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シリコンバレー見聞録―その17 米国空軍も採用 「SpringOne Platform」に見るリーン・アジャイル開発最新動向

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半年振りにシリコンバレー見聞録の続編をスタートさせています。シリコンバレーと呼ばれるベイエリアはまさにデジタルビジネスやオープン・サービス・イノベーションのメッカです。既知の話から日本ではあまり知られていないコトまで。このコーナーで少々連載したいと思います。

現在はデジタル産業革命の黎明期にあり、何十年に一度の大変革期で今後、5年、10年先を予測できないのは、過去の歴史を振り返れば明らかです。間違いないのは、ソフトウエアを中心とした未曾有の変化が相当のスピードで到来することであり、変革には3年や5年、10年といった単位の時間がかかると思われます。しかしその時間は決して長いとはいえません。

従来の基幹システムであるSoR(Systems of Record、Mode1)はクラウドへのLift & Shiftが課題の1つであり 、SoE(Systems of Engagement、Mode2)ではクラウド上でのDevOpsとCI/CD(継続的インテグレーションと継続的デリバリ=本番運用)が重要になります。このようなデジタルビジネス環境を踏まえた上で重要な概念がアジャイル開発であり、リーンスタートアップへの取り組みです。

これまでこのブログでは、AmazonのPOP UP LoftやPlug & Play、SAPのHANAHAUS、Hacker Dojoを紹介してきました。前回は、サンフランシスコにあるPivotal SoftwareのPivotal Labsをご紹介しましたが、今回はそのPivotalの年次イベントを題材にデジタルトランスフォーメーションに向けた取り組みについて考えてみたいと思います。

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《今年のSpringOne Platformの様子》

■「SpringOne Platform 2018」とはどんなイベントか。

「SpringOne Platform by Pivotal」とはPivotalが主催する、Javaアプリケーションフレームワークである「Spring Framework」や実行基盤である「Pivotal Cloud Foundry」のテクノロジーに焦点を当てた技術者向けのグローバルイベントです。今回は2018年9月24日から27日にかけて米国の首都ワシントンD.C.で開催されました。会場となったGaylord Convention Centerには、全世界から3,000人近くの開発者やシステム運用担当者が集まりました。コアなテクノロジーに関するセッションが多い一方、ユーザ企業による事例発表が多いのが特徴のイベントです。

具体的には、Citi、Wells Fargo、Northern Trust、Fidelity、Liberty Mutual、Master Card、DBS Bankといった大手金融機関のほか、U.S. Air Force(米国空軍)やボーイング、ダイムラー、T-Mobileといった大手企業・組織の発表が行われました。日本からはヤフー株式会社が事例発表で登壇しました。

詳細はインプレス田口さんのレポートやDigital Innovation labの菅田さんのレポートをあわせて参照ください。

IT Leaders Spring One Platform2018事例編

IT Leaders Spring One Platform2018技術編

Digital Innovation Lab

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《SpringOne Platform 2018はワシントンD.C.で開催》

■Pivotalの提供する3つの価値

ところで年々活性化するこのイベントを主催するPivotalが提供する価値について考えてみたいと思います。ソフトウエアベンダーに分類される同社を理解するには、Digital Innovation labの菅田さんの記事がわかりやすいです。

"料理に例えるなら「味付けの仕方や正しい料理の手順が身につくよう徹底して指導し(Pivotal Labs)、包丁やまな板などの料理道具(ツール群)、それと簡単に調理するガス器具や洗い場などからなるキッチン(PCF)も提供する」といったところでしょう。"

具体的にイメージすると以下のような感じだろうか。

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《Pivotalの提供する3つの価値(イラスト:田中真依))》

そして具体的にその3つの価値について紹介している。

Pivotal Labs:アジャイル開発のスキルを集中して学ぶ施設。ユーザはここに開発チームを送り込み、Pivotalの専門家とともに実際のアプリケーションをアジャイル手法で開発する。これを通じてノウハウやスキルを習得し、自社の伝道師役になる人材を育成する

・ツール群(Spring、Tracker、Concourse):効率的にアプリケーションを開発し、デプロイし、運用するためのツール群。いわゆるDevOps(開発と運用の統合)、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリ)を実現するためのオープンソースソフトウエア(OSS)である

・Pivotal Cloud Foundry(PCF):上記2のツール群を稼働させるためのPaaS(Platform as a Service)。開発者がITインフラのことを気にせず開発に集中できるようにする。ITインフラに関わる多くの仕事を効率化/自動化できるのでIT運用担当者も、自分の仕事を効率化できる

いかがでしょうか。単に料理道具(ツール)やキッチン(PaaS)を提供する企業は多いと思いますが調理方法を指南してくれるところは少ないのではなかろうか。

では、続いてこれらの仕組みを活用したSpringOne Platform 2018に参加した先進企業の取り組みを考察してみましょう。

■U.S. Air Force(米空軍)が"Software is eating the Air Force"に言及

まず、今回のこのイベントで驚いたのが、U.S. Air Force(米空軍)が登壇したということ。日本人の発想ではもっともリーンやアジャイル開発と程遠いと思われるカテゴリーだからだ。

