組織、マネジメントの理論とその実践を、スポーツ・学校を通して考える。

日大 アメフト問題

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大学アメフト界でまた残念な事件が一つ。

以前、小樽商大アメフト部で起きた飲酒死亡事故では、このブログで「物事を正しく判断できるスポーツ選手を育成するのが指導者の役割」と書いたが、日大の監督は絶対的存在で、監督コーチに対し選手はものを言えるような組織ではなかったようだ。

指導者は選手にとってどのような存在であるべきなのだろうか・・・

アメリカのある高校野球チームの話。

そのチームはそれほど強くはないが、大学野球関係者から「あのチームの選手は野球をよく知っている」と評価が高い。そのコーチは技術や戦術を確実に選手に教え込み、将来につながる選手育成を目的にしている。もちろん、勝つことも求めているが。そのような指導者に触れた選手は、そのスポーツの魅力を知り、それを楽しむことができたであろう。

スポーツの指導は、これが本来の姿だと思う。

強いチームには必ずいい指導者がいる、というわけではない。(青学の駅伝を強くした原監督は素晴らしい指導者である。)「日大は強い。日大は優勝した=指導者はよい」ということではない。それに多くの人が気付いたのではないか。「甲子園で勝つ=指導者はよい」が100%成立するわけではない。

指導者は、そのスポーツの良さを選手に伝え、スポーツを通して人間性を養い高めることこそ重視すべき。それはプロも同じ。プロスポーツを引退したら、ただの人になってしまわないよう、どこでも通じる人間性が大事だと野村監督は説く。

また、監督はすべてのプレーに責任を持つべきだ。「そのプレーを指示した、指示していない」という問題ではなく、起きたことすべてに責任を持つのが監督だろう。

今回の事件は、プレー後、無防備な選手に背後からタックルするという、とんでもないプレー。今回のような反則は実はよくある。サッカーの試合中、ボールがないところで選手が倒れたりする。これも監督の指示。

日大の問題は、氷山の一角。指導者は考え直してもらいたい。

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