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DEATH NOTEでは殺せない人:名前の話題(1)

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 僕の息子をDEATH NOTE(デスノート)で殺すことはできない。まだ名前がつけられていないからだ。もしも私が作中の人物だったら、愛称だけつけてこのまま名前をつけずにおくだろう。現実には、出生後14日以内に名前をつけないといけないらしいのだが、まだ最終候補から絞りきれていない(漢字一文字だけ決まっているのでその一文字で呼んでいる)。

 そんなわけで、非常に個人的な理由ながら、最近(人名に限らず)「名前」が気になっているので、何回か「名前」シリーズでエントリを書いていきたいと思う(今さらながら、最近DEATH NOTEを完読したので、そんなネタでスタートしてみました...読んでない方、失礼しました)。

 私は小学校1〜2年生まで米国人として育ったが、米国と日本では、「名前」のニュアンスが少し違ったように思う。

 日本人は、常に本名で、特に名字で、家をかけて真剣勝負しているが、米国では、よく相手を愛称(短い名前)で呼ぶし、本人も愛称で呼ばれることを好む。この愛称というのは、日本でいう「おぐちゃん」とか「おぐらっち」とかいう感じではなくて、もうちょっとちゃんとした位置づけのものだ。学校の先生なんかも愛称で呼ぶ。ビルゲイツ氏の本名はウィリアムゲイツで、愛称がビルなのはわかりにくい例だが、スコットがスコッティとか、マイケルがマイクとか、デイビッドがデイブとか。そんな感じだ。

 ただし、誰にでも愛称があるわけではなく、愛称=本名の人もいる(僕も幼かったのでこの辺がよくわかっていない。この辺は日本と同じような状況なのかも)。

 印象に残っているのは、叱られるときのことだ。米国人は、子供を叱る時も、重要度に応じて名前の呼び方を変える。ちょっと注意をするときには、愛称で呼ぶのだが、重大な間違いに対して叱る場合には、フルネーム+本名で呼ぶのだ。

(例)「ビル、玄関では靴の泥を良く落としなさい!」→(生返事で済む状況)
「ウィリアム・ゲイツ!!!ちょっとこっちにきなさい!」→(かなりやばい状況)

 米国人にとっては、本名で呼ばれるのは特別なことなのだ。今は私は日本人なので憶測に過ぎないが、米国人は、大人になってもフルネームで呼ばれるとちょっと襟を正すんではないかと思う。DEATH NOTEの様な、「本名を書かれると死ぬ」という設定の中の「フルネーム」の重みについても、日本人よりも自然に受け止められるかもしれない。

 ところで、冒頭の命題に関していうと、DEATH NOTEにおける、「その人の本名」とは何なのだろうか、と考えてしまった。「L」と書いてもLを殺せなさそうなところをみると、「みんながその人の名前だと思っている名前」ではなく、何かしら手続きを踏んだ「正式な名前」のことなんだと思うのだが。あるいは、「親が付けた名前」だろうか。まさか戸籍謄本上の名前でないと無効とか... そんな役所臭いDEATH NOTEも嫌だ。

Comment(8)

コメント

よたん@映画のデスノみて最近はテレビアニメを見ています。です。

早く素敵な名前がつくといいですね。
まだ、私はストーリーの前半しか知らないのですが、FBIのねーちゃんが偽名(ニックネーム?)では死ななくて、免許証に書かれた名前だと死んでしまうわけですので、やはり戸籍謄本等に登録されている名前が有効なのかと思います。

どうでもいいレス失礼。仕事します。ごめんなさいごめんなさい。

似たような現象を目撃しました。
母親が娘に「キミー」といって注意する時と「キンバリー」と叱責する時は、なんか、母親からみなぎってくる「怒」のオーラが違いますね(笑
よたんさんの件で連想してしまいました。元FBIのお姉さんが日本の免許証を見せましたが(日本国籍でFBI勤務って可能なのかしら?)、それがmaiden nameだったらどうなのでしょうね。婚姻届提出直後だと、まだID書換ができていない場合もありますし。もし死亡日時までに余裕がある場合、それまでに改名したら逃れられるのかしら。それとも記入時の氏名であればOKなの?なんて。:D
かやま@まだアニメしか見ていないのでネタバレは勘弁です