彼らが発表した"Software is eating the Air Force"とは、マーク・アンドリーセンの"Software is eating the World"をもじったもの。

「今日の戦闘や紛争においては、まさしくソフトウエアが勝敗のカギを握っています。だから私たち米空軍も、ソフトウエア企業にトランスフォームしなくてはなりません。時間や場所を問わず紛争を察知して対応できる、そんなソフトウエア企業を作ります」

と壇上で宣言したのは、Kessel Run(ケッセル・ラン)という米空軍がボストンに開設したイノベーション施設を統括するByron Kroger氏だ。具体的な取り組み例として戦闘機に空中給油するオペレーションを担う「Jigsaw」というアプリケーションを開発したという。そう、あの空中でノズルを伸ばし燃料を補給するという曲芸のような軍事行動である。その初期版(MVP:Minimum Viable Product)では、1日21万4000ドル、イテレーションが進んだ現在では同42万8000ドルの燃料節約を実現しているという。

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《米空軍の取り組みについて語るKessel Runを立ち上げた二人》

■時代の転換期(pivotal moment)に立つボーイング

毎回出張時にお世話になっている世界最大の航空機・防衛機器メーカである米ボーイング(Boeing)もPivotal Labsでアジャイル開発教育を受けてPCF上でのアプリケーション開発のイノベーションを進めている。

「100年以上の歴史を持つ我々は今、"pivotal moment(時代の転換期)"に立っています。次の100年に向け、デジタルの価値を生み出す能力を社内に持たなければなりません。最高のアナリティクス能力も必要です。我々の組織が、ボーイングにとってのDTE(Digital Transformation Environment)なのです」

と語るのはCIO兼IT&データアナリティクス担当のシニアバイスプレジデント、Ted Colbert氏だ。"pivotal moment(時代の転換期)"とは主催者名をかけて上手く表現したものだ。

また、この取り組みをDTE(Digital Transformation Environment)と位置づけるのは、ボーイング全体の変革の環境(担い手)として活動する牽引役であり、単なるツールやソフトウエアの導入事例だけではないということだ。

■「アジリティ(俊敏性)」を追求する独ダイムラーやヤフー

参加企業の多くが環境変化に対し、俊敏にビジネスや事業を変化させること、そのためにアプリケーションを素早く開発することが、デジタルの時代の生き残りの必要条件だと言う。まさにこれが「アジリティ(俊敏性)」であり、アジャイル開発が注目を集める理由です 。

先ごろ自然対話式音声認識機能の搭載(MBUX)を発表したダイムラーやヤフーが開発するアプリケーションは、柔軟性や接続性、スケーラビリティ、運用性に優れたクラウド時代の新世代アプリケーションであり「クラウドネイティブアプリ」と呼ばれます。事例講演する企業にとってアジャイル開発は、もはや当然のことでPCFのようなPaaSによってクラウドネイティブアプリを開発する手段を手にし、俊敏性という大きな効果を追求しています。

■世界の「ベストデジタルバンク」に挑戦するシンガポール開発銀行

「デジタルトランスフォーメーション(DX)は、技術の話ではありません。人や企業文化をアジャイル型に転換することです」シンガポール・DBS銀行 Siew Choo Soh氏

シンガポール最大の総資産額を誇るDBS銀行(DBS Bank)では、まず、"世界のベストデジタルバンクになる"というメッセージを発信し、"Hack & Hire"と名づけたハッカソンを通じてシンガポールやインド在住の優秀な人材を採用する活動を展開しているらしい(2017年は50人、今年は130人を採用)。ハッカソンで人材採用をテック企業ではなく、レガシーな金融機関が行うとは驚きです。

もともとDBS銀行の名称は「シンガポール開発銀行(The Development Bank of Singapore)」だが、現在ではその「開発(Development)」の"D"を「デジタル(Digital)」の"D"に変える意気込みから世界の「ベストデジタルバンク」と評価されているという。

■デジタル活用とデジタルトランスフォーメーションの違い

このイベントに参加するさまざまな先進企業の話から日本企業も学ばなければいけないことがたくさんあると思う。欧米の先進的な取り組みに精通したインプレスの田口さんは、

"よく「企業はテクノロジー企業(IT企業とは微妙にニュアンスが異なる)にならなければならない」と言われますが、そこで多くの企業は、IoTやAIに代表されるデジタル技術を業務に取り込もうと専門部署を設けるなどしています。しかし、それはデジタルトランスフォーメーションやデジタルジャーニーとは言えず、ただの"デジタル活用のレベル"ではないかということです。"

