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メルマガ連載「ライル島の彼方」 第3回 「ほんとうに会社をやめてもいいですか?」 ~転載(2014/11/17 配信分)

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この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「ライル島の彼方」の転載です。

第3回 ほんとうに会社をやめてもいいですか?

開業して16年が過ぎた。A.Popeの詩 "The Quiet Life" を好む、経営には全く適性のないキャラだが、どうにかこうにか歩いてきた。
ここ数年は仕事に注力できない状況が続いているが、数年後に浮上できればと、希望半分諦観半分で悠長にかまえている。
今回の記事は、事業の継続年数だけは長い者として、漠然と開業を考えている人たちに、なにか情報提供をできればという気持ちから書いてみた。

■退職を考えたら、自らに問うこと

どのような職業でも、中堅ともなれば、後進育成や工程管理を担うようになる。現場を離れたくなくとも、立場は変わっていく。
硬直した組織の中で、経営方針にNOを言えず、心身共に消耗している人がいる。
看護や介護の問題を抱えて、定時間勤務が難しい人たちもいる。施設やサービスや機器が、まだ社会変化に追い付いていないのだ(★1)。

いっそ退職してフリーになった方が......と考えるのも無理はない。
しかし、それは、最善の選択だろうか?
タイミングを逃してはならないが、フライングしては覆水盆に返らず。次の点について自問自答してからでも遅くはないだろう。

(1) 退職理由は前向きか?

新しい事業への挑戦といった前向きな理由ではなく、待遇への不満や人間関係からの「逃避」といった、後ろ向きな理由のために退職するのなら、開業後の困難には、なおさら立ち向かえないかもしれない。
もし、後ろ向きな気持ちがあるなら、開業よりも転職の方がよいのではなかろうか。

(2) 全力を出しきった経験はあるか?

仕事に限らず、学業や部活動やボランティア、どんなことでもいい、これまでの人生で全力を出しきったと言える経験があるだろうか? それは、他者の評価には関係なく、自分に対して努力賞をあげられるような経験のことである。
そうした経験のない人は、火事場の馬鹿力を発揮すべき時がわからず、踏ん張れないかもしれない。

(3) 事業内容は経験を生かせるものか?

勤務先で担当していた仕事と、全く別の分野の仕事を始めることは、優れたコミュニケーション能力と実行力を持つ人でない限り、難しいものである。
できるだけ経験のある仕事で起業して(★2)、軌道に乗せた後に、新たな人脈を得て、別分野へと展開していく方が無難である。

(4) 黒字転換まで耐えられる資金があるか?

開業時には、什器備品の初期設備投資が必要になる。自宅とは別に事務所を借りると、家賃や駐車場代も必要になる。
自宅を事務所兼用として既存設備を使うにしても、黒字転換するまでの生活費は必要である。
再就職活動をせずに開業準備を始めるならば、失業保険は受給すべきでない。すくなくとも、1~2年分の生活費は準備してから開業したほうが、焦りから誤った方向へ進むことを避けられる(★3)。

(5) 将来の生活設計はできているか?

未成年の子や専業主婦(夫)の配偶者がいると、生活費をねん出できるだけの売上を、コンスタントに上げ続ける必要がある。
子が巣立った後には、自分の老後資金も考えていかなければならない。国民年金の支給額は、付加年金あるいは国民年金基金などを追加したとしても、厚生年金の足元にも及ばないのだ(★4)。
高齢になると、医療費、交通費、ヘルパー代、ショートステイ代、介護機器のリース料、(警備保障会社などによる)見守りシステムの契約料、など、出費が増える。開業する前に、生活設計について考えてみたほうがよいだろう。

■個人事業主に適したパーソナリティ

どのような仕事でも適性というものがある。個人事業にも、もちろん適性がある。
自分のパーソナリティをよく知るよう努め、長所も短所も個性としてビジネスの中で活かす方法を考え、未熟な部分は補っていかなければならない(★5)。

(1) 自分で考えて、自分で決められるか?

