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【書評】ワーキングプアは自己責任か

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オルタナティブブログの読者は、40歳前後が多いのではと思っています。会社で勤務時間中にITmediaのサイトを見ていても、「仕事の情報収集です」と言えば許されるくらいのポジションにいるのではないでしょうか。

その1つ下の世代が、ロストジェネレーションまたは就職氷河期と呼ばれる世代です。就職氷河期は1992年に出てきた造語です。バブル崩壊に続く不景気の影響で、1993年から2004年までの新卒者は、厳しい就職難に遭いました。景気が回復して就職氷河期が終わったのは2005年です。

ロストジェネレーション世代のプロフィールは、1972年から1981年くらいの生まれで、社会に出たのが1993年から2004年頃、現在の年齢は27歳から36歳といったところでしょうか。(区切りのいいところで、現時点で25歳から35歳の層を指すこともあります。)

ロストジェネレーション世代は、新卒の時に正社員を希望しても正社員になれなかった人が多い世代です。1990年代以降、就職難や若年層の就業意識の変化などを背景に、いわゆるフリーターが急速に増えました。

厚生労働省の統計によると、フリーターの数は82年度の段階では50万人にとどまっていたが、その後急速に増加し、ピーク時の2003年には217万人に達した。その後は、少しずつ減少し、06年度のフリーター人口は187万人となっている。

(略)

将来の経済成長率や非正社員比率の推移をもとに行った筆者の予測では、フリーター人口は10年の段階で210万人、20年の段階で214万人になるとみられる。

(略)

さらにフリーターの問題は、そこから脱却できなかった人がそのまま漂流を続けて中高年フリーターになる危険をはらんでいる。

2006年以降の雇用状況は、一転して売り手市場と呼ばれるくらいになりました。しかし、企業の正社員採用は、2006年以降の新卒が中心です。景気がよくなっても、ロストジェネレーション世代で正社員の経験がない人が、これから正社員になるのはなかなか難しい状況です。

結局、今の社会のシステムの下では、「ロストジェネレーション」で非正規社員の人たちは、いくら努力しても正社員のレールに乗ることはできず、不安定な雇用のまま年を重ねていくことになる。景気回復の恩恵から最も離れたところに位置するのが「ロストジェネレーション」の世代といえるだろう。

そして、フリーターなど非正社員として働く人たちのなかから、「ワーキングプア」と呼ばれる人たちが増えてくるようになった。

働いているのにもかかわらず年間収入が200万未満が、ワーキングプアの定義です。

厚生労働省の統計では、日本の労働者の4人に1人は「ワーキングプア」ということになる。

この数字には、結婚していて夫の収入を補填するために働く女性のパートタイマーなども含まれるため、数字だけ一人歩きすると危ないです。

問題なのは、賃金が上昇するはずの働き盛りの30代や40代でも、「ワーキングプア」に該当する人が少なくないということだ。

「賃金構造基本調査」によると、30~34歳の年齢層における男性の「ワーキングプア」の比率は、01年の6.0%から06年には9.8%へと上昇している。

気になるのは、男性労働者の中でワーキングプアの比率が増加していることです。

年収が1,500万円以上の30~34歳男性の有配偶率は90.0%に達している。10人中9人が結婚している計算だ。それに対して、年収が150~199万円の30~34歳男性の有配偶率はわずか34.0%にすぎない。10人中結婚しているのは3人程度という計算だ。年収が少ないのは非正社員という雇用形態によるところが大きい。

私は、将来、頼れる配偶者や子供がいない一人暮らしの低所得高齢者が増えることを心配しています。

さらに、年収200万どころか100万に満たない層も増えています。

さらに恐ろしいことには、年間の所定内給与が100万円に満たない人たちも増えているということだ。

年収100万円未満は、生活保護水準を大きく下回り、もはや自力で生活していくことは不可能だ。

「ワーキングプアは自己責任か」では、幅広い問題について具体的な数字を挙げながら、エコノミストの視点で冷静に紹介しています。フリーターの話から始まって、ワーキングプア、シングルマザー、プレカリアート、生活保護や年金の問題、所得格差がその子供の教育に影響する可能性などへ広がっていきます。ネットカフェ難民や正社員の働き過ぎの問題については、それぞれ1つの章を立てて詳細に説明しています。

韓国、台湾、米国、英国、ブラジル、中国、マレーシアなどの状況についての説明もあります。他の国で何が起きているのか、まとめて知ることができるのは貴重です。ワーキングプアが日本だけの問題ではないことがわかります。

そして、最後が「ワーキングプアの連鎖を断ち切るために」の章です。ここでは、解決策として、ベーシック・インカムの考え方を紹介すると同時に、同一労働同一賃金の実現と最低賃金の引き上げについて述べています。

今、本書を読んでいる読者に強調しておきたいのは、「ワーキングプア」は決して対岸の火ではないことだ。正社員・非正社員にかかわらず、日本国内で働いているすべての人が、いつでも「ワーキングプア」の状況になるリスクを抱えている。しかも、そのリスクは年々大きくなっている。

(略)

突然、今日・明日の食事を心配しなくてはならない状況に陥っても、なお、「心が豊かであるからお金がなくて問題はない」といった悠長なことを、いったいどれだけの人が言っていられるのだろうか?

