オルタナティブ・ブログ > 坂本史郎の【朝メール】より >

ビジネスモバイルITベンチャー実録【朝メール】から抜粋します

2017年10大ニュース (5位~3位)

»

今年のe-Janネットワークスにおける10大ニュースまとめ第一弾に続けます。

■第5位:官公庁での採用進む

中央官公庁、地方官庁、外郭団体。様々なところでのCACHATTOを採用してくれています。現状、中央官庁だけでも6省1庁1院。人数としても1万人台後半に入ろうとしています。さらに、他省庁でも進んでいる案件があるので、全制覇に近い状態になりつつあります。

官公庁では費用の制限上、仕事用のスマートフォン支給しづらいという事情があります。多くの場合はBYOD (個人端末利用)です。そしてCACHATTOの利用で、業務の効率化ができると、大規模な案件になることが多いです。また自ら、「働き方改革」を実践するための道具として、CACHATTOを活用し始めてくれてもいます。

この動きがいつ始まったのか。

記録を見てみると5年前にCIO補佐官の勉強会というものがありました。2012年の10月末の夕方に、内閣府庁舎別館の9階会議室という場所に呼び出しされたのですね。e-Janからは、取締役3人を含む4人で出向きました。

厳粛な雰囲気の場、20人ほどの「CIO補佐官」という名刺を持たれた、各省庁の方々に囲まれての会議でした。CACHATTOのご説明をし、民間企業におけるスマートデバイス活用トレンドについてお話しし、CACHATTOのセキュリティに関する質疑応答をやり取りしました。かれこれ2時間くらいの勉強会だったでしょうか。皆さん、反応を出さない見事なポーカーフェースで、手ごたえがあったのか無かったのか、よくわからない時間でした。

考えてみると、その後1-2年もすると、ポツリポツリと〇〇省や××省などの採用が始まりました。採用と言っても、多くの場合は、入札案件ですから、CACHATTOの特徴をちゃんと仕様書に謳ってもらうことが大切です。営業活動としては、その仕様の詰めの段階、そして、採用手前のやり取りなど、様々なやり取りが発生しながら進みます。

この手のことは、一朝一夕には進まないです。さらに、機能要望にも対応する必要があります。それでも継続的に続けていると、いつの間にかこんなところに来ているという感覚です。

今年の夏には「中央官庁1万人超え」として大入り袋を出させてもらいました。


■第4位:行く人、来る人、出戻る人:「出戻り社員1号」「会計検査院の交代」

e-Janの退職率は低い方だと思います。今度の3月で創業18周年を迎えます。今度の1月1日時点での最大社員番号は93になります。私を含んだ正社員数が71なので、18年間で22名が退職したことになります。

ところがこの単純計算が成り立たない事態が今年発生したのです。一度退職して出戻りした人が出てきました。つまり、社員番号を二つも消費していながら社員数としてはシングルカウントです。つまり、これを差し引くと、正社員累計退職者は21名ということになります。

また、2年前に始めた会計検査院との官民交流を今年「お代わり」しました。これは、会計監査員で採用された国家公務員が、e-Janに移籍して2年間、正社員として働くという制度です。その間の、給与賞与社会保険類の支払いは、すべてこちらで見ます。その際、社員番号はひとつ増やしますが、戻るときには退職扱いになります。つまり、これを差し引くと、18年間で正社員累計退職者は20名。

どうでしょう。これはやはり退職率が低い方だと思います。IT系企業において、さらに外国籍の人比率が2割ではなおさらかもしれません。

一概に退職者が少ないことがいいことだとは言えないところが難しいです。悪い言い方をすれば、転職する気概の無い人が多いのかもしれません。あるいは、不要な人がいつまでも居座るということなのかもしれません。単に居心地がいいということなのかもしれません。でも、いいじゃないですか。

社員全員が活き活きと活躍し、お互いに認め合うことを是とするe-Janでは、その人がなんとか活躍できるための、仕事や場すら創り出しています。面白いもので、会社が等加速度的に成長していると、その創り出した仕事や場は、ちょうど必要なことにハマるような現象もあちらこちらでみられます。


