今日も触発シリーズで・・・
川上さんの「あなたの仕事を小学生に説明できますか?」に触発されました。
たまたま一昨日、6歳の長女が、とある算数の文章問題を解いていました。その問題には計算問題の式だけではなく、その考え方について解答する欄も。開口一番長女は「なんて書けばいい?」と聞いてきたのです。
すると親は「自分がどう考えたかを書くんだよ。もし、このことを人に説明するとしたら何と書く?」と言ったのです。本人は数秒考えてからすらすらと書き始めました。本人がちゃんと理解していたから、書くことができたのでしょう。
さて、ここでちょっと飛躍を・・・
説明責任、という言葉があります。私たちは利害の関係者、あるいは利益の共有者に対する説明責任を求められる場合があります。この言葉はとても重いですね。その重さの背景には「説明するからにはそのことを十分理解している」ということが求められます。当たり前と思われるかもしれませんが、これは実は簡単なことではありません。覚えた知識を披露するだけではなく、結果に対するその動機やHowなどを当事者意識をもって臨む必要があるからです。責任ある立場の人が他人ごとのように相手に説明していたとしたら、その内容を信頼できないばかりか、その人や組織まで不振に思ってしまうことだってあるでしょう。
説明責任をきちんと果たせる人やチームや組織は、その洞察に敬意が払われるだけでなく、信頼という貴重な果実を得ることができるでしょう。この信頼関係は、他者との関係を継続的に築くためにとても大切なのです。
だからこそ、私たちは様々な方に自身の仕事や事業のこと、あるいは必要に応じて個人的なこともご説明して納得いただくように努めていかなければなりません。これを完璧にこなすのは、それはもう簡単ではありませんが、日々そこに向かってまい進していきたいなと、強く思ったのでした。
*もうちょっと別のことを書こうとしたのですけど、今日はここまで。See You Next Time!
トラパパさんの
気分がのらなくても、ブルーなことがあって嫌気がさしていても、体調がすごい悪くても、それでも「自分の仕事」なのであれば、どうにかして職務をまっとうするべき。
に触発されました。
勝手に尊敬しているドラマーの一人に「村上ポンタ秀一」という方がいます。サンジオ(イタリア風に言う40歳以上の男性のこと)のロックファンの間では、「ポンタ」と親しまれている、日本を代表する超有名ドラマーの一人です。
この方のエピソード。
あるとき40度を超える熱を出してしまったと。意識はもうろうとしていて、いつ倒れてもおかしくない状態。しかし、その日はどうしても演奏をしなければならない仕事があり、やむを得ず演奏に参加したそうです。体調が悪いにも関わらず、ポンタ氏の演奏は完ぺきだったと。そこで得た評判は「さすが、プロ中のプロ」。
プロ中のプロとは、簡単には代替がきかないものです。その人にしかできないからその人にお願いする。だからこそ結果が素晴らしいものになる。期待値もさらに上がる、という具合です。
一方でプロフェッショナルとは、どんな時でも、ある一定の期待にこたえていく。だからこそ、プレッシャーもあるでしょうし、その分(たぶん。一般論として)報酬もそれなりに。
つまり、「私はプロです」「プロになりたい」という方々は、妥協なく、仕事を完遂する。そういう意識の高い人たちのことをいうのだと、改めて理解しました。
*でも、身体はすべての資本だから、大事にしましょう。
縁あって、大阪に久しぶりに行ってまいりました。
場所は、京橋の「大阪ビジネスパーク」。このあたりはなじみの方も多いらしく、相変わらずFacebookで「大阪ビジネスパークなう」などとやると、「なつかしー」とか、「そこで昔オーディションを受けました」とか、様々な思い出話の反応があったりします。
大阪市は今、東京スカイツリーと同じくらい熱いですよね。橋下市長の元、様々な改革に乗り出しています。そう、大阪はイノベーションの街なのです。このイノベーションを推進するには、リーダーシップ、戦略コミュニケーションなど、とても高度な能力が欠かせないと言ってもいいでしょう。市長自身の評判は様々と伺いましたが、改革を進めることによって、きっと大阪はもっと良くなる、と信じている方が多いように見受けました。
ところで、イノベーションを進めるには、多くの信頼関係を醸成しなければなりません。そのためには、リーダーが率いる人たちとの誠実なコミュニケーションも欠かせないと言っていいでしょう。英語でこれを「Integrity」と言います。目的の達成を逸るがあまり、Integrityに欠けたコミュニケーションをしてしまった場合、後々に大きな揺り戻しがくるのは、昨今の各所での不祥事やソーシャルメディア上での炎上事件などを見れば明らかでしょう。
