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男らしい、女らしい、男らしくない関連議論の無駄と現代における評価基準

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僕が子供のころ、何かやると先生から、あるいは親から「男のくせに」「男らしくない」と叱られました。「男は堂々とすべき」というような、男はこうあるべき論が多くて、当時は「女の子って、いつも可愛がられていいな」なんて思った記憶があります。まあ、女の子は女の子で「女なんだから」と言われていたのでしょうけど、当時は知る由もなく。

先日、とあるバラエティ番組にLBGTの方々が出演されていました。みなさん、子供の頃から自分に違和感、あるいは親の躾に違和感を感じておられたようで、「男らしくしなさい」なんて言われて困ってたという話を聞きました。

僕自身、自分の中には「自分は男としてこうありたい」というものはあります。金銭的なこと、立ち振舞い、重いものを女性に持たせないとか、いろいろとルールを持っていますが、これは他人に押し付けるところではないと思っています。

昨日、電車の中で新入社員同士の会話が聞こえてきました。

「講師から、男なんだから、って言われたんだけど、男女差別はいいのかな?」

なるほど、その注意の仕方はどうなのかな、と。特にいまどき、男だから、女だから、という価値観で人を育成させることなんて出来ない気がしています。男はこうあるべき、男なんだから、というのは、あくまでその講師の方の個人的基準に過ぎず、赤の他人は別の基準を持っていたりするわけですし、そもそも男女で何を変えるのか、ということもあります。

日本には、まだまだ男女差別が残っている企業があるようです。男性社員が介護をしているので引っ越せなくても総合職から外れないのに、女性社員が結婚しただけで(妊娠もしていない)一般職への異動を勧められたり。意外と大手でこんなことが行なわれていると聞きますが、早く次の世代の企業になっていかないとですね。

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