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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

可処分時間は自分にとっての投資対象である

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あっと言う間に水曜日。こってりした投稿を書きたい欲求がふつふつとたぎっているのですが、手元に資料がなくて書けない話題なので、手持ちのネタを。

昨日、経産省の「通商白書 2006年版」に目を通していて、いいことが書いてあるなぁと感心してました。
日本が今後豊かさを維持していくためには、生産性の向上もさることながら、「投資立国」を目指していくべきだと述べています。

-Quote-
第1章第3節 「持続する成長力」の源泉

 少子高齢化による「可処分所得」の縮小懸念を克服し、逆に少子高齢化の中にあっても「可処分所得」を拡大していく(=GDP成長と所得収支の拡大を実現していく)「持続する成長力」を備えることが必要である。
 そのような「持続する成長力」の源泉としては、GDP成長のための、〔1〕生産性12の向上、〔2〕内外からの十分な資本投入の確保、〔3〕労働参加の推進、に加えて、〔4〕所得収支の拡大、が考えられるが、特に生産性の向上と所得収支の拡大が重要なカギである。

 中略

4.所得収支の拡大 ~「投資立国」~

(拡大する所得収支)
 「持続する成長力」の実現のためには、以上見てきたGDP成長の「源泉」に加えて、対外資産から得られる投資収益(所得収支)の拡大が重要な課題である。
 我が国の所得収支は、年々増加して名目GDP比で2.26%(2005年)となっており、国際的にも高い水準となりつつある(第11図)。また、OECD諸国の中で見ても、我が国の所得収支額は857億ドル(2004年)と第2位の英国480億ドル(2004年)を大きく引き離して最大となっている(第12図)。

 中略

(所得収支拡大に向けた課題 ~「投資立国」~)
 今後、所得収支が「持続する成長力」の一要素として「可処分所得」の拡大に貢献していくためには、2つの課題がある。
 第一に、「単線的」な所得収支拡大の構造を脱し、海外からの対内投資と、我が国からの対外投資の双方の規模を拡大しながら、所得収支を拡大していくという「複線的」な構造の実現を目指すことが重要である。
 第二に、こうした「複線的」構造を支えるためにも、海外資産の収益率を改善し、相対的に高い水準とすることが重要である。そのためには、相対的に収益率が高いアジアへの直接投資の拡大等が有益であり、それはまた、生産性を向上させる効果を持つと考えられる。
 このような構造的・質的転換によって、生産性向上によるGDP成長に加えて、「投資立国」を実現して所得収支の拡大を図ることが重要である。
-Unquote-

豊かになるには投資によるリターンが必要という考え方には大いに同感です。これは個人レベルでも言えると思います。

富の本質は、労働によって得られた所得の余剰分の蓄積を投資に回して得られる「不労所得」である。そう考えています。働かなくても食える。これこそが豊かさである。そう思うのですが、伝統的な日本の価値観に照らせば、「なんだそれ」となってしまいますね。
けれども年金の本質も不労所得であり、人生ある時期になると不労所得があるとないとでは、まったく生活レベルが違ってきます。

英米の場合、「投資でリターンを稼ぐのはいいことだ」という価値観が普通にあるように思われます。その根底には、聖書が語っているリターンに関する価値観があるのではと日ごろ考えています(マタイ25章など。主人がしもべにタラントを預けて旅行に出かけ、戻ってきた時に、商売をしてタラントを増やしたしもべは誉められ、何もせずに地中に埋めておいたしもべは叱責されたというエピソード)。以前、近くで仕事をさせてもらった青山学院大学の井出正介教授も何かの本でそのことを述べておられましたが、現在ではどの本だったか確かめられません。
いずれにしても投資のリターンに対して「不労所得」という言葉が持つややネガティブなニュアンスがひっついていないのが英米の投資観だと思います。

さて。ここからが本日の本論です。今週号の「東洋経済」の特集「落ちる中間層」をお読みになりましたか?この特集は本ブログで以前、ネタにさせていただいた「フラット化する世界」が日本でもこのように進展しているよ、ということをレポートしています。
「フラット化する世界」で語られていた世界は、くだんのベキ法則が働く世界であり、収入が高い人はより高く、そうでない人はよりそうでなくというメカニズムがどうしても無視できなくなる世界です。同書を読んでそれがリアルに理解できましたが、そういう兆候を「東洋経済」の特集から読み取ることができます。

問題にしたいのは、収入が高いひとの方ではなく、収入が高くない人における投資をどのように担保するかということです。
繰り返しますが、自分の考えでは、富の本質は、労働によって得られた所得の余剰分の蓄積を投資に回して得られる「不労所得」です。
収入が高くない人の場合、そして、フラット化するなかで収入の減少に直面する人の場合、「労働によって得られた所得の余剰分」がなかなか蓄積できない状況になっていくと思います。
どういう状況でも「収入の10%は貯金ができるよ」という人は例外で、多くはそうでないと思います。
けれども、何らかの投資をしないことにはリターンは得られず、豊かさというものが実現していきません。

最近ずっと考えていることは、現代においては、「時間」が投資対象になるのではないかということです。
短絡的に表現しているので、わかりにくいかも知れません。きちんと順序を追って書くと次のようになります。 
 ①現代はまぎれもなく知識社会であり、広義の知識が付加価値の生産を行う。
 ②ここで言う知識とは、何かを知っているとか、何かに詳しいということに留まらず、「資源」をうまく活用してさらなる価値を生むことができる、かなり全人格的な能力を含む。言い換えれば、リアルオプションを駆使できる能力である。
 ③知識は学ぶことができる。
 ④知識を学ぶことによって、人は、リアルオプションを行使できる対象が拡大し、自ずとより多くの価値を生むことができる。
 ⑤知識を学ぶとは、学びの対象に相当量の時間を投入するということである。
 ⑥すなわち、自分の可処分時間の相当量を学びの対象に使うことによって、人は価値を生む能力を高めることができ、もって収入を増やすことができる。
 ⑦人は、自分の自由になる時間を投資対象と考えることができる。

ということで、フラット化するなかで、収入が減り、投資の原資を蓄積しにくい人であっても、「時間」を投資対象とみなして、企業や自分の社会生活などでリアルオプションを様々に行使できる能力を学んでいけば、それが収入増につながっていき、将来的にリターンを期待できる金銭による投資を可能にするのでは?というロジックを、現在の私は持っています。

自分の自由になる「時間」が投資対象であると考えると、いたずらに時間を食う対象は、将来のリターンを奪うものという位置づけになってきます。長時間を投入することが習い性となってしまうようなもの。。。(あえて挙げません)

このへんをまとめると、フラット化する世界においては、一握りの”ヘッド”の人たちは別として、”テール”に属さざるを得ない多くの人たちは「時間」を投資対象と見なして知識社会固有の付加価値形成のメカニズム学ぶことが大切であり、それによって先々の不労所得を手にすることができる…、ということになるのですが。論争を期待しているわけではないのであしからず(弱気)。

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