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ビジネスの本質が「競争」だとしたら、商いの本質は「共創」です。顧客や社員、さらにビジネスパートナーたちとの「価値の共創」をビジネス・経営のテーマとして捉え、実行するための知恵や工夫を、国内外の事例を含めて紹介します。

Japan Premium「商い(AKINAI)」で世界を変えよう!

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 はじめまして。おもてなしコンサルタントの濱川です。わたしは文字通り、おもてなしに代表される日本文化や日本商人が持つ優れた知恵や工夫を、現代ビジネスにアレンジし、そのエッセンスを注入することで、ブランド(企業)と顧客の絆をつくることを生業としています。

●日本はまだまだオワコンではない

 昨今、日本は元気が無いと言われます。とくにアジア圏の人々の熱気に触れた人たちからは「日本なんてオワコンだ」という言葉を聞いたりします。
 たしかに、日本経済はずいぶん長い間苦戦を強いられているかもしれません。しかし、日本が秘めているポテンシャルは底知れぬものがあります。日本の企業や商人が保持している文化や知恵は、まだまだ世界で通じる、いや、世界を変えるだけの力を持っている、わたしは密かにそんな風に思っています。

●ビジネスは競争の仕組み 商いは共創の仕組み

 いったい、日本企業・日本商人が持つポテンシャルとは何か? それは"ビジネスとは異なる、商いの精神や商いの道"だと思うのです。

 「ビジネスと商いなんて、単に日本語と英語の違いでしかないだろう?」と思う人もいるかもしれません。しかし、単なる言語の違いではなく、その両者が持つ微妙なニュアンスの違いを敏感に感じ取れる人は少なくないはずです。そして、その微妙な違いに気づくことが、日本人の持つ「商いのDNAの賜物」だと思うのです。

 ビジネスと商いの違いが何かというと、「競争」と「共創」の違いだと置き換えると分かりやすいと思います。

 ビジネスの根底にあるもの、それは経営学や経営戦略、マーケティングに代表されるメソッドやロジックではないでしょうか。その歴史は、20世紀初頭のフレデリック・テイラーの科学的管理手法などを皮切りに、1980年代のマイケル・ポーターの戦略論などを経て現代も多くの理論や数式が生まれています。

 つまり、ビジネスの目的は、いかに合理的に成果を出すかであったり、いかに競争優位を築くかであったり、すなわち競争に勝つ仕組みを構築することが目的だと置き換えると理解しやすいのではないでしょうか。
 実際に、最前線で生きるビジネスパーソンは毎日が競争です。ライバル企業との競争だけでなく、同じ会社のメンバーとの競争にも勝たなければなりません。世界的な流れで見ると、グローバル企業がより安価な労働力を求めて、世界中、とくにアジア圏で苛烈な競争を繰り広げているのは、みなさんもよくご存じのとおりです。

 競争が激しい現代のビジネス環境では、当然のことながら経営戦略やマーケティングなどの工夫が重要です。かくいうわたし自身も、かれこれ10年ほどマーケティングのコンサルティングを生業としているので、競争に勝つ工夫や仕組みづくりがどれほど重要なことか、よく理解しているつもりです。
 ただ、どっぷりとビジネスの世界に浸かってきた人間だからこそ、この競争のための競争になりつつある今のビジネスの流れに疑問を感じるようになってきました。このままでは競争に参加する人間全員が疲弊してしまい共倒れになる可能性があります。そうならないために、必要なのが古くて新しい「商いの精神」だと思うのです。

●売り手良し、買い手良し、世間良しの精神

 ビジネスの競争に対し、商いは共創の精神です。わたしは、この共創というキーワードが、今後のビジネス・経営の処方箋になると考えています。企業が短期的な利益を重視する姿勢から、継続的な成長や末永い繁栄を重視した場合に、なによりも大切なことは競争に勝つことではなく「共創の精神」です。

 日本には世界最古の企業があります。その名は「金剛組」。金剛組の創業は紀元578年、なんと飛鳥時代の創業、聖徳太子の時代を共に生きてきた企業なのです。日本経済新聞社のBEソーシャルによると、実は、日本は金剛組だけでなく創業1,000年を超える企業がいくつも存在し、創業100年を超える百年企業の数は2万社を超えるそうです。

 世界でも群を抜いて長寿企業の多い日本。もちろん、その根底にあるのが20世紀に生まれた経営学や経営戦略であるわけがありません。百年企業に代表される老舗企業の根底にあるのは日本ならではの「商いの精神」です。

 近江商人の理念である「売り手良し、買い手良し、世間良し」の三方良しの精神。日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一が著書『論語と算盤』の中で述べています。

経済を発展させ、利益を独占するのではなく、国全体を豊かにする為に、富は全体で共有するものとして社会に還元する。(wikipedia「道徳経済合一説」より抜粋)

 経営学やマーケティング理論などが生まれるはるか前に、商いの精神である「商売とは儲けることが目的ではなく、商売を通じて社会をより豊かでより幸せなものにする」という考えが日本には存在していました。

 儲けとはあくまで結果であり、目的はよりよい社会(世間)の共創である。

 商いの究極的な目標は、共存共栄の社会です。「他社とどう差別化を図るのか?」ではなく「他社とどうつながるか?」を考える。ライバル社員との競争に勝つことを目指すのではなく、どのようなコラボレーションによって成果を出すのかを考える。そして、顧客は他社から奪うものではなく、相思相愛関係になった人と末永くつながるものなのです。

 こうした、日本が古来より培ってきた「商いの文化・商いの道・商いの精神」を世界のビジネスに注入したら、世間はもっと潤いを取り戻すのではないか。そう考えています。
 かつて「もったいない(MOTTAINAI)」という言葉の考え方が世界に輸出され、賞賛されたことがあります。これからは「商いの精神(AKINAI)」「おもてなし(OMOTENASHI)」などの言葉や考え方が、Japan Premiumブランドとして世界に輸出されることでしょう。

 勘違いしないでほしいのが「競争がイヤだから、みんなでwin-winになろうぜ!」的なゆとり発想と混同しないでほしいということ。商いが競争を否定しているわけではありません。企業の商品やサービスを磨き、老廃物を淘汰するために競争ほど適切な方法は無いでしょう。ただ、ビジネスと商いでは、目的ないし前提が異なるということです。

 ビジネスがあくまで勝負のために技術競う「格闘技」だとすると、商いは礼に始まり礼に終わる「武道」のようなものです。武道には、勝負に勝つことよりも大切なことがある。武道とは己の生き方を指し示す「道」であり、技術だけでなく、心技体、とりわけ心の鍛錬を重視します。日本の国技である大相撲の横綱が、強さだけでなく人格を重視するのは、相撲が格闘技ではなく武道だからでしょう。

 ビジネスを科学や数学でたとえるなら、商いは哲学であり道徳です。目的も歴史も手法も違います。そして、科学や数学よりも哲学や道徳が大事だというつもりでもありません。これからの経営やこれからの仕事人は「どっちか」ではなく、いずれも兼ね備えているべきだと言いたいのです。歴史をさかのぼって見てみると、政治や科学の礎になってきたのは「哲学や道徳」でした。

 日本の文化であり、遺伝子でもある商いの道・商いの精神がビジネスと融合することで、現代版の共存共栄の社会、21世紀型の三方良しビジネスが現実のものになると思うのです。

 微力ながらその一助になるよう、日本の「商い(AKINAI)」のすばらしさをここで発信していこうと思います。

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