現在は正社員で安定していても、会社の倒産やリストラの可能性は常にあります。複数の人から、現時点の日本の再就職の状況はかなり厳しいという話を聞いています。年齢が高くなるほど、再就職が難しくなるのが現実です。いきなり無職になって半年間仕事が見つからなくても生活の心配が全くない人は、少ないと思います。

私がこの本を読んで興味深かったのは、非正社員の賃金が上がらない原因として、一度引退した団塊の世代の存在を指摘している部分です。

労働市場全体でみれば、人員が不足してきても、非正社員の市場には、退職した団塊世代が次々に新規参入してくるため、労働の需給が逼迫することがないのだ。そのため、非正社員の賃金が上がってこない。

(略)

企業にとっては、労働者の年齢別労働生産性を一定にした場合、大卒新入社員を新規に採用するよりも継続雇用制度で60歳以上の団塊の世代を非正規雇用として採用したほうがコスト的に圧倒的に有利になる。

ロストジェネレーション世代が新卒の時に就職に苦労したのは、企業が団塊の世代の雇用維持を優先したからだという見方もあります。新卒で就職する時だけでなく、この先も団塊の世代に影響されるという指摘は、ロストジェネレーション世代にとって複雑な気持ちがするかもしれません。

この本はワーキングプアとその周辺の話題を1冊にまとめてあり、全体によくできていると思いますが、賛成できない部分が2点あります。

1つは、90年代後半以降で、同じ年齢層の中でも所得格差が広がっている原因についてです。

第1に、能力・成果主義的な賃金制度の浸透である。

(略)

第2に、システム・エンジニア(SE)やプログラマーなどIT関連職種の賃金が上昇していることである。ITの急速な進展に伴って、IT関連の専門職に対する需要が増加したことが、そうした専門職の職種を相対的に高いものとしている。

第3に、企業のリストラによって幅広い年齢層に失業者が増加するなかで、失業した者が再就職する際に失業前に比べて低い賃金で働くことを余儀なくされていることが挙げられる。

ホリエモンのような仕事をIT関連と呼ぶならともかく、SEやプログラマーの賃金が、成果主義や再就職後の低賃金と並ぶ原因になるほど大きく上がっているとは思えないのですが。

もう1つは、一番最後の〈自分の子供が「ワーキングプア」にならないようにするには〉です。

最後になったが、よりミクロの視点に立って、家庭で対応できる「ワーキングプア」対策について考えておきたい。

まず、重要なことは就職した会社を簡単に辞めさせないようにするということだ。

(略)

また、子供が幼少のうちから親が教育費をかけないと、子供が「ワーキングプア」になるリスクは高まる。

就職時に正社員でいい会社に入るためには、いい大学を出るしかない。一昔前に比べれば、学歴偏重の傾向は薄れたといわれるが、それでも企業の採用担当者はなお学歴を優先しているのである。つまり、自分の息子や娘が社会人になった時点で「格差社会」の下流グループに入らないようにするには、いい学校を卒業させるしかない。

そのためには、小中学校時代から惜しみなく教育費をかけるのが正解だろう。習い事はピアノや水泳教室より、英語や学習塾などが望ましい。

前の章で正社員の働き過ぎやサービス残業について述べた後で、「就職した会社を簡単に辞めさせないようにする」のが重要とは、ちょっとどうかなあと思います。命あっての物種ですから、過労死する前に「逃げる」というのもアリではないでしょうか。

私がロストジェネレーション世代の人たちと話した印象では、働くことについての考え方が、その上の世代とかなりはっきり違うと感じています。

著者は1971年生まれで、ロストジェネレーション世代の直前の世代になります。「いい大学、いい会社」というキーワードは、団塊の世代の考え方です。この考え方は、ロストジェネレーション以降の世代には受け容れにくいのではと思います。

ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の「GREE」社長の田中良和氏(77年生まれ)、SNS「mixi(ミクシィ)」社長の笠原健治氏(75年生まれ)など、IT起業家の「ナナロク世代」は、ロストジェネレーション世代のど真ん中です。この世代は社会起業家を目指す人もいます。

親としては、子供のうちから他人に雇われない働き方や自分でお金を稼ぐ方法を教えた方がいいのではないでしょうか。いろいろ考え方はあると思いますが、最後の最後にかなりトホホな印象を受けました。

細かい点はともかく、全体としては、ワーキングプア問題を自分のこととして考えるための初めの1冊としてお奨めです。

オマケですが、同じ著者の「人にいえない仕事はなぜ儲かるのか」は、お金と税金についての軽い読み物としておもしろいです。

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門倉 貴史


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