50歳を目前にして、自分のやりたいことをやろうとプロの作家を目指す無茶な男のブログ。"ダメ人間"を自認する筆者が、いわゆる"成功哲学"に対して感じるところの違和感を書いていきます。成功を目指す人はこれと逆をやれば成功するはずだし、目指さない人は今の自分でいいんだと安心する、そんなブログを目指しています。

プロの酒飲み、ってどんなんだろう?

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1を聞いて、10を知り、100を語る男、嚢袋堂主人です。

 

プロの酒飲み、ってどんなんだろう?

なぎら健壱さんの『東京路地裏暮景色』(ちくま文庫)を読みながらふとそんなことを思った。

 

● プロの3条件からすると・・・

 

第1回目に、自分が思うプロの3条件というのを書いた。

1つは、その道の卓越した能力があること。

2つめは、それで食えていること。

3つめは、一家言あるということ。

プロの酒飲みとなると、2つめの条件のハードルがなかなか高い。

バカみたいに酒が飲める人や、どんな舌してるのという利き酒名人や、とにかくワインに詳しい人、なんかはたくさんいる。

しかし、飲み屋ではやはり金を払って飲むのだから、2つめを満たしているとは言いがたい。

というか、考えてみると1つめも3つめも提供側にこういう人が多い。

 

● 提供側は(あたりまえだけど)プロ

 

銀座7丁目のわいん厨房たるたるのオーナー伊藤さんは、当然ながらやたらめったらワインに詳しい。

たるたるはロマネコンティーとかそういうワインを出す店ではない。言えば出してくれるのかもしれないが、たぶん置いてない。こちらも金がないので頼まない。

その代わりにチリだとかオーストラリアとかそういう国の安くて美味いワインを出す。

この前は、カリフォルニアの赤ワインなんていうのを出してきたので驚いた。

「カリフォルニアに赤ワインなんてあったんですか?」

「ぼくも初めて飲みました」

もちろん、フランス、イタリア、ドイツ、スペインみんなある。

年(※)に5,000杯の試飲をするんだそうだ。お猪口みたいな小さな容器を使うらしい。

いま、我が家の小さめのお猪口に普通に入れるとどれだけ入るのか計ってみた。ぴったり50ccだった。

5,000杯となると250,000cc。つまり250リットル!。ビールの大瓶1本(633cc)を1年間毎日飲むと231リットルだから、だいたいそんなもん。

これは試飲、つまりお仕事で飲むぶん。当然これ以外にもたくさん飲んでいるはず。

いや、もっと先に驚くべきことがあるだろう。同じ種類のワインも試飲しているかもしれないが、少なくとも何千種類ものワインが世界にあるということだ。

提供側には、まちがいなくプロはいる(あたりまえだ)。

※年じゃなくて月だったかもしれない。こちらも酔っ払っているので記憶があいまい。すみません。

 

● プロがいるとしたら

 

提供される側にプロがいるとしたら、たぶん酒あるいは飲み屋の雑誌に寄稿したり、本を出している人だろう。

グルメ評論家の酒版だ。

僕は、酒嚢飯袋の嚢袋堂と自称するだけあって、酒を欠かす日はほとんどない。休肝日は年に3日あるかないかだ。

それでもASTもALTもγ-GTPも正常値だ。肝臓も鍛えれば強くなる。ただ、脳には来ている気がする・・・。

そんな僕でもこの商売はちときつい、と思う。

グルメ評論家はたいがい糖尿病になる。痛風の人もいる。相撲取りのように過酷なのだ!

酒評論家もまちがいなく肝臓にくるか、アル中になるか、末路はかなり深刻だ。

しつこい保険屋も、職業欄に「酒評論家」と書いてあったら、「すみません、用事を思い出しました」とそそくさと立ち去り、二度と出直してはこないだろう。

この世にこれほど過酷な仕事があろうか?

 

● エッセイがある

 

もう一つ手はある

作家になって、酒や居酒屋を題材としたエッセイを書くことだ。

なぎらさんも本業はミュージシャンだが、作家といってもいいほどの書き手だ。というか、最近CD出してるのか?

