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センサーの進化がユーザー・インタフェースを変える ~メルマガ連載記事の転載 (2011年11月14日配信分) ~

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この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「データ・デザインの地平」からの転載です。

連載「データ・デザインの地平」
第12回 「
センサーの進化がユーザー・インタフェースを変える」
(2011年11月14日配信分)

タッチが変えるライフスタイル

近年のセンサー技術の進化にはめざましいものがあり、我々の言葉や動作、喜怒哀楽の感情、五感で感知する情報のずいぶん多くが、取得可能となっています。なかでもタッチ・センサーは、スマートフォンの普及によって、ライフスタイルの中に溶け込んでいます。

タッチにより操作できる対象は、いまやディスプレイだけではありません。我々の生活空間へと拡がりつつあります。
たとえば、OmniTouch です。これは、本や壁やテーブルなどの表面をデバイス化してしまうインタフェースです。身の周りの備品すべてを抗菌仕上げにするのは現実的ではないので、壁にタッチしているように見えて、実際はいくらか手前の空間をタッチする、といった形になるかもしれません。

また、PocketTouch は、視覚非依存のマルチタッチ技術です。ポケット、バッグ、財布など別の見えない場所にあるデバイスの操作を可能にします。

では、これらの技術は、ビジネスや生活に、どのように応用できるのでしょうか?
それは、マイクロソフト社が公開している、未来の拡張現実世界を描いた動画「Productivity Future Vision (2011) 」の中に見ることができます。

この中には、カード、書籍、ディスプレイといった、いろいろなサイズの端末が登場します。
Webデザイナーの人たちは、対応しなければならない端末が増えるのかと内心おだやかでないかもしれません。が、動画の中の端末は、デフォルトの状態を表したものと考えておけばよいのではないでしょうか。
遅かれ早かれ、複数の端末は単一のデバイスとして居住空間に組み込まれ、ユーザーが表示領域のサイズや表示位置を指定すると、自動的に、指定した位置に指定したサイズで表示されるようになるでしょうから。

というのも、ユーザーによって最適であると感じるサイズが異なるからです。大きな画面で見たい人もいれば、小さい画面の方が集中できるという人もいます。1行ずつ読み進むユーザーは小さな画面を許容できても、斜め読み派のユーザーは、できるだけ一度に多くの行数を表示することを望むものです。近未来のインタフェースは、今よりもっと、ユーザーフレンドリーになるべきです。

タッチは、過渡期のインタフェース

では今後、タッチ操作が唯一のインタフェースとなるのかといえば、そんなことはありません。それには、ふたつの理由が考えられます。

ひとつめの理由は、すべての人にとって、タッチ操作が最良のインタフェースではないということです。
タッチ操作がマウス操作と異なる最大のポイントは、重力を受ける手を支えるものがない場合が多いという点です。これはペン字と習字の違いに似ています。どちらが容易であるかは、身体のハンディキャップの状況により異なります。
また、これはマウスでも同じですが、手を怪我していると操作はできません(本連載第8回「死にゆく者の意思は守られるか」 も参照)。

もうひとつの理由は、誤操作の問題が付きまとうということす。
その昔、メンブレーンスイッチが登場したとき、エンジニアの間で、それはちょっとした話題になったものでした。ところが、押しボタンが薄ければ薄いほどよいのかといえば、そうではないことがあります。
具体的な例で説明しましょう。
たとえば、持病を持つ人のための緊急時連絡用のペンダントのボタンは、倒れて動けない時にもわずかな力で操作できるようになっています。そのため、すこし壁や柱にぶつけただけでもボタンが押されてしまいます。そこで、あきらかに具合の悪い時でなければ身に付けないユーザーがいます。つまり、急に具合の悪くなった時には、身に付けていないことになります。
簡単に押すことができるということは、すこしの衝撃で押されてしまうということでもあるのです。操作性向上と、誤動作は、このように、背中あわせの問題なのです。

タッチ操作は重力に逆らった動作であり、次世代の宇宙での暮らしに適したインタフェースではありますが、地球上では過渡期のインタフェースになるでしょう。
どのように優れたインタフェースも、100%ユニバーサルではありません。単一のインタフェースではなく、バリアフリーを可能にする他の選択肢も必要です。

タッチ以外のインタフェースの萌芽

タッチ以外のインタフェースの萌芽は、既に数多く見られます。次のような情報を取得するセンサー技術は、急速に進化しています。

動作

Kinectのように、ユーザーの動作の情報をデータとして取得し、利用するものです。遠隔地にいるインストラクタや理学療法士がスポーツやリハビリの成果をチェックして助言したり、新米医師が遠隔地にいるベテランから手技を習うこともできそうです。

ヒトの動作で、ホログラムを扱うこともできます。マイクロソフト社のNUI(ナチュラル・ユーザー・インタフェース)のひとつ、3D 映像の物体を操作できる技術「Holodesk」を、ぜひ閲覧してください。
ホログラムのボールによるスポーツや、ホログラムを利用した対人関係シミュレーションなど、この技術の用途は多数考えられます。
テーブルを叩いて演奏するどこでもピアノなどが実現すれば、喫茶店でお茶を飲んでいたピアニストがテーブルを叩き始めるやいなや、居合わせた客たちが一斉に踊り出す......といった楽しい光景が実現するかもしれません。

さらにホログラムが進化して、ユーザーが設定したデジタル衣装を身にまとうことができるようになれば、Tシャツだけ着ていてもスーツを着ているように見せかけられるようになり、これは節電になるかもしれません。

