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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

品質の未来はUXで決まる

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・品質っていったい何なのだろう

 どのような業界でも品質管理(クオリティコントロール/以下QCと略する)を無視したビジネスは存在しない。

特に戦後急速に経済成長を遂げた日本は、製造分野でのQC技術の高さがゆえに、ジャパンブランドを世界に定着させ、現在でも日本人の多くはそれを誇りに思っている。私自身もテレビやコンピューターなどの情報機器をデザインし、品質については設計部門とかなり深く議論した。最終段階ではQC部門とも連携しながら、モノづくりで世界のトップレベルをめざしていた。

エズラ=ヴォーゲルの著書「Japan as Number One」が1979年に発刊され、日本人のモノづくりに対する真摯な姿勢や管理体制が世界中に広まり、名実ともに日本が世界のトップレベルとなった。80年代に私はデザイナーとして米国に駐在していたが、現地の設計/製造部門と品質の高いモノづくりを実現するため、プライドを持って米国人たちと仕事をした。今考えると、デザイナーとしては現地で売れるモノづくりを必死で追究したが、品質管理部門や製造部門は日本式とりわけ日立式で米国内での市場拡大を狙い、大健闘していたのだと思う。おかげで、日立製のテレビやビデオは米国内では大きな信頼を獲得していた。

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・ビッグデータで進化する品質管理

 さて、昨今は担当者の経験や直感を大切にしたQCに加え、過去データを徹底的に分析し、高品質を実現する体制や手法が確立されている。いわゆる数値データによる管理だ。また、ユーザーや関係者の言動をベースとした言語データによる管理も行われている。この2種類のデータがQCの基本だ。数値による品質管理手法は、過去の膨大な蓄積データの処理速度が、IT化により急速に進んでいるために、その管理精度も大幅に向上している。

最近は、これらのビッグデータを単に分析し、結果をまとめてふかんするだけでなく、過去のデータから次に起こるであろう事象を予見するシステムが話題になっている。特に気象予測は、昨今格段の進歩を見せており、その予測精度は日々向上している。ただ、今年あった予想外の積雪の場合など、いかに過去データが多く蓄積されていても、気象の予測はなかなか難しいということだろうか。いわゆるモノづくりでのQCや問題発生予測などのデータから導き出される管理精度に比較すると、自然は依然としてデータ管理や将来予測上は難しい領域といえそうだ。

・ITの世界での品質とは

 ITでのQCとは、まず「バグ」を出さないということ。すなわち、システムが予想通りに動かないプログラミングのミスがQC最大の敵だ。一般的に、プログラムが出来上がった段階で各種の膨大なテストを行い、バグの度合いにより重要度を付けて、改修計画を立て対策していく。ほとんどの場合はシステムが正常に動くことに重点が置かれ、使い勝手に気が回ることは少なく、使い勝手に問題があっても、要件通りに出来ていれば正しい改修結果となってしまう。ところが、お客さまには微妙な使い勝手の悪さに対するわだかまりが残る。これが大方のシステム納品時の状況ではないだろうか。ITの品質とは「システムがキチンと動くこと」に尽きる。しかし、それだけで品質が確保されたとは言えない。

・バグ票って一体なんだ!

 バグとは小さな虫の意味だ。IT業界ではプログラムのミスなどを意味し、その歴史は古く、Wikipediaを見ると何とエジソンが設計上の問題点にバグという表現を使ったという記録もある。バグに対する消し込みは、バグ票と呼ばれる一件一葉のバグ改修用の帳票で管理され、その進捗をQCチームは厳格に管理する。それがシステム品質を高め、場合によってはブランド向上にも寄与する。

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以前日立グループ内のデザイン部門で、システムに使い勝手の不具合があった場合、バグ票の別名B票に対して、ユーザビリティの頭文字Uを取りU票という仕組みを作ってはどうかという議論があった。私自身、使い勝手上の不具合は、プログラミングのミスと同様のバグと考えていたので、大いに賛同した。しかしユーザービリティはデザインの担当という認識から、改修にはいたらなかった。