Integrityは手法ではありません。ポリシーであり、「魂」そのものだといえます。物事に行き詰った時に、あるいは、多くの論争に巻き込まれてくじけそうになった時に、自身の使命を成し遂げるならば、どのようにコミュニケーションを行うべきか。Integrityに反していないだろうか、と自問自答してみるといいでしょう。物事にはシロ、クロ、そしてグレイと言われる、視点によってシロかクロかの判断が分かれる場合があります。その迷いが生じたときに、このIntegrityが必ず良い判断をしてくれるはずです。
・・・などということを、以下の風景を眺めながら考えてしまいました
昨日は天気も良く、素晴らしい眺めでした。
大阪城です。ビルの38階からだと、こんな風に見えるんですね。
ITシステムの一番大きな課題は、変化対応のスピード、それを実現する標準化を、コスト削減しながら進めることができないというものにある。
オラクルという会社は、サンマイクロシステムズを買収するずっと以前から、ハードウェアとソフトウェアの融合について討議、開発を進めてきた。その第一弾が「Exadata」だった。これを、オラクルは「ハードとソフトを共に開発して活かす」思想で生まれた「エンジニアド・システムズ」と名付けた。
オラクルでは、データベースマシンとして、データウェアハウスやOLTP、バッチ処理のパフォーマンス向上に適したExadataの他に、高速クラウドマシン「Exalogic」や、超高性能汎用マシン「SuperCluster」、最近では高速分析マシン「Exalytics」を立て続けに発表してきた。これまでに多くの事例も公開しており、B2BのIT市場に新風を巻き起こしたと言ってもいいだろう。
極端だが、経営環境の変化が激しいと、システムの導入に手間をかけすぎた場合、完成したころにはまた変化が起きていて、永遠に時代遅れのシステムを使い続けることになる。それを避けるためには、すばやい導入と展開が不可欠。共通基盤として使える仕組みについては、システム会社が都度構成、構築をするのではなく、予め完成品として提供する方が効率がいいはずだ。
自動車に例えれば、ドアやエンジンをバラバラに買ってきて自宅で組み立てる人はごくごく稀で(絶対にいないとは言いません。たまーに聞きます。)、ほとんどの人が完成車を購入するのに似ている。なぜか?自動車に期待する基本は、「キーを回せばエンジンがかかり、確実に走り、曲がり、止まることができる移動のための製品」だからである。ITシステムの近未来は、マニアのためのバラバラの技術ではなく、ごく普遍的な期待に応えるための製品になろうとしているのだ。
オラクルだけが、エンジニアドシステムズに取り組み、いわば孤軍奮闘をしているのではなく、どうやらこのニーズを満たす多くの製品事業会社(具体的にどこかはあえて申し上げません。)が満を持して出没してきたことが、帰納的ではあるが、その隆盛を証明しているのではないか。
ユーザは、このアプローチを採用することで、従来手法よりも多くのメリットを得ることができるだろう。スピードだけではなく、3.11以降私たちが直面してきた安全、耐障害、節電などの需要にも大いにメリットがある。
エンジニアドシステムズ市場は、製品ライフサイクルでいえば、「成長期」に差し掛かっている。成長期とはすなわち、導入期に先行したベンダーの成功を受けて、二番手、三番手、四番手と、数多の企業がその市場に参入する、「群雄割拠期」。ここで、さらに多くの、真のニーズを、競争して拡大させながら、大規模にIT市場のイノベーションを起こしていく。そういう新たなパラダイムシフトの時代がやってきたのだ。
*個人的意見です。言っとかないと。
*日経コンピュータ5月24日号の編集長インタビューは必読。
お約束の(?)金環日蝕のビデオです。やはり、ちゃんと準備して三脚を使った方がいいと猛省。前半の映像は3倍速ですので、動きが少しはやいです。また、音声はキュルキュル言っていて少々耳触りかもしれません。記念の投稿ということでご容赦ください。
On a sunny day without the Sun...
I 've just uploaded an annular solar eclipse happened on May 21th, 2012. This is a view from Fujimi City, Saitama Prefecture, 7:30am. Enjoy!
