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南海地震に備える

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母から聞いた昭和南海地震

昭和南海地震発生当時、私の母は、祖父の仕事の関係で愛媛県の住友化学が提供する社宅に住んでいたという。二階建てで部屋数が多く、両親と6人の子供が住むには十分な広さだったそうだ。 耐震基準などない時代である。 木造二階建てで広いとなれば、現代の我々から見れば当然、耐震性には疑問符が付く。

地震は大きく(マグニチュード8.0)、戦場で過酷な体験をしてきたという祖父でさえ、これはただごとではない!と、大声で「外へ出ろ」と叫んで飛び出し、家族全員がそれに続いたという。 外へ出た祖母は、「ユミは、ユミはっ!?」と、末っ子の名前を叫び続けていたという。そのユミは赤ん坊で、祖母の背中におわれていたのだが、祖母は、すっかりパニクっていた。焼夷弾が降り注ぐ戦時下を生き延びた人たちでも慌てふためく揺れだったのだ。

ところが、地震後、家屋はといえば、すこしミシミシと軋んだ程度で、しばらくすると元通りになり、修繕も不要で、祖父が退官して転居するまで、一家は住み続けることができたという。

地盤が良かったのかといえば、そんなことはなく、スラグ(鉱石殻)で造成した土地に建てられていたという。 じじつ、家の近所の大通りはの地面はひび割れ、1m近い断層ができていたそうだ。

にもかかわらず、家屋が一部損壊さえしなかったのは、なぜか。 母に尋ねても回答は得られない。ただ、「昔の家はしっかり造ってあったから。」

校倉造りやログハウスが地震に強いと言われているように、ひょっとしたら、釘を使わない工法で建てられていたのかもしれない。 家具などでも、現在のごく普通のものには、ダボや接着剤が使われていることもあるが、昔は、違っていた。父が若い時分から家で仕事をするときに使っていた机と椅子には、釘が1本も使われていなかった。それは高価なものではなく、昭和30年代のごく普通のサラリーマンがフトコロをさほど痛めることなく購入できるものであり、永年使用できる品質のものだったのだ。

現在私が住んでいる家は......耐震化が必要

そういったことを聞くにつけ、釘多用の現在の私の住居は、心もとないことこの上ない。 木造二階建てで築50年。

震度5強だった芸予地震では、周辺の家々はすべて瓦の損傷で長期ブルーシートの中、私の住居だけは瓦が数枚ズレた程度で済んだが、これは単に、2階にほとんど備品を置いていなかったためだと考えられる。だから、机などの備品を置いている現在の状況で、震度6強のうえに余震が続こうものなら、考えるだけで恐ろしい。

......というわけで、耐震化を進めなければならない。

木造耐震工法パーフェクトガイド」を買って読み、ネット上の情報もくまなくあたった。 (Amazonで、耐震テーブル、耐震ベッドシェルター、高価な津波シェルターまで売られているのには驚き) 芸予地震の食器などが飛んだ経験から、壁の必要な位置や、どの方向にねじれたかは、分かる。

修繕と耐震化の計画を立て、先日、大家さんと打ち合わせをした。 経年劣化の修繕と並行して、市の助成制度を利用して、耐震診断を受け、耐震工事を行うことに、コンセンサスを得た。

耐震化が進まない原因は、一にも二にも、費用なのでは。

愛媛県での木造住宅の耐震化は進んでいない。 その理由について、識者は、なにかといえば、防災意識や、制度のPR不足などを、原因とするが、それらは主因ではないと思う。

一般市民にとって、耐震化に足踏みする最大の原因は、費用ではないか。 お金より生命が大事だと思っていても、ない袖は振れないのだから。 耐震工事の不要な新しい家に住んでいたり、古くても自費でリフォームできる人たちは、それが可能な収入を見込むことができているのである。 逆に、耐震工事の必要な家に住みながらも、自費でリフォームできない人たちは、その費用をねん出するだけの収入を見込むことができないのではないか。

以前、ギリギリ新耐震基準の築年の移転先候補を下見した時、不動産会社の担当者は、「来るか来ないか、いつ来るかわからない地震のために、耐震化を大家さんにもとめるのは難しい。現状での契約になります」と言った。「耐震性を期待するなら自分で建てるしか。」(私は庭に木を植えたいので持家派だが、親と相方が一生ノマド希望派なので、借家住まいなのだ) そして「よほど大きな地震がこなければ大丈夫です、ただ、よほど大きなのが来るって言われてますけどねえ。」それブラックジョークっすか? 間取りなどは気に入ったが、基礎のクラックや擁壁の種類が気になったから、移転は見合わせた。1982年以降築物件にも助成制度が適用されるなら即決しただろう。

