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MAD Cityのタウンシェア宣言とジェントリフィケーション

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今、松戸が熱くなってきているのはご存知でしょうか?まちづクリエイティブ代表の寺井元一さんが2−3年前に松戸に移住し、松戸のことをMAD Cityと呼び始め、クリエイターやアーティストが集まるまちづくりをしています。その寺井さんが、「タウンシェア宣言」を発表し、タウンシェア・トーキング01というイベントを開催したので参加してきました。

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■KOMPOSITIONでの活動

寺井さんとは7−8年前に友人に紹介してもらってからの縁で、当時彼はKOMPOSITIONというNPOの代表として、渋谷を拠点にストリートの若者の才能やエネルギーを発揮させる場づくりをされてました。例えば、合法的に街のビル壁面をアート作品の場に変える「リーガルウォール」の活動や、ストリートバスケの大会をNIKEと一緒に代々木公園で開催したり、マイケル・ジョーダンから渋谷の美竹公園に寄贈されたバスケットコートを渋谷区から委託を受けて管理されてました。


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■MAD City

陽の当たらないアーティストや、ストリートの若者たちに場を提供してきた寺井さんが、東京のど真ん中である渋谷を離れ、都心から30分ほどでアクセスできるものの、街の中心部に過疎化が始まっている松戸に拠点を移して、松戸駅西口辺りをMAD Cityと呼び始めました。サイトではマッドシティのことをこう定義しています。

松戸市本町にあるMAD City Galleryを中心とした、半径500mのエリアをマッドシティとして定義。
ロゴマークは実際の地図をトレースして制作され、「MAD」の3文字とともにマッドシティエリアを表現しています。

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海外ではアーティストやクリエイターが、大都市における高額な家賃や過密な環境を嫌い、活動の拠点を郊外へ移すケースがよく見られるそうです。元々アーティストやクリエイターと親交の深かった寺井さんが、松戸をMAD Cityと様々なイベントを開催されてきました。イベントスペースを作ってトークイベントを開催したり、 Galleryを作ってアーティストの作品を展示したり、シェアオフィスを作ったり。全部地元の古い物件やガレージを自分たちリノベーションし、若者やクリエイターたちを集めています。

MAD Cityが面白いのは、若者やよそ者で盛り上がるのではなく、オープンで地元の人たちとの交流を大切にしていることです。地元の人たちとの飲み会や、年に2回はお祭りで神輿を担ぐなど参加されています。

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さらに、松戸に住む人たちを増やそうと脱東京不動産という不動産サイトを立上げて、市場にも流れない古民家や雑居ビルなどを、クリエイティブ層にとって自由度が高くポテンシャルあるSOHO/スタジオ/店舗などに適した物件としてセレクトして、提供する活動もされています(現在はMAD City不動産に力を入れているそうです)。


■タウンシェア宣言とクリエイティブ・シティ

さて、本題ですが「まち」をもういちど共有し直そう。そういって寺井さんはタウンシェア宣言をし、「タウンシェア・トーキング」というトークイベントを開催されたので、参加してきました。

あきる野市に住む中村則仁さんがコーディネーターのもと、日本における地域通貨の権威でもあり自らアースデーマネーを作った池田正昭さん、国内のエリアマネジメント広告の第一人者である西本千尋さんとともに「まちをシェアしなおすってどういうこと?」について話しました。

この4人、非常にばらばらで何とも言えないマイペース。個性的で自分のこだわりと世界観を持ってる方々。話はゆるゆるとあっちこっちとびながらも地域・まちづくりに関連する興味深い話がたくさん聞かせて頂きました。

会場もMAD Cityこと松戸駅から徒歩2−3分の立地のビルで、まちづクリエイティブが借りて自分たちでリノベーションした手作り感漂うお洒落な空間。MAD City内で既にこういった物件を30部屋ほど作ってきたという。イベントスペースやBarにしたり、この会場も今度カフェをされる方借りることになるそうです。

