50歳を目前にして、自分のやりたいことをやろうとプロの作家を目指す無茶な男のブログ。"ダメ人間"を自認する筆者が、いわゆる"成功哲学"に対して感じるところの違和感を書いていきます。成功を目指す人はこれと逆をやれば成功するはずだし、目指さない人は今の自分でいいんだと安心する、そんなブログを目指しています。

僕は本当に速筆なのか?

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おかげさまで、このブログを始めてから、気合いも新たに書いている。本当にありがとうございます。

とはいうものの、書いている時間は1日3~4時間ぐらいだ(ブログやメルマガはのぞく)。

そのぐらいしか集中できない。また、他にも仕事があるし、家事なんかもある。

これをもって卓越した速筆だなどと言いつのってよいものか?コンスタントに量産してこそ、そう言えるのではないか?

検証してみた。

●昔の作家は

小説家の話になるが、昔はものすごい速筆の作家が何人かいた。

いまより文芸誌がたくさんあり、売れている作家は、何誌にも書いていた。そんな時代だ。

僕の知る限りでは、梶山季之(としゆき)と川上宗薫(そうくん)はすごかったらしい。梶山は忘れられていると思われるし、川上は記憶の片隅ぐらいになっているだろうが、1970年代の超人気作家である。

400字詰め原稿用紙換算で、梶山が1200枚、川上が1500枚だったと記憶している。うろ覚えだが、大きく違ってはいないだろう。

当時はワープロなどなく、万年筆かボールペンで書いていたと思われるので、これはものすごいことだ。

二人とも新幹線でも飛行機でもホテルでも、書きまくっていたと聞く。

川上で計算すると、毎日書いていたとして、1日50枚。

50枚というのは、僕の卒論の枚数と同じ。卒論執筆当時は気が狂いそうになる量だった(それでも我が卒業学部は少ないと聞く)。

僕は、中学生のとき、大学を卒業するためには卒業論文というものを書かないといけないと教師に教わった(必要ない学部も多いのは大学に入ってから知った)。

だいたい原稿用紙50枚から100枚書かなければいけないと聞き、大学にも入っていないのに、卒論恐怖症になってしまった(ウソではありません)。

川上宗薫は、僕が恐怖症になった量を毎日書いていたことになる。

●50枚なんて

ところが、執筆を生業(なりわい)にしてみて(まだなっていないが、なったことにするのがセルフイメージの向上には大切なのだ)、実は50枚なんて恐れるに足らずということを知った。

この自信は、本を1冊書いたことで培われた。最初の本は、けっこう分厚くて、字も多く、たしか780枚ほど書いたと思う。

最後の2週間でその半分ぐらい書いた。

人間切羽詰まればなんでもできるものなのだ。

速筆になったのは、それ以来です。

しかし、年齢による衰えというのもあるかもしれない。

●検証してみる

実は、先ほど某企業の製品PR用の小冊子(ビジネスストーリーである)を書き終えたところである。

正直、なんだか書くのが遅くなったような気がしている。これで検証してみよう。ドキドキする。

僕は、テキストエディタを使って執筆する。1行半角80文字で固定している。全角jなら当然40文字。ということは、10行で原稿用紙1枚ということだ。

トータルすると、1080行ある。つまり、原稿用紙108枚分。

これは、ブログやメルマガと違って、やたらな空行を入れていない。小説と同じようなレイアウトである。

原稿用紙100枚がどれぐらいの量かというと、オール読物新人賞の規定枚数、つまり短編1本分。「池袋ウェストゲートパーク」(石田衣良)がこの賞の受賞作なので、ちょっと長めの短編だ。

これを3回の推敲を入れて、約12時間で書いた。1日4時間だとして3日分だ。つまり僕の月産は約1000枚。

PCを使って書いている分を割り引かなければいけないかもしれないが、往年の売れっ子作家並みの生産量である。

しかし、これだけだと単なる自慢だな。

多少人の役に立つようなまとめをしておくことにする。

いま遅筆だと思っているあなた。私も昔はそうでしたが、1冊本を書いたら、いつのまにか速筆になっていました。人間なにがきっかけで変わるかわからないので、自分の能力の限界を決めつけないことです。

 

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