オルタナティブ・ブログ > 鹿島泰介の「UXのトビラ3」 >

UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第2回】UXをセミナーやイベントにどう生かすか

»

最初に、セミナーやイベントを取り巻く施策を図示してみた。これら施策を成功に導くために、マーケターは、企業は、いったい何をするべきか。そのプロセスでUXはどう生かせるのかを、今号では考えてみた。

image_02-01.jpg

■企業側とお客さまとの目的をマッチさせる

まず一般的に、企業がセミナーやイベントを企画する際に何を目的にするのか? そこから得られた情報をどう生かすのか? 目的は、受注である。情報は、営業にそのまま展開し早期受注をめざす、ナーチャリング(見込み客を実顧客化する施策の実施)で機が熟してから営業に共有し確実に受注に結び付ける、営業が受注に向け追い込みを掛ける際に後押しをするなどの生かし方ができる。マーケターはどうしても、自分たちの企画を実現することのみに注力し集客だけを考えがちだが、一方で、実はお客さま一人ひとりきちんとした目的をお持ちだということを忘れてはならない。双方の目的を合わせることをベースに、セミナーやイベントは実施されるべきだ。

image_02-02.jpg

■オムニチャネルでお客さまは渡り歩く

セミナーやイベント集客のための各種施策に対し、それを受けるお客さま側の目的や心理にスポットを当てて、UXの必要性と集客プロセスでの取り入れ方、並びにそのプロセスに不可欠なUX要素を洗い出してみよう。オムニチャンネルで、お客さまがさまざまな手段やルートを渡り歩く時代がすでに到来しており、その行動に準じたマーケティング活動は、そのまま受注に直結する。

■そもそもセミナーやイベントに参加する目的は?

目的は、大別すると4つ考えられる。1つめは上長や上司への報告のため。担当レベルだと、上司の指示の場合であれ自発的であれ、レポート作成を視野に資料収集やメモに時間をかける。2つめは、プロジェクトをスタートさせる前の予備調査のため。日程や予算によるが、各社のサービス比較も大切な目的だ。3つめは、業務における日々のテーマや進行中のプロジェクトに取り入れるための情報収集。最後の4つめとして、純粋な知識の蓄積や自己啓発といった自らへの投資も、基本的な目的の一つとして忘れてはいけない。セミナーやイベントでは、これらの目的を意識し、吟味した仕組みや仕掛け、コンテンツの準備を怠らないこと。それが参加するお客さまの経験価値として蓄積され、UXを向上し、ブランド価値も高める。image_02-03.jpg

■セミナーやイベントへ参加する心理は?

上記4つの目的の中で心理的な負担が大きいのは、やはりプロジェクトを抱える、もしくはその責任者として、ある一定の投資判断をしなければならない立場で参加するお客さまだろう。

ここで、マーケティングサイエンスの第一人者である早稲田大学の守口教授とコラボレーションした際に出てきた「解釈レベル理論」について考えてみたい。これは人が置かれたさまざまな環境により、気持ちや真剣度合いが変わるというもの。ここには「時間軸」「空間軸」、そして「テーマ軸(テーマの重要度や予算額とも言える)」の3つの軸がある。

image_02-04.jpg

いつ? は企画上で大切な要素

特にマーケターとしてウォッチしなければいけないのは、「時間軸」と「空間軸」だろう。「時間軸」とは、具体的にはシステム導入時期だ。予算は残っているが、時間がない。特に期末や年度末にこのケースは多く、導入に対するお客さまの真剣度合いは極めて高い。プロジェクトがスタートしてからも、同様のことが言える。システムインテグレーション案件を例にとると、プロジェクト開始当初の要件定義段階では、リリースまで時間的に余裕があるので細かなことに気が回らないが、いざ1カ月後にカットオーバーとなると、そのシステムを自分ごととして捉え、真剣味は増す。すなわち「時間軸=真剣度合い」と言える。緊急度が高いほど真剣度合いが増すことを、お客さまが顔に出さなくても企業側はしっかり見て、判断し、対応に経験価値を織り込むことが、受注に直結するルートとなる。