寺井さんは、タウンシェア宣言を読み上げ、これまでの活動の報告と、クリエイティブ・シティについて紹介されました。クリエイティブ・シティとは、まちづくりをアーティストやクリエイターを集めることで魅力的な場所にしていくという、まさに寺井さんがここ数年チャレンジされているそのもの。そこへ、地域の方たちと融合し、タウンシェアをしていく。絵空事じゃなくって本当に実現できそうだなぁと率直に思いました。

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タウンシェア宣言を聞いたとき、以前の書いた「一住居=一家族」の時代は終わるを思い出しました。戦後復興モデルとしての、●DKや「1住居=1家族」ではなく、住む単位を500人で1つと捉えてはどうか?と山本理顕氏が「地域社会圏主義」で提案しています。

一方、ジャパンエリアマネジメントの代表でもある西本さんは、全国の商店街のエリアマネジメント広告という商店街に無秩序にあるビル広告や街路灯フラッグを、大手広告代理店や行政と組んで街の魅力を引き上げられる媒体にした上で、その売り上げがその地区のまちづくり財源とする事業をされています。寺井さんより前に松戸の商店街の支援もされていたそうで、行政と一緒に事業をすることの難しさや、海外の事例もよく知られています。

中でも西本さんは、「ジェントリフィケーション」という、アーティストが街の魅力を高め、人が集まり、都市開発や大手不動産による大規模計画により、地価が高くなってしまい、それまで住んでいたアーティストや家賃が安いから住んでいた人たちがその地域に住めなくなり出て行ってしまう。そんな現象が起きることを危惧されてました。

クリエイティブ・シティやまちづくりと言っても、確かにその後に待ち受けているのが、高層マンションや商業ビル、安いチェーン店と人口流入だと、果たして何を目指していたのか?となりそうです。寺井さんが目指しているのは、地元ならではの魅力と新しい魅力的な人たちとの融合、資本主義のルールとは違う、循環型の新しい地域社会がそこにはあるように思います。


■三丁目の夕日は良くなかった

池田さんからは、最近のシェアブームについて、またタウンシェアの宣言内容はとても良いけど、「昔のように」共有をというのは違うとはっきり言われてました。いわゆる昔のまたは地域に残る共同体というのはそんな居心地のいいものじゃなくって、むしろ池田さんはそういう共同体から抜け出したくて上京し、この距離感の居心地がよかったと言います。つまりタウンシェアもシェアハウスもカーシェアリングも、昔に戻っているのはでなく、全く新しいものを目指しているのだとのこと。

確かに、今のシェアハウスには私的な空間もあれば共有する空間もあり、共同体のしがらみのようなべったりとしたものとは違う。地域に、よそ者や、ソーシャルメディアなど今の新しい何かと融合することで、これまた古き良き時代とは違う新しいシェア文化を僕らは探しているのかもしれません。

もともと私的なものとは、初めから誰かが所有していたのはでなく、公が最初にあってそれを私的ものになっていったという。タウンシェアとは、私的なものを公に戻す行為なのか、私的なものを私的なものとして開放していくものなのか、もしかすると無機質で無関心な公ではなく、個性的で当事者意識のある私的なものを開放し曖昧に融合していくようなものなのかもしれないと感じました。

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タウンシェア・トーキング、都心であるような予定調和の台本もなく、他にも韓国の1000年後を考えた4000回にわたるタウンミーティングによって実現した川の話や、住みやすい平らな道路や快適な生活空間をあえて作らないことで生み出されるものを作る建築家の話、高嶋政伸の離婚騒動による結婚とは何か?という話までつながってないようでつながってる楽しい話が盛り沢山でした。

今後もMAD Cityでは土曜日を中心に様々なイベントを開催されるそうなので、HPをチェックしてこの熱を感じに行ってはいかがでしょうか?


 



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