UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第12回】UX~デザイン思考の未来シナリオ(後編)

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第11回から、前後編でUXやデザイン思考の未来予測を試みている。
前編で、私自身が考えるUXとは「提案力・商品力・品質といった切り口から、お客さまとの接点すべてで豊かな経験を提供する」ことだと述べた。例えば朝の「おはよう」や感謝の気持ちを込めた「ありがとう」といったコミュニケーションも含め、「お客さまのタッチポイントのすべて」がUXである。すなわちUXは、CS(顧客満足)をも包含した総体的な概念や理念だと位置付けている。この考えは当社内では浸透しているが、UX識者間ではけげんな顔をされることが多い。しかしUXの世界的すう勢は、このホリスティック・エクスペリエンス(全体的な経験)に移行している。このことを前提に、後半をお届けしたい。

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・誰もがUXリサーチャー=イテレーション(反復)の精度と頻度が上がる

UXがホリスティック・エクスペリエンスに移行する流れの中で、今後は誰もがUXリサーチャーになれる時代が到来するだろう。以前、検索大手G社のUXリサーチャーにお会いしたが、彼はもともと、北欧で子供たちに日光浴をさせる「日光浴インストラクター」だったという。UXリサーチャーは特別な職種に思われがちだが、彼のような直接的に経験のない人材が、G社でUXリサーチャーとして働いている。そのとき、UXの奥深さに感銘を受けた。誰もがUXリサーチャーとして、サービス精度を向上させる立役者になれる、そんな時代の到来を最近はとみに感じる。

 

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UXの取り組みは、失敗を恐れず、数多くの経験を繰り返し積み上げることで、サービス精度の向上が実現できる。かの発明家トーマス=エジソンは、一万とおりの試行の後「失敗ではない、うまくいかない方法を一万とおり発見しただけだ」という名言を残したが、UX観点では「一万回の経験をした」と言える。経験を繰り返し積み上げることをイテレーション(反復)というが、そのサイクルの頻度を上げれば、おのずと経験の価値は高度化されるだろう。それに加えて、G社のように未知数な異分野の人材をUXに巻き込むことで、さらに反復サイクルの高速化が可能ではないかと思う。単眼かつ直線的な思考ではなく、複合かつ横断的な思考が、今後のUXイテレーションサイクルの主流となるだろう。

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・「リアルタイムUX」のすすめ

このコラムでも言及し、UX関係者の間でも話題になるのが、CSとUXの関係だ。CSが「一時的」なのに対し、UXは「継続的」ということだが、さらに進んでUXは同時並行的に進んでいく「リアルタイム性」がある点にも注目したい。単に経験の積み重ねから得られたものというだけでなく、顧客へ即時に提供できるかどうかも、今後はUXレベルの判断基準になるだろう。当社では、デジタルマーケティングで獲得したお問い合わせや資料請求などのリードも追っており、ディスプレイに刻一刻と、お客さまのリード案件が表示されていく。このとき、お客さまはどのような気持ちで当社にお問い合わせされているのだろう。課題解決を望んでいるのか、困られ助けを求めて来られているのか、単に相見積もりが必要なだけか、それとも課題すら分からず、たまたまたどり着かれたのが当社だったのだろうか。思い巡らすときりがないが、顧客対応は3日より1日、3時間より30分と、迅速に行うに越したことはない。さらに、これからのUX視点では、電話やメールを受け取ったそのときが「お客さまが最も当社を必要とされているとき」という感覚を持つことが重要になってきている。顧客対応は人間でなくても、AIなどの人工知能を駆使したロボットであってもいいと思う。限りなくリアルタイムに近づけることが、これからのUXとして求められる。

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・UXは「360度、365日の全方位コネクション」

上記の「リアルタイム性」に近い概念だが、「360度、365日の全方位コネクション」とは、まさに顧客をぐるりと取り囲む、もしくは私たち自身も常に周りと関わりを持つこと。方向的(360度)だけではなく、時間尺度(365日)でも関わり続けることだと思う。過去数十年にわたるIT化の進展は、業務を効率化させたと同時に本来業務から人々を遠ざけたとも言える。メールや計算ソフトなどで便利になった分、付帯の作業も増えてしまった。人は本来クリエイティブであり、自ら考え、企画し、企業をあるべき方向に導くのが理想だ。その理想を実現するために、当社もプラットフォーム事業として、ITだけでなくその周辺作業も包含したサービスに注力している。物理的かつ時系列的にお客さまの事業に真摯に向き合い、お客さまを支えている。この業務のすべてを俯瞰して捉え、包み込み、つながり、そして支えていくこと、それがすなわちUXの新たな形ではないかと私は思っている。

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・経営×UX。戦略を統合せよ!