なぎらさんのやり方は、かなり賢明だ。

毎日毎日仕事として飲み屋をはしごしなくても、気が向いたときに気に入った飲み屋で飲み、それをつらつらと書けばいい。

これだよ、これ。僕が目指すのは。

酒代も取材費という名目で出してもらって・・・。

いや、いまどきそんな裕福な出版社はどこにもないだろう(※)なあ。

まあ、これは僕の定義からすればプロの酒飲みではない。が、酒を飲んでお金をもらえる方法としては最高のように思う。

※何かの拍子で編集者と飲みに行くとだいたい出してくれる。コーヒーなんかは当然出してくれる。たぶん、取材費だと稟議書を書かないといけないが、交際費は事務に領収証を渡せばいいからだろう。ただし、アイティメディアは取材費は出るらしい(取材に行ったことがないので真偽のほどはわからない)が、交際費で接待してもらったことはない。

 

● HPリニューアルしました

 

妄想がメインになった。最後は若干近況報告(なんか連載ぽくっていいな)。

好きなことをして生きていこうとしているのに・・・――「最後の仕事」という記事に、企業向けビジネスストーリーをアートにするなどということを書いた。これで、とりあえずは食べていこうという作戦だ。

アート面に関していうと、ある女流画家(プロである)に「本を書いたら挿絵をお願いするかもしれないからよろしくね」と言ったら、快く諒承してくれた。

ただ、どういうものを書くのかは告げていない。また、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、安いけどねとも言っておいた。我ながらソツのないところだ。

もう準備万端といっても差し支えないレベルだと思うが、問題は営業所がないということだ。

これでは、注文したくても注文できない。というよりも存在すら認知されない。

今どきの営業所といえば、HPである。

僕もIT技術者の端くれ。これでも1990年頃は日本で100人ぐらいしかTCP/IPなんて言葉を知らなかったが、そのうちの一人で、富士通の汎用機にTCP/IPを実装するプロジェクトにも3年いた。トップランナーだった時代もあったのだ(※)。

当然ネットにも詳しい。HPぐらい自分で作れる。問題は美術的スキルに欠けるところだ。つまり、ダサいHPしか作れない。

まあ、プロに頼むにしても、これをかっこよくしてね!と頼むほうが楽だし安上がりだ。

とりあえずはこんなもんで、稼ぎ出したら、プロに頼むとしよう。

http://www.s-morikawa.jp/

※こんな自慢めいたことを書くのは、最近某ブログのオフ会に行くと、どうも僕をただの酒飲みだと思っている人が多いような気がするからだ。中には、僕がITに弱いと勘違いした話し方をする輩までいる始末だ。自慢は嫌いだが、あえて注意を喚起しておく。

 

● 春風のように人に接するようにしたらいきなり・・・

 

ときどきとんでもない駄作も出すが、同じ数だけ素晴らしい本も出している齋藤孝さんの『最強の人生指南書』という素晴らしい本を読んだ(あれだけ本を出していて、全部秀作なら友達がいなくなる)。

幕末の儒学者佐藤一斎の「言志四録」という本を解説した本だ。

その中に「春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを粛(つつし)む」という言葉を見つけた。

さっそく揮毫(って大作家かよ、誰にも頼まれてないし)してみた。葉書に筆ペンでだが・・・。

2011120502.jpg

書いて唱えたら、不思議と和やかな気分になり、つい昨日までの僕だったらどなりちらすような店員に対しても笑顔でありがとうなどと言っている自分を発見した。

怒っているより、和やかな気分のほうが気持ちいい。

後半の秋霜云々のほうは、まだまだそんな気分にはなれないのだが、少なくとも人当たりはばっちり良くなったような気がする。

そうしたら、天は見ているのだろうか。

さっそく、過去に雑誌に寄稿した連載記事を一つにまとめて電子書籍化したいというメールが日経BPから来た。

印税はなしで監修料という名目でわずかな謝礼をもらえるだけだが、自分の本がiPadやスマホで読まれるのは、ちょっとうれしいかもしれない。

ここから出るらしい。

▼ITPro電子ブック
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/MAG/20110527/360766/

 

☆☆☆ 

 

最後は、スピリチュアルとしか思えない話になったが、すがれるものにはなんでもすがる、という心意気と解釈して欲しい。

「ムー」に投稿(寄稿じゃなくて)しようかな・・・。

 

▼ITPro電子ブック
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/MAG/20110527/360766/

しっかし、「芦屋広太のプロマネ歌留多」というのはサイコーだなあ。

「あいてにいわせるこみっとめんと!」

「ただしくわかりやすいしりょう!」

「さいしょにじゅうぶんきゃくさきをしる!」

Kooooo! これを、正月から出勤しているSEたちが、会社の会議室でやっていたら、実にシュール。

想像してごらん

会議室のしろい壁

IT企業と病院は清潔さが大切なんだ

正月の出勤だから課長も若手も

みんな気の抜けた私服で歌留多に夢中

いつの間にか目も血走って

トラブルを告げる電話なんかそっちのけさ

惜しむらくは、五七五に統一してほしかったなあ。というか、いつどこでやるんだよ、これ?

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