元アナウンサーとして、マスコミ業界の裏側を伝えます。洋楽番組を担当したので非常に洋楽にも詳しいので、そのあたりもバッサリ斬ります。イギリス留学経験の楽しい話も!

アイスウォーターチャレンジは金持ちの偽善ですか?

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お盆休みが終わって、まだ酷暑が続いているこの頃ですが、「アイスウォーターチャレンジ」というのがここ1週間で国内で急激に流行ってきています。

そもそも、ALSという難病患者への寄付を呼びかけるチャリティで、前の人に指名された人が、氷水をかぶるか、100ドルを寄付するというものです。氷水をかぶった人は3人氏名ができるため、ネズミ算的に広がりを見せています。

海外では、既にレディガガやトムクルーズなどエンタメ界をはじめ、フェイスブックのザッカーバーグ氏やビルゲイツ氏もチャレンジしました。もちろん、彼らの場合氷をかぶったうえで寄付もしています。

日本でも孫正義氏や秋元康氏、AKB48、浜崎あゆみさんなどがチャレンジし、急激に広がっています。

 

一方で、この運動に疑問が上がってきていることをご存知でしょうか?

選民思想の金持ちの偽善だという批判です。また、氷水を無駄に被るということは、水不足に悩む貧困国の人々への配慮がないとか、氷水をかぶるのは体に良くない云々。

 

この批判に読者の皆さんが同調するかは自由です。ここでは私なりの分析と、意見を述べたいと思います。

 

広報的な視点から考えれば、ALSという病気の存在がここまで知られたということはキャンペーンとして大成功だと言えるでしょう。広告効果をきちんと計算していませんが、数億円分の効果は国内だけでもあると思います。

批判をしている人は、そもそもALSという病を知っていたのでしょうか?

難病に苦しんでいる方々への寄付の呼びかけは、放送する側にとっては「取り上げやすいネタ」ですが、それでも十分な金額がなかなか集まりにくいのが現状だと思います。

日本は、ボランティアに対する感覚が非常に厳格で、粛々と行うべきで、それこそがボランティアとして美しいといった雰囲気が蔓延しています。毎年行われている某局の長時間テレビ番組などは、まさにそれでしょう。

あの某番組では1回2億円以上の寄付が集まります。しかし、あれだけ全国にわたりタレントを起用して、全員が無償だなんて誰も信じませんよね。また、コマーシャルは普通に流れます。あの24時間の間の広告収入は優に寄付分を超えているのではないでしょうか?

これこそ、偽善?ではと思いますが、そういった声はほとんど聞こえてきません。

氷水をかぶるというのは、不真面目で、110キロマラソンを走るのは真面目なのか、私にははなはだ疑問です。

さらに言えば、どんなお金であってもALSの患者の皆さんにとってはありがたいはずです。

例を挙げれば、献血の際、ドーナツやジュース、また、雑誌を読みたいというよこしまな思いをもしかしてもっていても、実際血がある方が有益なわけですよね。

それならそれでいいじゃないですか。

また、水が無駄だとの話もありますが、これも揚げ足取りで、シャワーをちょっと出しっぱなしにしたり、無駄なことはいくらでもありますよね。

 

何はともあれ、大きな広がりを見せているアイスウォーターチャレンジ。あなたはどう思いますか?

Comment(1)

コメント

SLA

元野球少年だし、イタリアサッカー好きだし、当然ALS(イタリア語略称SLA)について知ってるし、イタリアでの取り組みも少しは知ってる。
寄付が激増してるから批判はしないけど、どうしても氷水をかぶりたいのなら別に止はしないけど、かぶる前にALSという病気の恐ろしさ、本人と家族にどれだけ残酷な衝撃を与えるのか、非情で辛い選択をしなければいけないのかなどを伝えてからにすればもっと病気と家族の苦しみへの理解は進むし、報道でそういうことに少し触れるだけでも違う、誰かが、みんな馬鹿騒ぎしてるけど、この病気って本当に残酷なものなんだよって気づかせてくれるだけでもっと賢いキャンペーンになったと思うので、この馬鹿騒ぎの連鎖は残念。
知人の女性の母親がALSになって、その家族の苦しみを知ってて、この病気がエボラ出血熱と対局の恐ろしさを持った残酷な病気だと常々思ってきただけに、楽しい馬鹿騒ぎにとどまっている現状がすごく複雑。
寄付金の増加という水戸黄門の印籠を手に入れた人が、これは良いことだと思考停止して、もっと良いキャンペーンにするにはどうするべきか考えないのも残念。
あと、2ちゃんねるやTwitterを止めてから何年も経つので現在の雰囲気は知らないけど、24時間テレビを批判する人ってめちゃくちゃ多かったし、批判的な発言は、この時期には特に増えてましたよ。今、ぐぐっても簡単に批判的な人は見つかる。自分も24時間テレビは大嫌い。
最後に、このブログ記事でも、この病気についての事実とそれによる恐ろしさの本質についてほんの少し意見を書くだけでも、読者にとって考える良い機会になったはずなのに、なぜ書かなかったのでしょうか?

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