ご覧になりましたか?金環日蝕。
直前まで静観していましたが、急きょ記録をすることにしました。太陽観察用フィルターを使って、ビデオカメラで撮影です。映像は、手持ちだったのでなかなか固定できず辛かったですが、記録としてはまずまず。YouTubeアップロード完了次第共有させていただきます。
永井さんの「なぜ私は飲み会に行かないか」に触発されました。
実は何を隠そう、私もこの数年、「自分が不必要だと思った会には行かない」のを一応原則としています。この「不必要」というのはつまり、自分にとってというよりも、相手にとって、という意味合いが強いかもしれません。で、その行かなかった時間を使って、他のことをしています。時間って、やっぱりお互いに大事ですからね。
とはいえ、頻度でいえば平均よりは多いのかもしれません。(週3回~4回程度)
ただし、最近特に気をつけているのは、一回当たりをなるべく短く、そして、可能な限り一次会で切り上げるというものです。
もちろん、身体がもたないという年寄りな事情もありますが、二次会以降は、大抵それほどの実りもなく、仮にあったとしても翌日は断片的にしか記憶をしていないという残念な状況に陥るからです。
ですので、これは個人的な方針にすぎませんが、飲み会は「ショート&スイート」つまり、短くて素晴らしい時間にすることを目指すのです。
凝縮された素敵な時間を作る。これによって単位時間当たりのROI(投資対利益)は格段に上がるでしょう。
そんなに理詰めで考えなかったとしても、お酒もそんなに飲みませんし、二日酔いになりませんし、翌日ちゃんとその素敵な時間を思い出せますし、何よりも、お互いを犠牲にすることなく、後日会った人たちとはまた素敵な人間関係ができているという重要な効果を期待できます。
だから、飲み会は、参加するなら「ショート&スイート」。これに決まり。(キリッ)
先々号の宣伝会議に寄せた文章です。本誌掲載時には文章が(上手に)直っているので、そっくりそのままではありませんが、大意は同じ、ということで、せっかくの内容でもありますし、私自身の備忘録という意味も兼ねて、こちらにも掲載をいたします。
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はじめに
ソーシャルメディアへ積極的に参加する人々のなかには、それらを上手に使いこなして自身の価値を高めている人と、そうではない人がいる。その違いとは何か。BtoBのIT企業広報の視点から述べてみたい。
憲法の定める言論の自由は、とても乱暴な言い方をすれば、いつどこでどのように誰に情報発信をしても良いと解釈できる。しかし大切なのは、情報発信やコミュニケーションの価値は、常に「受け手が決める」ということだ。言論は自由だが、発した情報が相手に好意的に受け止められることを保証するものではないのだ。
ソーシャルメディアとの付き合い方
ソーシャルメディアは、社会に参加するための媒体そのもの。社会に参加するのだから、公序良俗に則ったコミュニケーションが基本となる。
また、社会人は目的があってコミュニケーションする。つまり、社会人は目的のないコミュニケーションはしないものだ、と考えよう。ソーシャルメディアを活用して、なるべく周囲の人に良い印象を持ってもらいたいならば、どのようにふるまうべきかを知ろう。もしあなたが就職活動中、または内定を経て就職準備をしているなら、気になる企業のガイドラインをチェックしてみよう。一部の企業ではWebサイトで公開もしている。
日本オラクルのソーシャルメディアガイドラインは極めてシンプルで明快だ。
1)倫理規定を遵守すること
社会一般通念上の倫理のほかに、世間と継続的な信頼関係を築くために、社会人としての倫理に反しないかどうかを問うものである。また、法令を順守するようにも定めてある。2)機密情報の開示をしない
社員向けに限定的に共有された情報を、上司や広報・法務などしかるべき部門の承認を経ずに公開してはいけないと定めている。未発表製品や顧客情報などはこれに該当する。3)好ましくない、または挑発的なコメントをしない
当然だが、感情的になって誰かと喧嘩などしてはいけない、というものである。炎上を自ら仕掛けるような行為は許されないということでもある。4)会社を代表した発言をしない
会社を代表したかのように振る舞い、個人が法人を代表してコメントをしてはならないというもの。実はこれを混同してしまう人が多いので要注意。個人の意見と、機関決定・承認された法人の公式情報は整理するべきである。5)匿名書き込みをしない
