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夏目房之介の「で?」

ビルギット・ヴァイエ『マッドジャーマンズ』花伝社

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旧東ドイツは社会主義国だったモザンビークから職業訓練と称した下層労働力補充の目的で2万人を受け入れていて、実際には6割を天引きされ、過酷な条件で働かされ、かつ差別されていた。作者は、多くのモザンビーク人を取材し、最終的に二人の男性と一人の女性の登場人物に集約してこのマンガを描いている。

とくに読み応えがあったのは、差別的構造がジェンダーも含め重層的になった最後の女性の話だろう。天引き分は、名目は祖国に送られ、当時のモザンビークでは年収の十倍ほどの積立金になるはずだった。が、少なくとも本作の登場人物は、帰国した者もそうでない者も受け取ることができなかった。祖国は内乱で悲惨な状況になり、多くの人々が家族を失い、帰国してもしなくても積立金はどこかに「消えた」のだという。こういう構造は、日本も含め、多くの南北の国の間で存在していたらしい。

ヨーロッパ、とくにドイツの移民問題や排斥運動のニュースはテレビなどで垣間見るが、正直具体的な実態を知ることはほとんどない。本作はドキュメンタリー的なマンガでその一端を知らせてくれる。「世界」が少しだけ立体的に見える気がする。コマ構成は律儀で読みやすく、ときに感情をぶつけるようなイラストが挟まれ、黒と茶系の二色刷りもあいまって効果をあげている。

BDあるいはグラフィックノヴェルの日本訳版も、それまで知られなかった世界の情報をマンガに展開する傾向が多くなってきている気がする。これもマンガの大きな可能性なのだろう。僕はマンガとしても惹きこまれたし面白いと思った。

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