50歳を目前にして、自分のやりたいことをやろうとプロの作家を目指す無茶な男のブログ。"ダメ人間"を自認する筆者が、いわゆる"成功哲学"に対して感じるところの違和感を書いていきます。成功を目指す人はこれと逆をやれば成功するはずだし、目指さない人は今の自分でいいんだと安心する、そんなブログを目指しています。

好きなことをして生きていこうとしているのに・・・――「最後の仕事」

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過去の記事を読み直して感慨深かったことは、好きなことをして生きていこうとしているはずだったのに、いつの間にかできることを探しているということである。

我ながら、性(さが)だと思う。染みついている。

しかし、こういうことはやっぱり戦略的にやるのは、カッコ悪いことなのだ。

 

●「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」

 

人が無茶だと思うことをスマートにやってみせることは、実はカッコ悪い。

このことはすでに1969年に早川義男が喝破している。曰く、「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」。ジャックス解散後すぐに出たアルバムのタイトルである。

とにかく、前回までの3つの記事は、我ながらカッコ悪いと、反省ではなく自己批判しています。

 

●「最後の仕事」

 

自己批判はここまでにして、なんでこんなブログを始めたか、その動機を少し語りたい。

水野俊哉さんの『幸福の商社、不幸のデパート』を読んだのがきっかけだった。

彼は、ITバブルの頃にIPO一歩手前までいったのに、仲間の裏切りをきっかけに挫折し、3億円の個人負債を抱えて、恋人も含むすべてを失った。

水野さんには何度かお会いしたことがある。拙著を「SPA!」に紹介してくださった恩人でもある。

とはいえ深いつきあいがあったわけではなく、このところ仙人みたいな浮き世離れした感じになっていたので、こんな過去があるとは知らなかった。だから、その復活劇には少なからず興味があった。

つまり興味本位で買ったのだが、何で人生が変わるか分からない。

村上龍の『13歳のハローワーク』からの引用があった。孫引きであるが、掲載させていただく。

「作家への道」は作家の数だけバラエティがあるが、作家から政治家になった人がわずかにいるだけで、その逆はほとんどない。つまり作家から医師や教師になる人はほとんどいない。それは、作家が「一度なったらやめられないおいしい仕事」だからではなく、ほかに転身できない「最後の仕事」だからだ。服役囚でも、入院患者でも、死刑囚でも、亡命者でも、犯罪者でも、引きこもりでも、ホームレスでもできる仕事は作家しかない。

 

●失敗したコンサルタントでもやれる

 

僕の自己認識は、「失敗したコンサルタント」である。

コンサルティングだけなら今でもできる。方法論もフレームワークもある。

今でもある程度お役に立てているクライアントもいる。

ただ、この数年コンサルタントをやってみて分かったことがいくつかあり、それは僕が職業的コンサルタント向いていないということを指し示していた。

具体的に列挙してみたのだが、誤解を招きそうな項目が多いため削除した。

失敗したとはいえ、いまさらサラリーマンにも戻れない。なりたくても、年齢的な問題で雇ってくれるところはないだろう。かといって、バイト生活では起死回生は難しい。

ところが失敗したコンサルタントでもやれる「最後の仕事」があると、村上龍は言うのである。

1回目に「背水の陣」と書いたが、それは「最後の仕事」に取り組もうと思ったからだ。

 

●とりあえず目指す方向を

 

「最後の仕事」に「背水の陣」で臨むのなら、がむしゃらにやるのが似合っているはずだ。

がむしゃらにやるには方向が必要だ。

実はもう決めていたのだが、今回はそれを発表する。

僕が目指しているのは、あこがれの印税生活ではなく、実はライター稼業だ。ただ、村上龍の言葉――「最後の仕事」――があるので「作家」という呼称にこだわっている。

ライター稼業といっても注文元は出版社だけとは限らない。実は、企業向けにもやりたいと思っている。

企業向けのライター稼業というと、広告とか社史とか創業者の伝記とか、そのようなものを思い浮かべると思う。で、実はそういうものも書くのだが、視点というかウリが少し違う。

僕が企業(出版社にもだが)に売りたいのは、クオリティーの高いビジネスストーリーであり、それがたまたま広告だったり、社史だったり、創業者の伝記だったりするだけなのだ。

そうであれば、製品開発物語でもいいし、プロジェクト物語でもいい。

そんなの書く人たくさんいるんじゃないのと思うかも知れない。実際にいる。ただ、ミソはクオリティーの高さであって、芸術的にすぐれているその手の小冊子を私は見たことがない。

僕は企業のパンフレット(小冊子)をアートにしたいと考えている。

 

●アートならやれる

 

企業のパンフレットをアートにする――これは今言語化できたばかりなのだが、すばらしい思いつきだ!

将来的には、装丁やイラストや印刷のプロとコラボして、従来のものとは全くクオリティの違う小冊子を提供できるようにしていきたい。

ビジネスがやりたいわけではなく、アートがやりたいと思っている。

僕は、ビジネスにはがむしゃらに取り組めないが、アートならがむしゃらにやれそうな人間だという気がする。

一昨日より、某社の製品紹介のためのビジネスストーリーを書き始めたが、なんでこんなに詳細の描写にこだわるの?と自分でも思っていた。それは、アートだったからだ。

※野中郁次郎一橋大学名誉教授は、すぐれた経営はアートだと言っている。そういう意味でビジネスだと言われる分には僕も満足だ。

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