「教育」に関心のない人はほとんどいません。一方、いま「教育」において、どんなことが起きていて、どんな方向に向かっているか、メディアを通しての情報だけでは捉えることも難しいです。このブログでは、教育の今をなるべく分かりやすくお届けするとともに、一教育産業人として考えてることもお届けできれば、と思います。

大学入試、論述問題を増やすのがいいのでは?

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先日、「中央教育審議会高大接続特別部会審議経過報告」
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&Mode=0&id=185000690 
へのパブリック・コメントがあり、検討されている達成度テスト(発展レベル)に対し、下記のような意見を提出しました。
※会社を代表する意見ではなく、あくまで僕個人が、大学入試を"良く"するため、を思って、考えた意見です。

昨年から、大学入試改革の議論が活発に行われています。
下記の意見の前に、大学入試改革でどのような方向性が語られているか、ざっくりとご説明します。
注)粗く簡潔な説明ですので、細かな部分の正確性は欠くことを前置きさせてください。

今回の大学入試改革は

1.高校教育の質保証=高校の学習指導要領に定められた内容はしっかり高校で教え定着させてほしい。
2.大学教育の変革=与えられた問題の「正解」を探すのではなく、正解のない問題を課題化し、主体的に解決していく力を、大学で養ってほしい。
3.大学入試の変革=1、2を進めるために、高大接続時のカギとなる大学入試制度を変える、という手段に(まずは)訴える。

という「三位一体改革」と言われています。今回、パブリック・コメントの手続きがあったものは、この流れの中での、大学入試改革の方向性について、です。

現在の「センター試験」に替わるものとして

A.達成度テスト(基礎レベル)
B.達成度テスト(発展レベル)

が提案されています。
Aは、推薦やAO入試などで、基礎学力が身についていない高校生に大学入学許可を与えるようなことがないようにするためのテストで、上記「三位一体改革」の1に対応します。
Bは、知識偏重のテストではなく、「主体的に学び考える力」が身についているかどうかを測ることが目指されており、上記「三位一体改革」の2に対応します。また、今ある「センター試験」に置き換わるもの、というイメージでいると、だいたいあっています。

僕がパブリック・コメントに意見として提出したのは、上記の文脈の中での達成度テスト(発展レベル)について、です。大学入試改革全体を見ると、様々な論点がありますが、1点に絞ることがパブリック・コメントでは要求されます。論点を絞らないと散漫になりますからね。

...と、前置きさせて戴いて、提出した意見をすべて掲載します。あくまで、文科省のパブリック・コメントの手続きとして書いた意見、としてご覧戴き、皆様の参考になれば幸いです。
近い将来、今の大人が経験した大学入試とはかなり異なる入試になることは間違いないと思います。
※意見の骨子は、本ブログのタイトルの通りです。

===(以下、提出した意見です)===

同資料2(1)「高等学校がら大学までを通じて育成すべき力」の中に「主体的」という言葉が何度も繰り返されていることからも、大学入試改革、なかでも達成度テスト(発展レベル)においては、「主体的に学び考える力」の能力を測ることに強く重点をおかれていらっしゃると伝わってきますし、その考え方については大いに賛同いたします。

そこでポイントになるのは、その測り方について、でしょうし、「主体性」という大きな枠組みの中で、生徒会活動やボランティア活動などの評価といった議論が出てくるわけですよね。こと、達成度テスト(発展レベル)においては、まず、論述型問題の割合を格段に増やす。これだけで「主体的に学び考える力」を測るテストは、たとえ5教科型であっても作れるのではないでしょうか。フランスなどでは徹底した記述式の問題で選抜をする構えを取っているようですし、一定の主題に関してとことん思考力を試す論述試験は、主体的に学ぶ力がないとまず高得点は望めません。合教科・科目型、あるいは総合型、という、教科の枠組みを超えた試験の議論をする前に、なぜ論述問題導入への議論が盛り上がらないのか、疑問に思っています(解決策の1つとしては扱われてはいるものの)。 

今回の入試改革一連の話題の中で、「知識偏重の1点刻みの選抜から脱却」という内容が盛んに言われています。ではなぜ、そのような現状を生んだかと考えますと、私見では、過剰に「客観的」であることを意識する出題者側と、それに輪をかけて、情報公開の流れから、入試得点の開示が始まった悪影響だと捉えています。100%正解が導ける知識問以外の出題でも、出題者側が自らの主観による採点で「公平」である、と断ずる覚悟(とでも申しますか)を持たない限り、どんな方法論を模索しようと「知識偏重の1点刻みの選抜から脱却」することはないと考えます。逆に、この覚悟を持ち、かつ、ある一定の枠内に収まるような粗い採点基準を作成する努力とあわせれば、公平かつ客観的な試験が可能になると思います。ここ10年の、各大学の個別試験の傾向を拝見しましても、論述問題を避けようとする傾向は明らかに表れています。しかし、そこに歯止めをかけ、「思考力を試す論述問題」の出題に(入試全体が)踏み込むことで、「知識偏重の1点刻みの選抜から脱却」すると同時に、主体的に学び考える力を測ることができるものと考えます。

さらに、「主体的に学び考える力」を奨励する方向性の中では、学ぶ「過程」が重視されます。従いまして、その時点での学力を試す試験だけではなく、学びの過程が読み取れる出題も検討していただきたく存じます。たとえば、企業のエントリーシートでは、「これまでに経験した一番の困難と、それを克服した流れについて教えてください」という設問がみられますが、このような自由記述で、主体的にコミットメントしてきたかどうか、が測れる部分もあるかと思います。あるいは、とある学校や団体のトラブルのケースを挙げ、「この学校はどのように問題解決を図るべきか」という出題とともに、「今のあなたにできる課題解決は何か」と、自分事と所属するものとの解決法を分けると、当事者意識が如実に見られますので、主体性を図る上ではそういう出題も有効かと思います。

まとめますと
1.主体的に学び考える力を測る試験の方向性に大いに賛成。
2.その試験として「論述問題」を中心とする方向に変える。
3.2は、「知識偏重の1点刻みの選抜から脱却」することにもつながる。
4.2として、主体的に学んだ「過程」がわかる試験を開発していただきたい
ということになります。主体的な学び、に長年拘っていらっしゃった、安西中教審会長の強いリーダーシップのもと、改革が断行されることを願っています。

※本ブログはZ会ブログ「和顔愛語 先意承問」2014年5月16日の内容を一部修正し掲載しています。

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