先週外国人の方と食事をしていたら、「そういえば今週の土曜日は、君たちにとって特別な日だったね。なんて呼ぶのか忘れたが、太陰暦の年の変わり目で....」というので、何のことを話しているのかと思ったら、節分のことだった。
「Devils, go away!と言って豆を投げるそうじゃないか。早速小さな木箱(枡のことだと思われる)と豆を買ってきたんだけど、私は今年61歳だから、61個豆を数えなければいけなくて、妻と苦労しながら数えて袋に分けたよ」と楽しそうにいう。我々日本人でも、事前に豆を数えて小分けにする手間は取らないと思うので、ずいぶん用意周到なのだが、我々日本人へのお世辞ではなく、純粋に心から、新鮮に目に映る異国の風習を楽しんでいるようだった。
「旧暦=太陰暦」とか「鬼=Devils」とか、自分たちがとらえているのとちょっと違う面白い捉え方をされると、普通のことが新鮮に見えて来るものだな、と思った。調べてみると、節分は正確には旧暦(太陰暦ベース)の大晦日にあたるらしいとか、「鬼」は中国では死霊のことを指し、「鬼籍に入る」という言い方はそこからきているとか、今までよく知らなかったことを知ることができた。
さらに、近所の神社にお参りして、「節分祭」なる豆撒きイベントに生まれて初めて参加して、鬼って実際なんなんだろうなーと考えながら、新鮮な気持ちで豆やらチョコレートやらをもらって帰ってきた。
我々が自然にやってる風習も、異文化の人と話すとコミュニケーションのきっかけになる、ということを以前、「縁起かついで、意味あるの?」というエントリに書いたのだが、積極的に異文化の風習を実践して、自分なりの言葉で説明してみることは、友好的な態度を示すことにもなるし、お互いにとって新鮮な発見につながるかもしれないということを再認識した。

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