IT業界につとめる「雑貨屋(なんでも屋)」が、業界の事、情報セキュリティの事、趣味や日々雑感を綴っていきます。お暇な方はおつきあい下さい。

065.【自分の事】過去につきあった機器について-4

»

佐藤@IT雑貨屋です。

4月になり、各職場にも新入社員が入り始めている事なんでしょう。
新入社員各位には、どうか今持っている想いを持ち続けてほしいものだと念願してやみません。

さて過去に自分がつきあった機器について、今回は続きを書いてみたいと思います。
時間のある方はお付き合い下さい。

■PCB-CAD(図研CR3000/日立K-3)
これはアプリケーションで「機器」とは異なりますが、異なるアプリケーションのデータ変換で利用しました。
この仕事で記憶に残っているのは、初めて「LAN接続」という事を経験したという事です。
今でこそ、ネットワーク接続はとても簡単になりましたが、この当時は「イーサケーブル」というものは主流ではなく、ピア・ツー・ピアで機器を接続するものとしては「ツイストペア・ケーブル」という2極の同線でした。
しかも「TCP-IP」という、今でこそ標準のプロトコルもそれほどメジャーでは無い時期に、2台の機器を繋いでデータ互換を図るのはとても困難な作業でした。
IPアドレスも基盤のディップスイッチで設定し、その基盤を繋いでデバイスドライバ等をインストールして、テキストファイルに設定情報を書き込んでマシンを立ち上げます。
設定が上手く行けば互いのハードディスクの内容をFTPコマンドなどで参照できますが、設定が上手くいかない場合には、基盤を取り外しディップスイッチを確認、テキストファイルに記載されている内容を確認して、再度電源立ち上げから始める事を繰り返すという手順でした。
当時、PCB-CAD(プリント基板設計CAD)のデータ互換を行う為に、UNIXのマシンとNECのPC-98シリーズを接続する必要がありましたが、このLAN接続だけで2日間の間、首っ引きでかかった事を記憶しています。
それと比較しても、今の時代というのは楽な時代になりましたね。

■PC-9801N
mm_DSC00079.JPG始めて持った「ノートパソコン」がこれでした。
このノートパソコンですが、HDDは無しでメモリが1024KByte✕2あり、一つをRAMDISKとして利用、FDDは1ドライブありました。画面は16諧調の白黒画面でしたが、テキストエディタを入れておけば、どこでもソースコードを見る事が出来るという事で、とても重宝した事を覚えています。
当時は仲間で事務所をやっていて、本社の埼玉に行く際に必要なソースコードを持って歩いて、どこでも中身を見る事が出来るという事。また自分専用で持ち歩けるコンパクトなパソコンであるという事で、技術革新の速さに驚きもしました。
まあ、今のスマートフォンと比較したら話にならないくらい、チープなものですが、当時は最先端の機械だと思っていました。

■COMPAQ
17685-compaq-presario-425-62941.jpg


この時代(1993年頃)ですが、世の中ではMS-DOSに変わり「MS-Windows3.1」が主流になってきていました。
それに伴い従来では数十万円していたパソコンの世界にも「価格破壊」が置き始めた頃で、その先駆けがコンパック(Compaq)のPCでした。
価格は十数万円程度で、当時としては高機能なパソコン。そしてOSはMS-Windows3.1が標準搭載。
国内ではNECのPC-98シリーズが大きな牙城だったのですが、その一角を崩し始めたのはこのPCでした。
このCOMPAQの機器は「PC-AT互換機」と当時呼称されていたIBM規格のもので、MS-DOS(DOS/V)ではNECのPCで扱っていたデータを扱う事が出来なかったのですが、MS-Windows3.1になった場合には、NECのデータだろうと関係なく、データを扱う事が出来ましたので、わざわざ高額なNECのパソコンを購入しなくても業務ができる様になったのです。
僕の記憶の中では「低価格なパソコンの走り」として残っています。

これ以降、世の中はハードウェアの世界ではなく、ソフトウェアが主流となる時代になっていったんですね。
それまではアプリケーションもMS-DOSなので、アプリケーションは機器(ハードウェアメーカー)に依存していましたが、MS-Windows3.1の場合、Windowsアプリケーションであれば、機器は問わないものとなっていきましたからね。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。
これからもIT雑貨屋をよろしくお願いします。

【IT雑貨屋ーホームページ】
http://www.itzakkaya.com/

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する