個人事業主は、事業所の経営者でありスタッフでもある(★6)。事業方針を決めてくれる経営陣も、判断を仰ぐ上司も、相談できる先輩も、協力してくれる同僚もいない。誰も代わりに考えてくれないし、決めてくれることもない。事業所の方針、方向性、ビジネスの企画、すべて自分で判断しなければならない。
そうした責任の重圧よりも、他者の判断に従わなくてもよいことに魅力を感じる人なら、生き生きと働けるにちがいない(★7)、

(2) 変化を恐れていないか?

変化し続ける社会の中では、荒波を乗りこなすように、バランスをとる必要がある。人生においては「変化し続けること」こそ「安定」だ。順風満帆でない時は、耐えて良い波を待ち続けることも必要になる。
個人事業という働きかたは、脱皮し続ける人に向いている。

(3) 事務処理や雑用の重要性を理解しているか?

勤務先では他部署の社員が担っていた作業も、自分でこなさなければならない。企画、プレゼン資料作成、見積交渉、打ち合わせ、ドキュメントの作成、帳票の作成と管理、データ管理、資金繰りなど、コードには関係のない作業が少なくない。それらの作業を、嫌いでもいい、苦手でもかまわないが、できなければならない。
雑用を軽んじる人が開業したいなら、初年度からアシスタントの雇用を考えよう。

(4) 自ら提案をできるか?

取引先から仕事をもらう受け身の下請け体質では、事業を継続できない。安穏としていたら、取引先の経営状態に事業の成否を左右される。仕事は与えられるものではなく、自ら生み出すものである。
提案力を高めてから開業したのでも遅くはない。

(5) リスクを引き受けられるか?

事業を継続するには、ハードウェアを買い替えたり、ソフトウェアをバージョンアップするなど、毎年のように追加投資が必要になる。 時には、実績作りのため、割に合わない仕事を引き受けることもあるだろう。
また、開発案件の規模によっては納品が1年以上先になることもあり、さらに、顧客側の支払い条件によっては、入金が何カ月も先になることがある。
先行投資を出し惜しみする人や、毎月定期的な入金がなければ不安な人は、不安を打ち消す方法を会得してから開業することをおすすめする。

(6) 報酬系のバランスはとれているか?

事業の維持にもっとも必要なのは、報酬系のバランスだ。
長期的視野で将来のための準備を用意周到に行いつつ、目先の利益にも何割かの時間を使う必要がある。
短期報酬系に偏って、目先のリスク回避と売上金額にとらわれていると、社会情勢が変化したとき、雲行きがあやしくなってしまう。

(7) 自分の中にモチベーションはあるか?

金銭・名声・待遇・評価・五感の満足といった外部からの情報をモチベーションにすると(★8)、それらに関係しない情報をフィルタリングしてしまい、型破りのアイデアが生まれにくくなる(★9)。
逆に、「このアイデアを形にしたい」「こんなシステムを創ってみせる」「これがあれば社会が変わるのではないか」「自分のこの技術を役立てたい」といった、自分の中にある情報をモチベーションにすると、企画を立てやすく、事業は継続しやすいだろう。(★10)。

(8) 臨機応変に動けるか?

一人で複数の案件をこなしていると、ダブルブッキングに直面しそうになったり、実行環境が変わった時にはサポート対応が重なることになる。
スケジュール表が埋まっていたとしても、顧客からは臨機応変な対応をもとめられる。予定変更が苦手な人は、自分が対応できない時にバックアップしてくれる外注先や共同経営者を見つけておこう。

(9) 自分の身体の中の声を聴けるか?

個人事業主は、自分自身が資本である。健康第一だ。顧客との連絡が途絶える状況など作ってはならない。
ところが、PC前で固まっているITエンジニアには、メタボ、眼精疲労、坐骨神経痛、腱鞘炎が、ほぼ、もれなくついてくる。食事の量と質にせよ、運動にせよ、睡眠時間にせよ、個体差には言及していないテレビやネットの情報を鵜呑みにするのではなく、自分の身体の中の声に耳を済ませて、自分に合う健康維持方法を実行しなければならない。

(10) 生き方の手本となる人はいるか?