とおる

なんか、このDEATH NOTEって、日本人だから出来た発想のような気がします。マンガもビデオもまだみてませんけど。夢枕獏さんの「陰陽師」でも、よく名前を呼ばれただけで呪(しゅ)がかけられてしまうように。
 
日本や中国では、字(あざな)や忌み名があるように、本名はめったな事では使わなかった訳で。DEATH NOTEは中国でも人気があって、社会問題にもなったようですので、忌み名の影響はいまだに中国でもあるのでしょうかね。
 
あとは、ビデオ・ゲームっぽいよね。
 
とりとめもないコメントですみません。今日はオルタナティブ・ブログのコメント・ホッピングしています。私のような無能社員は、有能なスタッフたちが出社していないと、仕事にならん。こまった、こまった。

はじめまして。おじゃまします。

わたしもとおるさんが書かれているように対象を支配する名前、という思想(?)が元になっていると考えていました。最近では「千と千尋の神隠し」と共通するものだと思います。

ところで先日NHKで放送された英語でしゃべらナイトで司会のパックンが「日本では名前に意味がある、英語の名前には意味がない」とコメントしていました。漢字を使うからという理由ではありますが、この辺の感覚も関係があるのかもしれません。

コメントありがとうございます!
>よたんさん
一方で、リンド・L・テイラーのLって、ミドルネームの頭文字だと思うんですが、それでも死んじゃうんですよね。

>かやまさん
そうそうそれなんですよ。本名を呼ばれるとびしっとする感じです。
死にたくないから私と結婚してください!とか嫌ですね(笑)

>とおるさん、takafumiさん
なるほど...むしろ東洋的な考え方ではないかということですね。
しかし、本名とその人の本質を結びつけようと考えるのは、
人間自然な考え方っぽいので、特に東洋あるいは日本に限られた思想
では無い気もします。「(魔術/呪術的に)本名知られるとヤバい」
系の話は洋の東西を問わず存在するかもしれませんね。
具体的な例は ゲド戦記ぐらいしか思い出せないですが...
「名前を知られる」でGoogle検索したら、
それ系のページがたくさんヒットしました。

とおる

しつこいですが、性格なもので。。。。
Wikipedia の日本版で「名前」を探したら、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%89%8D
“名前”が重要な意味を示す作品ということで、
「ゲド戦記」「千と千尋の神隠し」「DEATH NOTE」が載ってました。うん、このブログのコメント欄のレベルは高いゾ。
 
ちなみに、Wikipedia の英語版で「name」でひいてみると、聖書などの記述でもあるように、出自を明らかにするという意味合いでは、逆に名前を呼ばれることが重要なのだそうです。また、名前が変わるということも状況が変化するということで、これも重要なのだそうです。
 
ですので、たとえばプロジェクトに名前を付けたりするのは、ある物(この場合プロジェクト)をアイデンティファイするために重要だという考え方が根底にあるように思います。

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の中のジュリエットのせりふは名前をたいへん肯定的に重要と捕らえている西洋人の感覚が伺えます。

'Tis but thy name that is my enemy;
Thou art thyself, though not a Montague.
What's Montague? it is nor hand, nor foot,
Nor arm, nor face, nor any other part
Belonging to a man. O, be some other name!
What's in a name? that which we call a rose
By any other word would smell as sweet;

長くなりました。ケルトの文化は聖書文化とはまた異なるので、調べたら私のブログにでも投稿します。

とおるさん、詳しいコメントありがとうございます!
それにしても、wikipediaに、かなり一般的な名詞まで載ってるということにびっくり。英語版の方が詳しいですね(関係ないけど、ある言語版のwikipediaには書いてあるが、ある言語版には書いてない情報というのもなんだかもったいないですね)。

キラ

>僕の息子をDEATH NOTE(デスノート)で殺すことはできない。まだ名前がつけられていないからだ。

細かいことを言うようですが・・・
死神の目さえあれば、実は殺せますけどね


原作ルールより

死神の目で見る事のできる人間の名前は、「その人間を殺すのに必要な名前」であり、
たとえ戸籍等に名前がなくとも、殺すのに必要な名前は見える。

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