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行動の質:『ふつうは』『当たり前』の基準は、どこにある?

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http://blogs.itmedia.co.jp/shiinomami/2018/11/post_9.html
の続きとして、私が考える『
行動の質』について整理したいと思います。

『行動の質』について整理する前に、読者の皆さまにお願いしたいことがあります。
それは、『質』の基準は人によって異なる前提で考えていただきたいということです。

なぜなら、メンターとしてご相談を受けるなかで、『質』の基準は人によって異なる を前提にしていないために、相手との関係性を悪化させたり、トラブルを大きくしてしまったりするケースを数多く見てきたからです。


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例えば、日常生活のなかで「ふつうは、○○だよね」「○○するのは、当たり前だよね」という言葉が頭に浮かんだり、つい、言葉として
発したりすることはありませんか?

これらの言葉が登場したとき、相手との関係性は、どのような状況になったでしょうか?

『ふつうは』『当たり前』という言葉が相手を責める言葉となり、相手との関係をこじらせた経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか?

私は、人間関係の問題の多くは、それぞれの『ふつうは』『当たり前』が問題を引き起こしているように思います。
そして、それぞれの『ふつうは』『当たり前』が問題を引き起こしているので、
なぜ、その問題が起きたのかに気づかない、考えない(思考停止)
」という状況になり、状況をさらに悪化させているように思います。


約21年前、結婚生活の初日に、『ふつうは』『当たり前』は、我が家のNGワードになりました。

最初は、『ふつうは』『当たり前』という言葉が頭をよぎったり、つい、口にすることもありましたが、今では、これらの言葉自体が浮かぶことはなく、常に、『質』の基準は人によって異なる を前提に考えられるようになりました。『質』の基準は人によって異なる を前提に考える習慣が身についてからは、人間関係で悩むことはなくなりました。

前置きが長くなりましたが、この記事では、私がどのよう『行動の質』を好み、どのような基準で判定しているか、言い換えると、私にとっての『ふつうは』『当たり前』の基準を整理します。
私が好む『行動の質』の基準ですので、読者の皆さまが考える『行動の質』の基準とは、異なるかもしれませんし、偶然にも同じかもしれません。

私がダイヤの原石のような人材を見つける際に、その方の『行動の質』として見ているのは、以下のような観点です。

① 公明正大で美しい『行動』かどうか
  
嘘をついたり、騙したりすることなく、私心をはさまず、公正に行動しているか

② 全体最適を考えた『行動』かどうか
 
 個人の利益ではなく、組織やチームの目的(ゴール)を考えて、行動しているか。

③ 他人ゴト=自分ゴトとして考えた『行動』かどうか
  課題や問題を支援する場合、当事者意識で行動しているか。

④ 感情に振り回されていない『行動』かどうか
  自分の不機嫌な感情のまま行動していないかどうか。
  感情に振り回されず、冷静に判断して行動しているか。

⑤ 人対人の信頼のおける『行動』かどうか
  相手の所属や立場によって行動を変えず、人対人として信頼のおける行動をしているか。
  

行動の質に対して、自分の『ふつうは』『当たり前』の基準がどこにあるかを明確化し、同様に、相手の『ふつうは』『当たり前』の基準がどこにあるかを考えることで、人間関係の問題をこじらせることが減ってくるのではないでしょうか?


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