個人事業主として事業を継続していくには、仕事力が必要だ。仕事力とは、人間力の上に作業スキルを重ねたものである。
すばらしいプログラムを書くスキルがあっても、セキュリティへの意識が甘かったり、データ管理がずさんであったり、顧客への配慮ができなかったりすると、依頼する側は二の足を踏むだろう。
仕事力を高めるには、生き方の手本となるような、人間性を尊敬できる人を、心の中に置くことだ。上司でも先輩でも同僚でもよいし、親やきょうだいや友人でもよい。ネットや本の中に見る過去の偉人でもよい。「こういう人になりたい」という、具体的な。理想の人間像があればこそ、それと自分を比較することによって改善点が明らかになり、人間力向上につながっていくのである。

以上のようなことを検討した結果、退職を決意したなら、決意が鈍らないうちに行動するのみだ。
次回は、開業の方法と事業の継続方法について書いてみる。

★1 我が国には今なお性別役割分担が根強く残っており、少なくない女性たちが、家事や介護の大部分を担ったうえで、自分の仕事を行っている。だからといって、(乳幼児がいるのでない限り)仕事を諦めて家庭内労働に特化することは避けたほうがよいだろう。精神的な負担を軽減する意味でも、「会社はやめても、仕事はやめるな」ということを強調しておきたい。

★2 筆者が行っている業務、企画・デザイン・イラスト・設計・コーディング・編集・執筆・作詞作曲・セミナー講師などは、どれもサラリーマン時代に業務として行っていたもので、開業後に取り組み始めたものではない。全く未知の分野での起業は、経営センスと実行力のある人でなければ難しいだろう。

★3 筆者は、開業費用と2年間の生活費を準備して開業した。失業保険は受給せず、家族の収入にも頼っていない。連載執筆とパソコン教室開催の傍ら書籍を書き、1年半で離陸した。今なら、クラウドファウンディングや自治体の助成制度を検討したかもしれない。

★4 日本年金機構
国民年金の保険料
国民年金前納割引制度(売上を予測して納付方法を決めるとよい)

★5 パーソナリティは、今では、遺伝か生育環境かの二択ではなく、脳の物理的な機能、COMT多型遺伝子型、生育環境、など複合的な要因で決まると考えられている。
独立を考える人は、どこかしら「いびつ」である。運が悪ければ障害になりかねないアクの強さを、社会の中で有効に機能する個性に変える方法については、「パーソナリティ障害がわかる本―「障害」を「個性」に変えるために(岡田尊司 著、法研)」が参考になるだろう。

★6 技術以外の情報に疎い人は、経営者の著書を読んだり、ビジネス系サイトの旬の情報に目を通したうえで、複数の企業経営者と、オフラインで交流することをお勧めする。
筆者の場合、たまたま元勤務先の図書室に経営哲学の本が並んでいたので、昼休みに読んでいた。異業種交流で、下請け脱却を目指す多数の経営者の人たちと膝を交えて話す機会が多々あった。また、勤務先で、ベンチャー企業設立に伴う諸手続きを経験し、助成金による研究開発の会計のため、簿記の最低限の知識を仕入れた(簿記は大嫌いであって、身に付いてはいないけれども)。20代前半にそうした経験をしていたことが、開業へのハードルを下げた。

★7 単独で業務を完遂した経験や、プロジェクトを率いた経験のある人なら、問題ないだろう。

★8 金銭や名声や待遇などをモチベーションとする人の割合は、若年層になるほど少ないのではなかろうか。それはヒトの神経系の成長に伴う変化であって、今後、自分の中のモチベーションによって動くタイプがデフォルトになっていくのではないか。「神の神経学 脳に宗教の起源を求めて(村本治 著、新生出版)」(P.147~P.151)を参照。

★9 日経IT Pro「Webプランニングから始めよう!」第9回 良いアイデアがわく人とわかない人はココが違う(2006/12/21)

★10 クリエーティブな職業の場合は、これらとは異なるものがモチベーションになることもあるだろう。
息を吐かなければ苦しいように、頭の中のものを出力しなければ、音や絵や言葉で飽和して苦しい、だから創らざるをえない、といった生理現象に近いものである。


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