8ヶ月になる息子に、英語教育でもしてみようか、とまったく気まぐれに思いつき、子供の頃に自分が読んでいた絵本を引っ張り出して、読みきかせをしてみたのだが、あまりにいい話で自分が涙が出てきてしまった。
きかんしゃトーマスのように、擬人化された汽車が登場する「The little engine that could」という絵本なのだが、ストーリーはだいたい以下のような感じ(かなり端折ってます)。
おもちゃを満載した汽車が疲れて途中で止まってしまう。山の向こうではおもちゃを待っている子供たちがいるから、おもちゃを運ばなければいけない。そこで、(おもちゃ達自身が)通りかかる汽車達に、僕たちの貨車を引いて山の向こうまで行ってもらえませんか?とお願いする。
しかし、1台目と2台目の巨大で立派な汽車はプライドが高く、「俺はおもちゃを引っ張るなんていうつまらねえ仕事はしねえ」というような理由で断る。3台目の老いぼれ汽車は「私のようなおいぼれにはとても無理です」と断る。
4台目の汽車は小さな汽車で、貨車を引っ張ったこと自体が無いのだが「できるかどうかわからないけど、やってみるよ」というスタンスで取り組む。"I think I can, I think I can"(きっとできる、という意味。シュッシュッポッポ的なリズムを想定しているんだと思う)と自分に言い聞かせながら、ついに山の向こうまで到達する。
まずは自分が、できるはずだ!という前提に立って物事に取り組まないことには、物事は決して成し遂げられないということを、実は私たちは小さい頃から何度も教え聞かされてきている。
…にも関わらず、「『できない』ではなく、『どうすればできるのか』という視点で考えよう」という「ポジティブ指向」に関するテーマは、社会人にとっても実に一般的だ。私も自分にはよく言い聞かせているし、皆さんもそうではないかと思う。
子供の頃から教えていてもいずれ忘れてしまうということは、人間にとって、ポジティブ指向であることが、それだけ難しいということなのか。あるいは、子供の頃には自然にできていたことが、失敗体験の積み重ねによって、大人になると次第にできなくなっていくということなのか。絵本一つにいろいろ考えさせられてしまった。
P.S. おもちゃ達の行動も、地味に示唆的である。汽車が疲れて止まったら泣いて悲しんだり、汽車の責任を追及したり、ふてくされたりするわけではなく、目標を達成するために、自分たちには何ができるかということを考えて、アクションを起こす。1回断られてもあきらめずに繰り返して最後には成功する。「人のせいや環境のせいにしないで、自分に何ができるか考える」というのも、これまたよく聞くテーマに沿って行動していると思う。

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