経営は、筋道を立て、それを通すことが正道である。それに加えて見やすく、使いやすく、分かりやすく、そして伝わりやすくするのがUX、そこに至る方法論がデザイン思考だ。それならば経営とUXの統合化しかないと、最近感じている。特に従来の売り切り、買い取るという「所有社会」から、レンタルやリースなど「利用社会」になってきている点で、今後は顧客との関係構築がより重要となってくる。これまでも、ブランドエンゲージメントや顧客ロイヤリティなど、数々のキーワードがマーケティング視点で産み出されてきた。しかし、中には企業の利潤追求が目に付き、結果として顧客の不信感だけが残るといった事象も散見された。
過去のコラムで述べているが、経営もサービスドミナントロジック(商品とサービスが一体化し、ステークホルダーのすべてが、そのプラットフォームを運営するという新たなサービス概念、およびそれを推進する理論)を大いに活用するときがきた。

「所有社会」から「利用社会」に急速に移行する中で、これまでの発信を見直し、お客さまをも巻き込んで、ある意味対等な立場で共にプラットフォームを運営する。企業はUXという理念を取り込み、経営戦略で大きく舵を切らねばならない時代が訪れるだろう。

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・未来を創るスマートUX

近年よく耳にする「スマート化」の基本は、エコ社会の構築である。単にエコロジーや効率化、倹約などだけに傾斜するのではなく、シンプル化することで遊びを生み、より楽しく活気あふれる社会を創ることこそが、めざすべき方向性だと思う。
それを実現するためには、社会を創る関係者全員が、美しい未来、来るべき新しい社会を創るために共に活動し、そのアクティビティを次の行動につなげていくという連鎖が求められる。最近はインクルーシブ(巻き込み)という言葉が盛んに使われるようになったが、関係者全員を巻き込んだアクティビティの連鎖が「スマートUX」といえる。
UXを一企業や個々人で進めるのではなく、社会を創る関係者全員が意識を持って関与し、これまで培われた日本の文化と世界的に巻き起こるUXの波、それを相互に見やすく、分かりやすく、使いやすく、そして伝わりやすくしていくこと―それが、結果として楽しく活気あふれた、持続可能な社会や地球を形成することにつながる。

・日本発のスマートUXを世界へ

先日、英国人とペットの散歩で出るゴミ処理について話をした。英国では近年に法が整備され、長年かかってやっとそのゴミが減りつつあるそうだ。一方日本では「誰もが特に法に縛られず自主的に掃除をしている」と話したら、美しい通りに納得していた。日本人には元来、海外にも毅然として通用する美徳が備わっていて、
「MOTTAINAI」「OMOTENASHI」や「BUSHIDOU」「ZEN」など、英語として定着しているものもある。これらは日本人の魂の底に連綿と横たわるDNAであり、ある意味では誇りでもある。「BUSHIDOU」のシンプリシティとも合いまって、日本人はより美的価値のある高度な「スマートUX」を実現できるといえる。また前回のコラムでも言及したが、近年UX領域でみられるテリトリーミックスや、今後急増するだろう訪日外国人や在留外国人の存在は、明らかにイノベーションを起こすための触媒になると思っている。今後5年間は、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックの話題で脚光を浴びた「OMOTENASHI」の提供が、日本人にとってUX練磨の機会となるだろう。

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「スマートUX」を実現できる素地がもともと備わっている日本が、UX文化を吸収する立場から、スマートUXを世界に発信していく時代となることを期待し、筆を置くことにする。

 

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-完-

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