・何気ないお客さまの不満があぶない

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 上記のような意見がお客さまから出ても、それは主観評価であり、人によってはそう感じない人もいる。バグと認められればすぐに改修するが、人によって変わるような、使い勝手上の意見にいちいち付き合っていられないというのが、関係者の本音だろう。結果として、QC部門は上記のような不満に目が向かない。

しかし、一人でも不満を感じる人がいるならば、一度はバグとして捉え、UX観点での改修も視野に入れて考え直すべきではないだろうか。もし納品したシステムに対し、お客さまが主観的な不満を持った場合、UX観点からは著しく顧客経験価値を損ね、他システムを含めたブランドにも影響を及ぼし、総合的なブランド価値損失は計り知れない。

・アジャイル開発の登場で手戻りは減少

 昨今はアジャイル開発という手法が生まれ、開発者とお客さまの間でフィードバックできる仕組みがあり、上流でのお客さまとの合意形成が比較的簡単にできる。また、動くプロトタイプによる相互確認が進んで来たため、納品後の手戻りもずいぶん少なくなって来ているようだ。しかし、お客さまと合意を持ちながら進められるプロジェクトはいいとしても、そうでないパッケージ開発では、依然として「売れないモノづくり」が横行している。マーケティング不足な中での見込み生産のため、エンドユーザーの意見を取り入れる機会が少ないままプロジェクトは進み、出来上がったものは単なるエンジニアの独りよがりの産物となる。

 ハードの世界、特にBtoCの分野では、テストマーケティングが常識的に行われているために、市場での的中率に大きなズレは出にくい。しかし、クラウドのようなサービス形態では、BtoB・BtoCにかかわらず、サービス開始以前にマーケティングを行う習慣がないので、売れないサービスは全く売れない。フリートライアルがある場合、顧客は購買前にサービスに触れるが、それがそのまま購買につながるとは限らない。むしろフリートライアルがある場合、ITサービス提供者側は、より注意が必要だ。システムインテグレーションのように、お客さまと作り上げて行くシステムは、適宜レビューがあるためズレを修正できるが、クラウドの場合は一発勝負なので、少しでもUXデザインとして不備があれば、顧客経験は損なわれ、売り上げにつながらない。

・クラウドで変わる、サービス品質への評価

 今後クラウドサービスは、世界を見回しても急速に普及することは間違いなく、お客さまはシステム導入前の比較がより簡単になっていく。そうなると単に機能が満たされているだけではダメで、いかに豊かな経験をシステムやサービスを通して提供できるかが、勝負の分かれ目となる。その意味で、商品やサービスの満足度は、実はモノそのものより、それに接する経験品質によると考えたほうがいいだろう。

 サービスに対するQCは、数値データの重要性に加えて、主観的な言語データも真剣に考えたUX-QCに重点を置くべきだと思う。しかも、知らない間にソーシャルメディアから発信されるビッグデータは膨大な量が蓄積されていて、実はこの主観的な意見・個人的な意見こそが、売り上げの成否を左右する時代になっている。

・QCの未来はUXで決まる

 以下が、品質の未来に対する予見ポイントだ。

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 単なる好き嫌い、趣味趣向と思われていた個人的意見、特に経験を大きく左右する使い勝手に対する意見は、明確に品質と捉えて、対処すべき時代が到来した。世の中にはQCを担当されている方がたくさんおられると思うが、ぜひ考え方を再考されたらと思う。ユーザーの意見がビッグデータとしてすぐそこまで押し寄せている。

 今回は、品質の未来について論じたが、次回は特に営業の一線の方々に対して、提案書や提案方法などをUXを通して考え、述べてみたい。 


参考資料:参考資料:「QC手法の基本と活用」、2010年、株式会社日科技連出版社
編著者:山田佳明、著者:新倉健一、羽田源太郎、松田啓寿
※文章中に記載された社名および製品名は各社の商標または登録商標です。

 

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