と警鐘を鳴らします。SpringOne Platformに参加するような欧米の先進企業はITインフラを取り巻くクラウド関連技術の進化、アプリケーション・アーキテクチャの進化をしっかり理解した上で、デジタルネイティブ企業であるUberやAirbnbのような行動をとれるようにならなければ生き残れないというのです。

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《Build,Deploy、Run...》

■先進企業の問題認識

かつてWebブラウザ「Mosaic」や「Netscape Navigator」などを開発したことで知られる米国のソフトウエア開発者マーク・アンドリーセンが、2011年に発信した「Software is eating the World」は着実に進んでいます。先頃発表されたトヨタとソフトバンクの提携の背景には、トヨタの危機感があるように感じています。報道映像からトヨタの豊田社長がソフトバンクの孫社長に歩み寄るような印象を受けたのは気のせいでしょうか。

エンタープライズITはSoR(Mode1)、SoE(Mode2)を2軸にしつつ、SoR(Mode1)とSoE(Mode2)が融合する方向に進んでいく(バイモーダル)。そのためにSoE(Mode2)の企画・開発・実装と同時に、SoR(Mode1)のLift & Shiftが必須になります。タレント(人材)争奪時代の今日では「差別化要素以外のITは、グローバルスタンダートにするべき」という積極的なモードになっています。

そうでないSoR(Mode1)とSoE(Mode2)、およびSoR(Mode1)+SoE(Mode2)SoRの融合領域(バイモーダル)はどうすべきでしょうか?

10月に開催されたイベントITR Trend 2018に登壇していたデンソーやふくおかファイナンシャルグループのように自らアプリケーションの開発力を備える企業も増えてきています。

ふくおかファイナンシャルグループはレッドハット日本法人と契約し、アジャイル人材育成に乗り出しており(20人以上)、OpenShift Container Platformも導入しています。

SpringOne Platformに参加したヤフーは、Pivotalと契約し、Pivotal Cloud Foundryを導入。アジャイル人材の能力も養成しています。おそらく同様な行動に移る先進企業は増加するのは間違いありません。

■大多数の日本企業を取り巻く課題

しかし、各分野のリーダー企業は別にして、アジャイル開発能力を一般企業自らが備えるのは容易ではありません。

・エンジニアの80%がユーザ企業にいる米国とその大半が日本にいる日本の違い

・このため開発人材がいない、集まらない(最先端のアジャイルとなればなおさら)。

・オープンソース・ソフトウエア(OSS)への知見が必須(このハードルは高い)。

自動車関連の企業では、自社の拠点では人材を採用できないので、東京に拠点を開設してIT企業などからエンジニアを集めています。

ユーザ企業とベンダーの両方の事情に詳しいデンソーのデジタルイノベーション室長である成迫剛志氏は、ITR Trend 2018で、「重要なのはアイデアの実現力、アジャイル開発の能力である。それがないと時間やコストがかかるという理由でアイデアの段階で止まってしまう。だからアジャイルの能力、OSSを活用する能力を備える。ディスラプター(Disruptor:破壊者)を研究すれば必然的に導かれる結論だ」とも語っています。

■人や企業文化をアジャイル型に転換する

VUCA*ワールドと呼ばれる今日。企業を取り巻く環境や顧客ニーズは目まぐるしく変化し、デジタル技術も急ピッチで進化しています。自らが確立し、成長してきた事業領域に挑戦者がいつ、どんな形で登場するかは予測できない中で、ビジネスのアジリティ(Agility:俊敏性)を高めること、すなわち、ビジネスの中核になりつつあるアプリケーションの変化対応力を高めることが企業の成長のみならず存続のポイントとなってきました。これは今回考察してきたいくつかの先進企業がまさに指摘していることです。

また、リーンやアジャイル開発、DevOps、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリ)といった様々な取り組みによりアプリケーション開発のスピードを速められるようになりました。PivotalPCFのようなPaaSがそれをサポートし、マイクロサービスアーキテクチャに則った大規模・複雑なサービスを高い可用性を維持しながら運用し、改善できるようにもなりました。

このようなビジネス環境の変化からアプリケーションの開発・実行をサポートするさまざまな技術や提供するベンダーには、単にエンジニアの生産性を高めたり、アプリケーションの開発期間を短縮したりするだけではなく、人や企業文化をAgile型に変革し、ビジネスや事業のアジリティを拡大することが求められています。

長らく日本企業のIT化を担ってきた日本のベンダーは、そのための能力やリソース確保する必要があります。

次回は、Pivotalをはじめ、多くの先進企業が実践するリーン・アジャイル開発のバイブルとも言える書籍について紹介したいと思います。

デジタル化の潮流は全産業に影響し、変化が激しく(Volatility)、不確実で(Uncertainty)、複雑性に満ち(Complexity)、暖昧(Ambiguity)であることをあらわしたIMD(国際経営開発研究所)ドミニク・テュルパン学長のメッセージ

(つづく)

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