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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

UXのしくみは意外とシンプル

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・UXっていったい何なんだろう

 UXとはユーザーエクスペリエンスの略称だが、特に日本人にとって分かりにくいのが「エクスペリエンス」だろう。翻訳の言葉として「経験」「体験」とあるが、この二語でさえニュアンスが違う。これは私の個人的理解だが、「経験」が継続的なイメージなのに対して、体験は一時的な印象を受ける。従って訳す場合には、私は「体験」ではなく「経験」を使うことにしている (ちなみにAppleは、iPadヒューマンインターフェイスガイドラインの中で、エクスペリエンスを「体験」と訳している) 。

 エクスペリエンスは、そもそも発音しにくいうえに、その言葉の響きから個人的に想像力をかき立てられるが、裏を返すとイメージが広がり過ぎて、どうとでも取れる言葉になってしまう。

 さらにエクスペリエンス(経験)について、最近は双子の星のように、エクスペクテーション(期待)と常に相前後して動いているように思えてきた。同じ「ex」の二文字から始まるので、きっと語源は同じではないかと思うのだが、まずエクスペクテーションが先に来て、それを追うようにエクスペリエンスが来る。

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・サービスサイエンスでの事前期待

 エクスペクテーション(期待)とエクスペリエンス(経験)という考え方自体は、サービスサイエンスの世界では既に議論されていて、事前期待と実績評価となっている。さらに、事前期待をコントロールする事が、想定される実績評価と満足度を左右する事まで言及されている。

 例えば今一歩のサービスだと、過大な期待をあおるような広告をせず、すんなりマーケットインするべきだ。もし過大に期待をあおるような宣伝をした場合、いざフタを開けた時に、お客さまには失望感が広がり、満足度は落ちる。

 このような評価の違いが出ることに着目しているのが、サービスサイエンスの特長だ。面白いのは、お客さまに全く期待が無ければ、そもそもそのサービスを選択しないわけで、期待をコントロールするさじ加減こそがサービス成功のカギになっている点だ。特にITサービスにおいては、日々多くの新サービスが登場するだけに、そのさじ加減の妙味に対する研究も多い。

 サービスサイエンス自体は、2002年末に米国の大学とIBMで議論がスタートし、2004年にIBMのパルミサーノ氏がレポートを出しており、その原型が確立されたそうだ。従って、サービスの拡販に力点が置かれているのは当然だが、ITサービスとの親和性が高いのも合点がいく。


・シナリオがあり連続的に動くUX

 UXは、サービスをいかに売るかに焦点を絞り、その商品性を徹底的に探って、いわゆる売れるものづくりをポイントに考えた場合、サービスサイエンスと似た面も持っている。一方で、お客さまとモノやコトの接点をシナリオベースで考えているために、出会いから別れ、興味や初期接触から廃棄もしくはその後に続く再検討や入れ替えなど、すべてが連続的なところがUXの最も重要なポイントだと私は考えている。

 つまり、シナリオのつながりは、何らかの不備による減点があっても、挽回のチャンスがいつでも待っている。一方で素晴らしいサービスなのに、ほんの些細なミスが、全体として受け入れがたいサービスになってしまう場合も考えられる。

 サービスサイエンスの専門家であるワクコンサルティングの諏訪良武氏は、サービスを徹底的に分解・分類すれば、意外とその類型は少ないと述べている。その簡素化こそがサービスを深耕させ、提供する側にとって有効に機能しているのではないだろうか。諏訪氏の講演会はいつも満員だと聞いているが、企業側からみるとシンプルな論理思考のために手を打ちやすいのが最大のメリットだ。


・漠然期待がUXを左右する

 もうひとつUXをやや複雑にしているのが「期待」に対する考え方だと思う。サービスサイエンスは、事前期待の設計という明確な落としどころがあるが、UXの場合は全体を通したシナリオの中に期待の設計が織り込まれているので、一つ一つの期待自体は漠然としている。つまり、漠然期待として「多分これはこうなるだろう」「きっと次はこう反応する」「答はこうだよね」「まあ、次はコレだな」というシナリオがあるわけで、答が手元にあるわけでもない。


・ビッグデータの時代が来たからこそUXが注目される

 日々の暮らしやオフィス内での仕事でも、モノやコトに接する時に、漠然と次に起こるであろう未来を想定している。そこで想定が外れると「思ってたのとチガウ!」と感じる。良い方に外れれば「スゴイっ!」となり、更に大きく良い方向に外れると胸に熱いものが込み上げ、ジーンとなり「感動!」する。もちろんそれが逆の場合は、「二度と来るもんか」「二度とやるもんか」「友達にもやめろと進言する」となり、最近はそれらがSNSなどを通じて、クチコミで拡散するために始末が悪い。

 もちろん良いクチコミなら波及効果は絶大だ。掲示板のような無責任な発信から、昨今のTwitterやFacebookなどのSNSに見られる信頼性の高い発信への移行は、情報共有を促し、自身の経験と照らし合わせる共感を生む。YouTubeのような動画では、さらにその共感度は益す。SNSを含め、世界中至る所に情報があふれるビッグデータの時代だからこそ、ますますUXの重要性が注目されているのだと思う。

photo_02-3.jpgオープンイノベーションサービス「Smart Business Gateway」


・連続的・漠然期待・逆進性

 今回はUXのストラクチャー(構造)を考え、それをサイエンスの領域にまで高めてみようとチャレンジしてみた。一つ見えて来たのは、UXはシナリオベースであり、連続的であること。二つめ、結果に対する明確な期待ではなく、漠然とした期待に誘導され、その結果を含む経験がUXであるということ。

 また、デザイナーの経験からいつも考えているのは、シナリオを出口から見るということだ。例えばテーマパークのアトラクションを顧客視点で見た場合、一喜一憂の様子は分かっても、お客さまの心理までは読めず、結果として正しい施策は打てない。アトラクションの終わりに、お客さまはどのような顔、どのような気持ちで乗り物から地上に降り立つかをつぶさに見つめ、そのお客さまの気持ちになってこそ、次の施策が打てる。つまり逆進性を有するということだ。テーマパークは、そのような視点からお客さまの気持ちを理解したうえで、逆方向に設計しているように思えてならない。

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・UXサイエンスの時代が来る

 そろそろ「UXサイエンス」という言葉が生まれても良い時代になった。この言葉は、今はまだ検索しても表示されないが、数年後には一つのアカデミックな領域になっているかもしれない。そもそも私を含めてサイエンスの苦手な集団がUXを論じているので、論理の整理ができていないが、広く世に問う時代がすでに到来しているので、今後の活発な議論に期待したい。

 次回は、UXと品質との関係に焦点を絞り考えてみたい。 


参考資料:「情報処理学会デジタルプラクティスVol1 No1」1.ITの未来を拓くサービスサイエンス~顧客満足向上の鍵を握る事前期待のマネジメント~ 諏訪良武著 情報処理学会
※文章中に記載された社名および製品名は各社の商標または登録商標です。

 

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