任天堂はセグメンテーションをしなかったのだろうか? 疑問は残る。

 

ブルーオーシャンは楽ちんか?

自営業者や小規模企業経営者がブルーオーシャンをもてはやすのは、イメージの良さだけではなく、頭を使えば新市場ができるというお手軽さにあるのではなかろうか(それは誤解だと思うのだけど)?

頭を使えば新市場ができるということは否定しない。ただ、お手軽かというとそんなことはなかろう。

kotowaru.jpg個人で「ブルーオーシャン」を切り開いていった人といえば勝間和代さんが思い浮かぶ。

勝間さんは近著『「有名人になる」ということ』で、彼女の市場価値は、金融・会計の専門知識を持っているうえで、それを噛み砕いて文章化する能力に優れていたところだとしている(本人曰く「概念的なものを文章化する能力」)。

聞いてみれば何ということもない能力だと思うかもしれない。ただ、勝間さんが売れ始めた2008年ごろには競争相手がいなかったのも事実だろうし、自分の市場価値を発見するというのは試したことがある人にはお分かりのようになかなか難しいことなのだ。

勝間さんも試行錯誤の末に自分の価値を発見して、(彼女のいう)ブルーオーシャンに乗り出した、つまり大いに苦労したということなのである。

ブルーオーシャンにおいては、戦略立案・企画・開発の段階がとても苦しい。営業が楽なだけである。

※写真はAmazonより。

 

永遠に繰り返す必要があることが理解されているのか?

戦略立案・企画・開発で苦労して、無事ブルーオーシャンに乗り出せたとする。

成功屋にだまされやすい人たちは、これで一段落着き、あとは大儲けと思っているようだ。

とんでもない。

僕は冒頭に書いた。ブルーオーシャン戦略とは「競争相手のいない新市場を開拓することで一気にシェアを取るという戦略」だと。

この「一気にシェアを取る」という部分は、ブルーオーシャン戦略の説明では、あまりはっきり書かれていないことだ(冒頭に参考としてあげた3つの記事には書かれていない)。

しかし、ブルーオーシャンに乗り出したら、一気にシェアを取って、そこでキャッシュを作っておかないといけない。

ブルーオーシャンはすぐにレッドオーシャンに変わるからだ。

再び勝間さんに登場願おう。

 なお、競争相手について、当初、わたしはほとんどいないと考えていたのですが、書籍においては、わたしが本を書きはじめて約四年たったころから続々と現れはじめました。
 二〇一一年末に、『まじめの罠』に続いて『ズルい仕事術』という本を出版したのですが、正直、わたしが思ったよりも売れません。紀伊国屋書店の発売当時のPOSデータを調べたところ、次の二人の著者(筆者注:ちきりん、瀧本哲史)がわたしの本とほぼ同部数売っていたことがわかりました。なるほど、それまではほぼ独占していた市場だったのが、三人で分け合うようになったら、それは思ったほど売れなくなくて当然と、妙に納得してしまいました。(前掲書、P77)

「勝間は終わコン」だと口の悪いネット住民はいいがちだが、こと書籍に関しては、ブルーオーシャンがレッドオーシャンになっただけのことだというのである。

本当に「終わコン」なのか、レッドオーシャン化なのかは今後の勝間さんの活躍を見るしかないのだが、しかし、ブルーオーシャンがあっという間にレッドオーシャンになるというのはよくあることだ。

大企業なら、ブルーオーシャンとして獲得した市場で一気にシェアを取り、リーダー戦略をとることでシェアを長期に確保することも可能かもしれない。

しかし、こと自営業や小規模企業においては、すぐに追随者が現れて、レッドオーシャン化することは目に見えている。

というのは、投資額に限度のある企業では、経営資源といっても頭脳しかない。それこそ一生懸命頭で考えることでブルーオーシャンに乗り出していくことになる。だが、それは裏を返せば参入障壁が低いということである(特許などがあれば別だが)。同じような能力があれば、容易に乗り出せるのである。

いや、大企業だって同じことだ。大企業の場合でも、少なくとも同じ程度の生産能力があれば、容易に乗り出してくる。

さきほどからWiiを引き合いに出しているのは、そのことに思いをめぐらしてほしかったからだ。任天堂が再びゲーム業界で苦境に立ちつつあるのは、ご存知のことだろう。

一度ブルーオーシャンに乗り出した企業は、一生ブルーオーシャンを求めて航海し続けなければならない。

 

実は、起死回生の戦略だから人気がある?

永遠の航海がいやであれば、ブルーオーシャン戦略は、起死回生のための戦略であると割り切ることだ。

Wiiは長い間プレステに押されていた任天堂の起死回生の商品だった。勝間さんが有名人になろうとして、自分の市場価値を試行錯誤したのも起死回生のためだった。

起死回生の戦略としては、ブルーオーシャンはかなりすぐれた戦略だといえよう。

本当は、自営業者や小規模企業経営者にブルーオーシャンが人気なのは、みんなそんなことはとうに知っていて、自分たちが起死回生を図らないと生き残れないことに気づいているからかもしれない。

ならばとにかく必死にブルーオーシャンを探して、そこで一気にシェアを取り、キャッシュを稼いで、あとはブルーオーシャンのことなど忘れて、地道にやることではないだろうか。

地道にやるというのは、レッドオーシャンで戦い続けることだ。血みどろの既存市場の中で、ドラッガーのいうように、日々イノベーションを追求するのが地道にやるということではなかろうか。

まあ、だったら、最初からレッドオーシャンでもいいような気もしませんか?

こんな身も蓋もないことを言う僕は、もちろん成功屋にはなれない。

 

まけ。

素朴な考えかもしれないが、ブルーオーシャン戦略が本当に成功するとしたら、乗り出した直後にありえないような参入障壁が作れた場合のみだろう。

たとえば、1週間で返却すれば無利子というローンがあるが、これなどはブルーオーシャンを考えるうえで重要な事例ではなかろうか。

ちょっと考えれば分かることだが、最初の1社以外は参入できない。2社目が入ってきたら共倒れどころか消費者金融業界全体がつぶれてしまう可能性まである(注)。このぐらいの発想が常にできるのであれば、ブルーオーシャン戦略は無敵である。

ただ、これがこの会社の利益にどれだけ貢献しているのか、そのあたりは分からない。

(注)例として面白いので出しただけのことである。実際には、どこでいくら借りているかは一発で照会できるようになっているので、このようなことが起こらないような対策を打つことは可能だ。

 

自社の考えをインタビューして文書化してほしい方は↓

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