実名で書きこめば、個々は発言に配慮をするだろうし、また、真剣に情報発信やコミュニケーションの目的を都度考えてくれるはずだ。また、実名で対話することによって、人々との絆が深まることを期待してのことでもある。6)著作権の尊重をする
法令を順守し、他者の権利を尊重しようということだが、ソーシャルメディアでは簡単に情報の共有が可能なことから、無意識に他者の著作権を侵害してしまうことがある。その注意喚起をしている。
もし情報発信時に迷ったらこれらに当てはめて検討してみるといいだろう。
価値観の違いを意識する
さて、冒頭に「コミュニケーションは受け手が決める」と書いたが、社会通念上、相手がどのような印象を持つか、というのを意識することは重要である。もしも貴方の仕事が広報関係ならば、必須の能力と言っていいだろう。
たとえば、仲間とワイワイやっている写真をソーシャルメディア上に載せたとしよう。その写真にはあなたが傍若無人にふるまう姿が写りこんでいる。それをたまたま企業人が見たときにどう思うかはよく考えた方がいいだろう。
つまり、価値観が異なる人とコミュニケーションをするのがソーシャルメディア。あなたがいいと思っていても、他の人はそう思わないかもしれないのだ。
Facebookを例に言えば、個々の発言を投稿写真が時系列で見ることのできる「タイムライン」(2012年4月より)の表示はときどき確認しておいた方がいい。自覚をもって、公の場ではしないであろう発言や写真の投稿はするべきではない。
提供する情報や発言自体が各個人の信念や信条に基づいている場合はこの限りではないが、関係する友人や、家族への配慮は必要だ。たとえば自分が格好良く撮られた写真の横で友人が変な姿で写りこんでいた場合には投稿を控えるべきだ。
ソーシャルメディアへの健全な参加は望ましいと考える。しかし、やらなければよかったと後悔の可能性がある行為は謹んだ方がいい。一方、親しい仲間だけで非公開のグループを作れば、等しい価値観のコミュニティの中で自由闊達に情報交換ができる。目的に応じて使い分けるといいだろう。
一貫性は信用を高める
最後に、一貫性はその人の印象を強くするということを覚えておこう。例えば、あなたの信条が「世の中のためになりたい」だとしよう。ソーシャルメディア上で、ボランティア活動やアルバイトの話、両親に買ったプレゼントを話題にするのはいいだろう。活動と発信する情報と信条が繋がっている限り、あなた自身のメッセージは強力になる。ソーシャルメディアを通じた自らの情報発信に一貫性を保ち、矛盾を起こさないことでさらに信用は高まるはずだ。
今月はじめに出向いたニューヨークでの夜のミーティング(つまり食事)席上で、中国の仲間が英語の名前を持っていることに興味を持ち、羨ましがって話題にしていたら、アメリカと、イギリスと、オーストラリアの仲間が「だったらTakeoのも考えてあげよう!」と私に急きょ英語名をつけてくれた。
「Takeoは、そうだなぁ。さしづめTonyってとこだね。なんか、いい感じ。」
「そうね、Tonyはいいわね。」
えっ?そんな簡単に決めちゃっていいの?審議とか、承認とか、登録とか、そういうのは?それから、代替候補とかは?
なので、ちょっと提案してみた。
「Thomasは?Tから始まるし。。。」
「うーん、トーマスって感じではないわね。あなたはトニーね。」
えっ?本人の提案も瞬殺?
念のため聞いてみた。
「えと、なんでTonyはどうして?」
「そうね、なかなかいい感じだからよ。音の響きが明るいし、ノリもいいでしょ?」
欧米豪州って、こんなに感覚的だったっけ?
ということで、ラム肉のステーキをつつきながら決まった私の英語名はトニー。
でも、ちょっとだけ最後の抵抗を。
「スペルはさ、Toniでいいかな。Tonicのトニーだと元気って意味だし、イタリアっぽいでしょ?」
「ふーん」(軽くスルーされながら)
「トニーに乾杯!!!」
・・・ということで、英語名はToni(トニー)で行きたいと思います。念のためヤフーでググったら、Toniは主に女性の名前に用いられるとか。でも有名なイタリアのサッカー選手(男)もいるので、よしとしましょう。
ちなみに、イギリスでは、子供に名前を付けるときにルールがあるかを聞いてみたら、「そんなものは一切ない。そして、名前が意味を持つこともあまりなく、呼びやすさやかわいらしさ、音の響き等で名付けることも多い。」そうです。
ちなみにクリスチャンのご家庭では、ジョナサン(ヨハネの息子)、マイケル(ミカエル)、など、聖書から引用されるケースも多々。
今日はかなり柔らかいネタでした。
See you next time!