■第3位:東レから株式買戻し

e-Janネットワークスは、東レの「ベンチャービジネス支援制度」を使って、2000年に起業しました。この会社はその制度を利用した第一号案件です。今の経団連の榊原会長が、当時、東レの経営企画室長時代に、経営企画室が実施する、ベンチャー企業立ち上げの「実験」という位置づけでした。

その制度では経営陣も最低500万円の出資が必要とされ、私も東レを退職するという前提でした。「退路を断たなければ成功は難しい」との思想から、このような制度になったとか。でも、このような制度だったので、利用のハードルが高く、その後、第二号は出てこず、e-Janが成功しても失敗しても、東レ的には、成功も失敗も100%という状況でした。

当初は、[東レ:e-Jan経営陣 = 50:50] という株式比率で立ち上げました。経営陣と言っても、課長前の30代半ば過ぎの元サラリーマン3人でしたから、一人500万円捻出するのも精一杯でした。結果的には東レが1500万円、経営陣側が500万円×3で合わせてもらったのです。

一方「ベンチャービジネス支援制度」には、融資枠があったのがユニークです。つまり、東レが銀行役をやってくれたのです。IT商材の開発には、やはり最低限億単位のお金がかかります。先行投資が必要なITでは、事業がよちよち歩きでも、お金はかかります。その段階では銀行からの融資を受けることはできません。陸王もそうでしたよね(笑)。我々は5億円を超える限度枠をいただいていました。信頼してもらっていたのです。東レ時代にしっかりと仕事をした実績が、こういうことにつながったのだと思います。

さて、その後、難しい時期を経て、共同創業者の退職に伴い、e-Jan側の株式は私一人に集約されました。2006年、いよいよCACHATTOが立ち上がってきたことを理由に、私以外が刷新された、e-Jan経営陣側で増資をさせてもらいました。1500万円。これで資本金は4500万円で、[東レ:e-Jan経営陣 = 33:67] となりました。

その後、事業は各段によくなり、2013年には東レからの融資をすべて返済でき、e-Janは創業後初めて無借金経営となりました。その後、配当金が出せるようになり、東レ発の会社として少し親孝行ができるようになりました。

2014年に入り、東レの榊原会長とe-Janの将来について話していました。基本的には、「e-Janは、東レのコア事業とは違うので分離・独立する方向」と合意できたのです。その直後のことです。榊原さんが経団連の会長に抜擢されたのにはだいぶ驚きました。榊原さんに一度e-Janを見に遊びに来てもらうという約束も果たせなくなってしまいました。

2014年末にかけて、一度目の株式の買い取りについての交渉が始まりました。ところが、譲渡金額についての折り合いがつかないことと、「配当を出し始めてすぐに独立とは如何に?」との意見もあったとのことで、折り合いがつきませんでした。そして、昨年秋から今年にかけて再チャレンジ。今度は譲渡金額の折り合いがつき、2017年3月31日に全額買い戻すことができたのです。

株式買戻しで運転資金が不足しても困ります。現金不足分は、みずほ銀行に社債を引き取っていただくという、私にとっては初めての形で実施できました。株式の譲渡においては、東レの法務部にとても親切なご指導をいただき、「きっちり」と、会社法に乗っ取った形での実施ができました。巡り合った人、事業規模、収益性、その他すべてがタイムリーで成り立ったと思います。人は過去の仕事やつながりで助けられると実感しました。

これでe-JanネットワークスのMBO、内部資本だけで100%の会社が成立しました。外部資本が入っていないで、この規模のITベンチャでいられるのはとても幸運です。東レという看板は背負うことができなくなりましたが、機敏性の求められる事業において、自分たちのアンテナを信じて機敏に判断ができるというのは大きな武器です。見栄を張ったような報告もしなくても済みます。

一方、東レにしても、時間はかかりましたが、元本が大きくなって戻ってくるという形になりました。東レの「ベンチャービジネス推進制度」は成功率100%です。気を良くした日覺社長が「またベンチャー制度やるか?」と言ったとか言わなかったとかで、苦労を知っている周りの人たちは肝を冷やしていたようです。また、コア事業でないe-Janが、万が一不祥事でも起こした場合、責任を突き付けられても困るでしょう。お互いにハッピーな形になったと言えます。

そして、この内部資本100%ということが、2位のニュースへとつながるのです。

Comment(0)