「教育」に関心のない人はほとんどいません。一方、いま「教育」において、どんなことが起きていて、どんな方向に向かっているか、メディアを通しての情報だけでは捉えることも難しいです。このブログでは、教育の今をなるべく分かりやすくお届けするとともに、一教育産業人として考えてることもお届けできれば、と思います。

地域コミュニティ継続に必要な3つのこと。

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地域のとあるコミュニティの打合せに参加しました。
強制的なものではなく、僕から進んで入会!?し、参加させていただいているものです。


まず、僕の生い立ちからの(笑)前提を。

僕はとても田舎で育っています。
何かにつけて強制的に参加しなければいけない、そういう変な仲間意識がとても苦手ですし、今でも嫌です。

一方、都会の方で、「わたしはわたしだもんーほっといて~」のように、自分の周りを形づくるコミュニティに対し、参加・協力意識が全くない方も苦手ですし、その考え方は嫌いです。
自分が「そこ」に存在するには、何らかの周りの社会から支援を受けていることが必要で、このことに無自覚である態度は幼いと思っています。

ただ、後者は恐らく、前者に対する嫌悪感から生まれた意識だと思います。
後者の考え方は嫌いではあるものの、そういう気持ちになることはよくわかります(嫌悪感だけで考え方が成立しているからこそ「幼い」と思うのですよね)。
現代の社会では、「地域」という括りの濃度が薄くなり(インターネットの影響も多分にあります)、人は地域以外でも「つながり」を多く持つ、持てる、ようになっていることも自覚しておかないといけないと思うんですよね。


そんな中、今回参加したコミュニティは、僕にとってとっても快適なものでした。
何か1つに所属する感(とでも申しますかね)がとっても嫌で、様々な活動にちょっとずつ、できる範囲で参加させて頂き、できることをやっている、そんな僕の存在を認めてくれ、そして、輪の中に入れていただけましたから。
「そんなん、どんなコミュニティでもやってるんじゃない?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、意外とそうでもなくて。
とくに、無自覚に排他的な雰囲気を強烈に醸し出しているコミュニティ、多いんですよ、これが。。。(あ、そういうコミュニティを否定はしません、ただ、僕は参画しない、それだけです)


こういうコミュニティが継続していくには何が必要なんでしょうか。ちょっと考えて、3つほどあるんじゃないかな、と思いました。
注)ここでいう「地域コミュニティ」とは、「地域、という名前のコミュニティ」ではなく、「地域の中で存在する(いくつもの)コミュニティ」、という意味です。


1.多様性を認める・多様な方が参画している。

上述しましたが、多様性を認めない・仲間意識が強烈(その分排他的)なコミュニティの存在意義自体を否定はしません。そこから生まれる強烈な「熱」のようなものが、まちづくりに必要なときが大いにありますので。
一方で、そのようなものが「地域全体で」求められていた頃と、時代は変わりました。
単に、人のつながりが希薄になった、とかに理由を求めるのではなく、地域だけで商圏が成り立たなくなる場合がほとんどになり、これからさらに(地域にいても、商圏として)グローバルを意識せざるを得ない社会になることは間違いない、という実経済の側面から、「変わった」と認めなきゃいけないと思うんですよね。

商圏固定の時代は、住む人の行動特性も似通っていて、住む人のそれぞれが「利」と考えるベクトルがある程度一致していたため、仲間意識が強烈なコミュニティばかりで良かった面も多分にあります。
しかし今は、地域に住む各家庭の経済活動を成り立たせる基盤が、地域のみではすまなくなり、全国、そして世界を意識せざるを得ないわけですから、自ずと多様な人が地域に住むことになります。
それを認め、多様な方が参画しやすいような仕組みや雰囲気づくりが、多くの地域コミュニティでは求められるのではないでしょうか。


2.自分の役割を弁え、演じる。

僕は今住んでいる三島市に、社会人になってから移ってきた人間です。
だからこそ、三島市にずっと住んでいると見えてこないところも見えてるんじゃないかな、と思うところもあります。
そして、東京をはじめとして、様々な場所の皆さんと「つながり」がありますので、そのつながりを利用して三島市の中に「おみやげ」を持ち込むことも、無理のない範囲でしていきたいなーとも思っています。

一方、ずっとこの辺に住んでいる人は、地元だからこそ知っている問題解決方法がたくさんあります。

役割分担だと思うんですよね。


3.自分ではできない役割を演じている人に感謝と協力を。

多様性を認めることは大事だと思う一方で、多様だから多様だから、が横行した集団に統制がとれるとも思えません。多様性を認めることと、みんな自分勝手に振る舞うことは違いますからね。

僕は現在の生き方、考え方、そしてこれまで培ってきたつながり...などから、地域活動にすごーーーくコミットする時間は、申し訳ないですがとれません。
ですが、いや、だからこそ、かな、コミットされている方に凄く感謝し、そして、協力できることはしたいと思うんですよね。

一方、地域活動に強くコミットされている方は、僕みたいに「できる範囲で協力する」という人間に排他的になってほしくないんですよね。強烈な仲間感を出されるとひいちゃいますので(苦笑)。
三島市にきて一度だけ、とにかく打ち合わせ中、人の固有名詞がバンバン出る会議に参加し、挙句の果て「この会議にもっと若い人参加してほしいよねえ~」(注:60歳近辺の方が多い会議でした)と言われちゃ、そりゃ出る気無くします。固有名詞ほど、知らない人間に、排他的に扱われているという感情を抱かすものはないですもん。

今回参加したコミュニティは、僕を輪に入れようと、気遣ってくれました。
※気遣え!というつもりはありませんが(笑
それがとても心地よかったんです。


地域の社会資本が豊かになっていく、って、とくにこの3の姿勢が溢れることがとっても大事だと思います。


※本ブログはZ会ブログ「和顔愛語 先意承問」2014年5月26日の内容を一部修正し掲載しています。

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