UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第9回】UXによりエスノグラフィの幅を広げる

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・エスノグラフィって何だ

最近でこそ「エスノグラフィ」というワードが、広く巷で知られるようになり、その重要性が盛んに議論されるようになったが、「エスノグラフィ」は「行動観察」や「観察工学」などと訳されることが多く、そもそもは文化人類学者や人間行動論など人間工学分野、あるいは認知心理学などの特定の学者が扱う領域だった。

私自身、学生時代は人間工学を一時専攻したこともあり、人間行動論や人間工学概論は、それなりに深く学習した経験がある。文化人類学の観点からも、人そのものやその行動を見つめ、探ることは大変興味深い。ただ、エスノグラフィという言葉は耳にに残っていないので、少し探ってみると、実は大航海時代に起源があることが分かった。この時代の欧州の列強は、盛んに未開発国の植民地化を進め、その中で例えばオーストラリアを統治しようとした大英帝国が、アボリジニなどの原住民の暮らしを深く観察し、掘り下げることにより、その統治精度を向上させたなどの史実も残っている。最近ではアマゾンの裸族の生活や行動から人間の本性を探り、現代人の深層に迫るなどが、エスノグラフィの原点となっている。

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・「みる」という行為がエスノグラフィ

翻って、最近エスノグラフィが着目されているのは、もっぱらIT分野での操作性改善が目的の中心のようだ。もちろんエレベーターやエスカレーター、はたまた車両保守や建設現場の重機保守など、日立ではそれらの改善のためにエスノグラフィ手法が幅広く活用されている。ITについては、その手法を用いた改善が商品力向上に直結することはいうまでもないが、以前提案書についてのコラムでも述べたように、「みる」という行為自体は、何も目的を限定する必要はない。

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・調査から何が得られるか

むしろ、多くの企業内行動が「しっかり見ていない」ために効率が落ち、課題が見えず、問題が露見しないのでは無いだろうか。一般には調査という観点から、外部に委託し、その結果をレポートしてもらう。それにしても、以下の疑問は湧く。

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そもそも調査会社の信頼性など、不安を挙げればきりがない。多くは結果をベースとして特定顧客への営業活動のたたき台となり、お客さまに自社提案や自社サービスに理解を求める判断材料になることがコストをかける上で命題となる。

・担当者自身が、主観的な意見をきちんと持つ

これら一般的な調査に対し、エスノグラフィ手法は何ができるのか。非常に重要なことは「担当者自身が、主観的な意見をきちんと持つ」ということではないかと私は考えている。そこには個人で広さや深さの違いはあるかもしれないが、一つひとつの作業に対して、今エスノグラフィで議論されている取り組みを自分事として捉え、日々の業務に生かすことではないかと思う。

自分でやれることには限界はあるので、調査自身を否定するわけではないが、自身が取り組む提案やシステムインテグレーション、はたまたパッケージ開発や品質管理、そして保守に至るまで、自身が自分事として捉え、見て、観て、診尽くしてこそ、新たなイノベーションが生まれる。

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・デザイン思考で結果を分かりやすく伝える

一般的なエスノグラフィの活用領域を超えて、自身とお客さまとのタッチポイントのすべてで、手法の活用を、特に私のコラム読者にはお伝えしたい。また、その中で最近のコラムで取り上げてきたデザイン思考を用いアウトプットを出すことが、表現面からは特にエスノグラフィ結果を、関係者と情報共有する上で不可欠だ。調査で得られたインサイトがどんなにエポックメイキングなことでも、どんなに受注アクションに直結する結果が得られたとしても、それが分かりやすく伝えられなければ、意味がない。

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・UX観点からのエスノグラフィのポイント

これまでのUXの取り組みの柱となっている三本柱「提案力」「商品力」「品質向上」について、簡単にエスノグラフィ視点から、そのポイントを以下に列記する。

■提案力とエスノグラフィ

・提案や導入の決定者が誰なのかを徹底的に調べて、見尽くす

・お客さまのWebサイトを徹底的に調べて、見尽くす (調査会社任せにしない)

・お客さまの方針と自社提案内容との整合性を図る

・結果をビジュアライズ (可視化) して、お客さまの理解を求め深める

■商品力とエスノグラフィ

・まず自身がその商品を見て、触り、操作し尽くす

・エンドユーザーと共に暮らす、過ごす

・エンドユーザーの操作シーンを実際に見る

・エンドユーザーにできる限り、操作時に話してもらう (発話法)

・エンドユーザーすら気づかなかった課題があれば、共有する

■品質向上とエスノグラフィ

・まず自身が評価対象を見て、触り、操作し尽くす

・品質の尺度を評価者自身で作る (主観的に)

・周囲の品質管理者とその尺度を比較、共有する

・主観評価した結果をできる限り広く組織内で共有する

・品質保証も主観評価が重要

提案力や商品力については、担当者自身がとにかく主体的に取り組むことで、一定の改善は図られ、成果に結びつくと容易に想像できるが、品質管理部門は往々にして、主観評価自身を評価対象にしない傾向がある。今後は、少しでも「見にくい」「分かりにくい」「使いにくい」「伝わりにくい」といった現象を品質面で感じたら、すぐに関係者と協議し、一定の評価尺度を持ち、できればガイドライン化やマニュアル化することをお勧めしたい。

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・常識を覆す「リフレーム」という考え方

加えて、最近は「リフレーム」や「リフレーミング」という言葉が出てきており、単に深い観察や洞察から得られた結果だけに留まらず、その結果をもとに、見方の角度を変え、立場を変え、環境を変え、方法を変え、そもそもの根本理論を覆す、つまり常識の枠から離れ、常識を破壊することにより、新たな解を求めることが、盛んに行われるようになってきた。単に「見る」だけに留まらず「リフレーム」の着想点とする、エスノグラフィの真骨頂はむしろここに存在する。

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・人は意外と目の前のものを見ていない

これまでエスノグラフィというと、どうしても観察工学専門家もしくは専門企業の特殊領域と捉えがちだが、実はお客さまなり、システムなり、品質なりといったものを、真摯に見つめ直し、観察の幅を広げることにより、いくらでもその応用範囲は広がる。そしてそれがそのまま営業の受注活動に直結し、商品力は上がり、品質も向上する。今すぐにでもできることから、始められることをお考えになってはいかがだろうか。「人は意外と目の前のものを見ていない!」これが、エスノグラフィの原点であるし、教訓とも言える。

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次回は、終盤に近づいてきたので、UXのグランドデザインについて考え、深掘りしてみたい。

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