IT業界につとめる「雑貨屋(なんでも屋)」が、業界の事、情報セキュリティの事、趣味や日々雑感を綴っていきます。お暇な方はおつきあい下さい。

073.【雑談】人間の仕事について

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佐藤@IT雑貨屋です。
[五十の転職]についてここ最近、こちらに記事をアップさせて頂いていますが、思うに情報処理のインフラが充実し、技術が向上する事で、人の仕事というのは確実に減ってきてますよね。

この事で少し雑談ベースの話を今回は記事にさせて頂きます。

私は小学生の頃、今で云う「撮り鉄」でした。
日曜日になると朝早くに家を出て、撮影スポットまでカメラを片手に電車を乗り継ぎ、早朝に東京を目指して走っている寝台特急(ブルートレイン)の写真を撮りに行っていました。

当時、小学生だった私の移動は鉄道でした。
当時の駅の改札は、駅員が切符に鋏を入れていたのですが、ある時、駅の改札のボックスに「カタタンタンタン・・・」とリズミカルに鋏をならしつつ、如何にも半分寝ている高齢の駅員が居たのです。

小学生時分の私が近づくと、半目を開けながら、実は朦朧としているであろう表情ながら、切符を受けとるために右手を伸ばし、すこし離れると右手を下げる。しかもハサミのリズムは一向に狂いなく鳴り続けている。
幾度か私は近づいては遠ざかりを繰り返したのですが、普通は怒るであろうところ、表情や動作は一向に変わりません。

こんな駅員の姿に小学生の私は「この人はこの歳まで出世しないで、こんな仕事でお給料を貰っているのか」と、妙な処に感心した事を記憶しています。

話は変わって、私の父親、既に鬼籍に入って久しいのですが、私がたまに親元へ行くと、「お前、幾ら稼いでいるんだ?」と聞かれ、「まだまだ俺が現役の頃の給料には届かないだろう」と悪戯っぽい笑顔で話をしていました。

私の父親は運転免許1つで世の中を渡って生きてきた人で、私が生まれる頃に地元の鉄道会社に就職、その頃はまだその鉄道会社が片田舎のローカル私鉄だった時代から、大手私鉄と呼ばれる時代にかけて、路線バスの運転手をしていました。

だから確かに給料はそれなりに得ていたのですが、父親が退職した後、鉄道会社もバス事業を分社化し、今ではバスの運転手は、それほと高い給料は貰えなくなっているようです。

当時のバスはワンマン運行だけではなく、「車掌」というのがいて、降車確認とか運賃の徴収なんかを行っていた路線もあった時代、またワンマンでは定期券の確認やら、運賃やら、各バス停の名前のアナウンスを運転手が行っていました。

しかし今では駅の改札はほぼ自動化され、人が切符や定期の確認を行う事はありません。またバスにしても料金はスイカやパスモといったICカードで精算し、車内アナウンスも自動化されています。またバスに関してはワンマン運転しか無く、車掌が同乗しているバスはなくなりました。

以前に私が営業の仕事をしていた時、ある外資系日本企業の社長が言っていました。

「佐藤さん、これからは機械で出来る仕事はどんどん機械化され、人にしか出来ないという仕事だけが残っていくんだよ」

確かに今の時代はその過渡期であると思います。

情報端末には機能が集約され高機能小型化が進み、通信インフラは整備され、人工知能も飛躍的に進化を続けています。

これではこれからも人のやる仕事が、どんどん機械に置き換わり、ある意味便利で各種サービスは低廉化すると思いますが、社会の中で仕事が少なくなり、その仕事で得られる収入も格差が広がっていく事でしょう。

おりしも日本では「一億総活躍社会」というスローガンのもと、昔からあった「定年退職」「年金による第二の人生」という事も死語に成りつつ有るように思えます。

私が定年の年齢になり、子供や孫の時代には、人と仕事はどの様な関係となっているのか、様々な事を考えさせられる昨今です。

ここまで読んで頂きありがとうございます。
IT雑貨屋をこれからもよろしくお願いします。

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