image_02-05.jpg

■どこ? もしっかり考えよう

また「空間軸」は、どうしてもマーケティング上では外せない。具体的には「どこか?」だ。それは、お客さまとイベント、セミナー開催場所の関係もあれば、データセンターに関わることなら、その所在地も大きな要素になる。全国規模の支社や支店、サービスセンターなども同様に、お客さまの拠点との位置関係は、「何か困ったときにすぐ相談できる」心強い味方だと感じさせられれば、気持ちを高揚させUXとしての価値も高まる。これだけネットワーク化が進み、クラウド上でいろいろなことが進む昨今でも、マーケターにとって「空間軸」は今後もリード獲得に関する施策に欠かせない要素だ。Webサイト上での告知やメルマガなどで誘導を強化する際も、明確な意図を持って開催場所を明示すれば、お客さまをリードに導ける。

image_02-06.jpg

■事前期待のコントロールが満足度を決める

加えて情報提示のうえで欠かせないのは、やはり5W1Hのコンセプトだと思う。上記ではユーザー視点で目的や心理を見てきたが、何と言っても開催するセミナー、イベントのコンセプトが明確に伝わらなければ、その価値は認められない。

旬のテーマか、必要性を感じるテーマか、緊急性を感じるテーマか、そもそも役に立つテーマかなど、切り口は多くある。お客さまのニーズや事前期待とマッチする、もしくはそれを超えることが満足度につながり、何よりお客さまと企業とのエンゲージメントは進む。結果としてブランド価値も向上する。

営業視点では、事前期待をコントロールすることが、受注およびそれ以降のビジネスのつながりを持続するうえで重要との考え方がある。これは主として、「サービスサイエンス」の側面で論じられることが多い。お客さまの期待を過剰にあおって受注しても、提供するのが一般的なサービスだけでは満足してもらえない。むしろ期待をあおらず、お客さまの理解をいただきながら受注すると、一般的なサービスであったとしても満足度が高い場合がある。

image_02-07.jpg

■「サービスドミナントロジック」を生かす

特にセミナーやイベントの告知で、「これまで見たことがない」「予想をはるかに上回る」「すべてのお客さまの課題を解決する」「誰もが納得する驚きの○○○○」といった表現をよく見かけるが、集客を焦るがあまり誇張しすぎた表現となり、結果としてお客さまの事前期待を裏切ることになる。モノであれサービスであれ、昨今はそれらを一体化して「新たな概念のサービス」と呼ぶ傾向にある。そこは「企業とお客さま」という立場の境界はあいまいで、「サービスを基盤としたプラットフォーム」と捉えた方が、より説得力が増す。両者の一体感を醸成したうえでセミナーやイベントに参加するのと、そうでないのとでは、成果に大きく差が出る。この考え方を「サービスドミナントロジック」と呼び、勝ちパターンのビジネスモデルとして、特に米国シリコンバレーの企業では盛んに取り入れられている。最近はアワードまで登場し、真に「協創」を促すような素地が出来上がりつつある。プロフィットであれロスであれ相互がシェアするという、画期的かつ合理的考え方だ。image_05-7.jpg

UXの議論の中でビジネスは、いわゆる価格だけの過当競争に陥るコモディティー化から、商品力で競争し、そこにサービスを付加する方向にシフトして、究極はやはり「エクスペリエンスを取り込むこと」だと位置付けている。「豊かな経験を付加して価値に換算すれば、モノやサービスの価格を上げることが可能だ」とする考えだが、私としては、まだまだ売る側と買う側に温度差を感じる。「サービスドミナントロジック」の優れている点は、モノであれサービスであれ、およそ「世の中に存在するビジネスはすべてサービスである」という新しい概念があること。そして新しい概念のサービスを中心に据えて、提供側も受け手側も、それを取り巻くすべてが同一のプラットフォーム上で動くという点にある。まさに「協創」に力点が置かれ、だからこそ相互の信頼の絆は強く、誇張した表現や過大な広告は不要だ。この「協創」により、顧客側の経験に価値が生まれる。正しい取り組みを正しい手法でやることが、この新たなロジック上では重要になる。

untitled.bmp

これから、商品ブランドや統計などをベースにしたマーケティングオートメーション(MA)は進んでいくが、その流れの中でUXはどのような価値を提供できるのか、次回はそれを考えてみたい。

※文章中に記載された社名および製品名は各社の商標または登録商標です。
Comment(0)