音声

音声合成技術は、既に実用段階を過ぎ、ビジネスへの展開方法が期待できる段階です。ボーカロイド技術は、一般ユーザーにも、音声合成技術の現在を示しました。さいきんでは、音声合成技術を利用した、スマートフォン向けの翻訳サービスも登場しています。

視覚

視線の動きをデータとして取得し、機器を操作するものです。
まず考えられる用途は、寝たきり患者とのコミュニケーションです。また、高齢になると、モノの名前が出てこないということがありますが、デバイスをモノの前にかざせば、その名前と説明が音声でアナウンスされるといった処理も可能でしょう。視線を送った先の相手に声をかけるアプリがあれば、内気な青年がすこし積極的になれるかもしれません。

触覚(温度、湿度含む)

現在のタッチ操作では、指先には、モノに触れたという事実しか残りません。が、その感触のデータを取得したり、設定することが可能になるでしょう。
まずは、エステや医療分野で普及しそうです。また、視覚障碍者がモノの質感を感じる処理を、コンシューマー向けアプリケーション開発者やWebサイト開発者が簡単に実装できるようになれば、ユニバーサル化を一歩前進させることができます。
家電に組み込み、たとえばエアコンの温度を設定する際、温度を示す色のスライダーを操作すると、指先にも温度を感じさせるといった、ユーザーにやさしいUIも可能になるでしょう。

嗅覚

ヒトの最も原初的な感覚であるために、データ化も再現も難しいと思われますが、客を連れて帰宅する前に、遠隔操作して室内に香りを充満させておくなど、香料と連動させる処理なら容易に実現できそうです。香りに対する脳内の反応が個体独自のものではなく、共通点があるなら、脳に対して働きかけることで香りを再現したかのように思わせる技術も考えられます。

端末の状態

端末に組み込まれたセンサーで、端末の置かれている情報をデータとして取得し、利用するものです。
加速度センサーでは端末の傾斜角度を取得できます。また、GPSでは端末の置かれた場所の緯度経度を取得できます。Windows Phone での加速度センサーについては、Think IT に記事を書きましたので参照してください。

脳機能センシングで浮上する課題

前述のようにヒトの外に生じる情報だけでなく、ヒトの脳内に生じる情報もセンシングの対象です。

脳波を取得してアプリケーションやハードウェアを操作する技術は既に確立しています。WPFアプリケーションにより実装できますし、ネコミミなどの製品も発売されています。脳卒中患者らの脳波を取得してロボットハンドを動かす技術も開発されています(「イメージしたとおり義手が動く世界初の技術」2011年11月3日13時46分  読売新聞)。現在はまだ、侵襲を伴う実験のようですが、そのうち非侵襲となるでしょう。

これらは、楽しく、あるいは有益な技術であり、その社会的メリットは実に大きいものがあります。しかしながら、ユーモアと善意のない応用では、社会システムを揺るがすような問題が生じます。

最も大きな問題を引き起こすのは、要人の思考のセンシングです。SFがリアルになる日も遠くはないでしょう。国家の姿勢や株価を左右する情報が取得されたなら、それがどのような結果を招くかは想像に難くないでしょう。

経営者の頭の中のビジネスの着想、会議の席で考えられ提案される企画、それらのセンシングも、訴訟のラッシュと経済的摩擦を引き起こしかねません。新商品のアイデアも同様です。もっとも、商品アイデアについては、実施のための技術がセットで必要ですから、ビジネスの着想の方が影響は甚大でしょう。

身近なところでは、医師の脳内情報のセンシングが考えら得ます。自分や家族の病気が治療可能かどうなのかを知りえた時、モラルの低下している昨今では、生命保険金にまつわる事件につながる恐れがあります。
また、災害時の未公開情報のセンシングでは、データを持つ者と持たざる者の間で、生死が分かれることも考えられます。

当然のことながら、作品の著作権も、問題になります。
第7回(「脳活動センシングの進化が、作曲を変える」)で述べたように、作曲の本質は発見です。音楽だけでなく、小説や絵画のイメージなども取得可能になると、誰が考えたのかが不透明になり、クリエーティブな仕事が成立しにくくなります。

以上のように、脳内情報を「社会を混乱させる目的で」センシングできるようになると、セキュリティ技術とのイタチゴッコが始まります。

近い将来、認証機能は存在のデバイス化によって代替され、処理と表示の機能はユーザーの脳に組み込まれます。そうなった暁には、「ハードウェア」という言葉の定義は変わります。
そんな未来は来ない、そんなことは遠い先、と思われるでしょうか。こういった問題は、安心しきった生活のうえに、突然降りかかってきます
UIの進化がもたらすメリットを享受し、デメリットを抑えるために、我々は、技術の可能性と問題点を、技術が普及するよりも前に、考えておかなければならないのです。

「データ・デザインの地平」バックナンバー

≪ 第1回 UXデザインは、どこへ向かうのか? (2010/12/20)
≪ 第2回 そのデータは誰のもの? (2011/01/24)
≪ 第3回 子ノード化する脳 (2011/02/20)
≪ 第4回 多重CRUDの脅威(2011/03/14)
≪ 第5回 震災は予知できなかったのか(2011/04/18)
≪ 第6回 永代使用ポータル、クラウドがつなぐ生者と死者の世界(2011/05/16)
≪ 第7回 脳活動センシングの進化が、作曲を変える(2011/06/13)
≪ 第8回 死にゆく者の意思は守られるか (2011/07/11)
≪ 第9回 Windows Phone 7.5 に見る"ヒトとコミュニケーションの形"(2011/08/29)
≪ 第10回 データ設計者は、ヒトを知れ、脳を知れ(2011/09/26)
≪ 第10回 設計者であるための、日々の心得(2011/10/24)

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