*ちなみに今回のエピソード、冒頭では「TakeoにEnglish Nameをつけよう!」だったのが、私の一存でItalian Nameになってしまったのは隠された矛盾。
「日本人は、なぜ質問をしないの?」
京都でアメリカ人のジェニファー(仮名)と食事をしていたときに、詰め寄られました。
「ふむ、いい質問だね。」
と、私は“グローバルな人材”を装って西洋風にまずはひとこと。
そして、ほとばしるように出た言葉は次のようなものだった。
「いいかいジェニー、日本人ってのはね、誇り高き民族なんだ。そして何より、和を重んじる。昔から日本のことを“和”って呼ぶくらいだからね。」
さぁ、きたよ、たまちゃん節。
続けます。
「日本人はね、自分が馬鹿であると思われたくないんだ。そして、他の人と同じでいたい。他の人と同じようにっていうのは、平均か、それよりちょっと上くらいがちょうどいいと感じるんだ。つまりね、誰もが質問する前に率先して馬鹿みたいな質問をして、その場がしらけてそのあとに誰も質問する人がいなかったとしたら・・・」
「ハラキリ?」
「そうだよジェニー。するどいね。目の付けどころがシャープだね。まぁ、本当に切腹したらちょっとその場は騒然とするし周りも困っちゃうからそこまではしないにしても、心の中は“介錯お願いします!”ってな感じになるだろうね。」
ここまで一気にしゃべって、私は目の前にあったお水を一口飲んだ。
「つまりね、日本人が大勢の前で質問をしないのは、自分の質問がその場の知的レベルにふさわしいか、質問することで自分は恥ずかしい思いをしないかどうかを一生懸命考えているんだ。そうして、考えているうちに終わっちゃう。」
ジェニファーはその青い目をキラキラと輝かせながら私に詰め寄ってきた。
「じゃぁ、本当はわからないことがあるときはどうするわけ?」
私は心の中で(ぐぅ)と言いそうになったが、負けていられない。
「日本人はね、わかったふりをするんだよ。わかっていなくてもね。で、実際には、断片的に与えられた単語や情報をつなぎ合わせて自分の理解したことをベースにストーリーを作り上げるんだ。驚くことにこれが真実と違わなかったりする。日本人はね、そういうの得意なんだ。腹芸、物いわずにものを言う、イチ言ってジュウを理解する、空気を読む、とかいろんな言葉があるんだけど、要はcontext communication、行間を読み、文脈をつなぎ合わせるのに最も長けた人たちなんだよ。そういう意味では、創造力豊かだし、知的レベルはおしなべて高いと思う。だから、質問がなかったとしても心配はいらない。日本人はその特別な能力を発揮してすべてを掌握している。つまり、さっきの質問に答えると、日本人にはね、わからないことなど何一つないんだよ。結果的にね。でもね、君みたいに外国の人たちが会議に混ざっていたりすると、みんな調子狂って、ただの物静かな民族に見えちゃうんだよね。全員じゃないけどね。」
「ふぅーん、ザッツ・インタレスティング」
・・・
とまぁ、こんな風に会話をしたわけだが、実際に、グローバルの会議や会合に日本人が参加した場合に私たちはめったに発言しない。それは、せっかくの学びの場で、コミュニケーションの場であるはずなのに、やはりちょっともったいないと思うのだ。そこで、いろんなところで質問ができるように、「質問を恐れない10の心構え」を披露したい。
1)あなたは質問することで必ず成長すると考える。
2)その質問は、自分と、会場にいる他の誰かが知りたいことでもある。
3)質問をすれば、質問をしなかったと後悔することはない。
4)質問は、前日に3つ考える。そのうちの一つを質問する。
5)質問が思い浮かばない場合は、自分の意見を3つ考える。その意見を導き出す質問を考える。
6)可能な限り最初に質問をする。最初に質問した者は、覚えてもらえる。
7)質問は、ただである。
8)その回答は、富を生むかもしれない。
9)どうしても質問が思い浮かばなかったら「あなたが私たちに期待するアクションはなんですか?」などと、ソクラテス的な質問をしてみる。
10)聞くは一瞬の恥、知らぬは一生の恥と叩き込む
*前半のダイアログは、事実をベースに脚色を加えたフィクションです。実在する人物との関連性はあまりありません。
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