市民が助成制度の存在を知っていたとしても、その制度を理解して利用するとなると、ヤヤコシイ。 私は、ここ数日、県と市の耐震化助成のページにすべて目を通したが、膨大な量である。事務作業が大嫌いな者からすれば、msdnの技術情報の方が何十倍もラクに読めるわけであって、数ページ目で涙目になった。 やっとこさ読んで、不明点をまとめてメールで問い合わせた。 市の担当者から丁寧な返信があったので、大家さんに伝えて再打ち合わせする予定だが、印刷した大量の書類を前に、すでに萎えている。

私の居住する地域では、耐震診断と補強の助成対象者は「対象となる 住宅の所有者」であり、借家人は申請できない。 だが、借家の場合、大家さんが申請するのは、難しい場合がある。 複数の物件を所有している大家さんが、借家すべてを公平に耐震化しようものなら、家賃だけで費用を回収するのに何年かかることやら。かといって、借家人の優先順位はつけられず、何年かに分けての順次耐震化も難しいだろう。 我々は、自分たちの方から、助成金で不足する費用の借家人負担の上限額を提示して交渉したので、話が進んでいるだけだ。

借家人が助成申請の手続をできたり、評点「1・0」未満の改善補強や部分補強でも助成が受けられる制度(墨田区、足立区など)があれば、申請はしやすい。また、耐震シェルターや防災ベッドの設置を補助する制度(一宮市など)があれば、これらは耐震工事に比べれば1/8~1/10の価格だから、なんとかなるケースも少なくないと思う。が、今のところ、そういった制度は、松山市にはない。

地震は、まったなしである。 助成対象になるかどうかは分からないが、安価な新しい工法や製品も次々登場しているので、ときどきチェックして、できるところから始めなければならない。

地質学者の中には、最大規模にはならないという意見もあるが、 震度6強が、震度6弱か5強になったとしても、余震があるから、被害は大きい。 幸い生きて倒壊家屋に閉じ込められたとしても、広範囲の人々が被災者になるから助ける余裕のある者はいないと思っておいた方がよいだろう。

松山市の耐震化助成制度について

メールで問い合わせた結果を、支障ない範囲で書く。回答は、詳しく丁寧なものだが、まとめている。原文ママではない

耐震診断と耐震改修のふたつは別事業で、 ・耐震診断は、昭和56年5月31日以前に着工された一戸建て木造住宅が対象。 ・改修事業は、耐震診断を実施後、第三者機関の評価を受け、その結果、補強が必要とされた住宅が対象。 とのこと。

Q:受付の可否について

A: 本年度の耐震診断募集:平成25年12月27日まで。耐震改修等:平成25年11月29日まで。10月28日時点では余裕あり。

Q: 11月末までに耐震診断を受けて申し込めば、通常、2月末までに工事を完了できるか?

A:耐震改修工事の着手には、その前に改修事業を申込みの上第三者機関の評価を受ける必要があり、11月末以降受付にもなると、評価書交付が2月末になるから、本年度の期限までに工事完了はできない可能性あり。

Q:耐震診断、改修設計、耐震改修工事を分けて、期限までに完了予定工程についてのみ補助を申請することは可能か?

A:診断事業と改修事業は別事業。また、改修事業の設計と改修工事はセットで行う必要あり。

Q:建築確認通知書は必須か?

A: 診断事業の申し込みには必要だが、改修事業の申し込みには不要。ない場合は、別途要相談。

Q: 総合評点の場合、平均的な費用はどの程度か?総合評点での補助の上限はあるか?

A:「総合評点」とは、耐震強度を示す最小の数値を指す。平均的には、診断費用は3~5万円、改修工事費は150~200万円程度。補助金は診断事業で2万円、改修事業は84万円が上限。

Q: 次年度に、次の制度が出来る可能性はあるか。(1)住宅所有者の許可を得て、居住者が補助申請をできる制度。(2) 評点1.0未満の改善補強や部分補強でも助成を受けられる制度。(3)耐震補強ではなく、耐震シェルターや防災ベッドや耐震テーブルの設置を補助する制度。

A: 回答をいただいていますが、このブログに掲載していいかどうか分からないので、同様の質問のある人は、個別に問い合わせてください。

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