夏目房之介の「で?」

山本芳明『漱石の家計簿 お金で読み解く生活と作品』教育評論社 2018

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山本芳明『漱石の家計簿 お金で読み解く生活と作品』教育評論社 2018

 ご恵送いただきました。ありがとうございます。
 山本先生は学習院大学文学部の同僚であるが、親しくお話をしたことはない。また、僕のところには多くの漱石関連の本が送られてくるが、申し訳ないがそのほとんどは読む暇がない。漱石も文学も僕の専門ではないし、マンガ研究関連の読書がどうしても優先されるからだ。が、この本を書かれた山本先生は、『カネと文学 日本近代文学の経済史』(新潮選書)という本も書かれてる。そちらは未読だが、本書は、その線上で漱石と遺族を取り上げたものである。本書の目次と内容をぱらぱらみて、これは読んでみようと思った。
 じつは、現在の僕の学部向け講義では、マンガ家と編集者、出版社や流通市場、そしてマンガ原稿料の推移、マンガ家の経済状態、現在の市場構造の問題を取り上げている。もともとまったく専門でもない領域だが、マンガという文化現象を成立させる歴史・社会的条件を考えなければ、マンガ表現もきちんとは理解できない、という水準に至ってしまったからだ。  山本先生の本は、僕と同じ作業をしようとしているようにみえた。それも、祖父と祖母、父にかかわる経済史である。さすがに興味を抱かないわけにはいかない。読んでみて、たいへんに勉強になった。何よりも、これまでの漱石像、祖母鏡子像を修正せざるをえない知見が多く書かれていた。  本書は、漱石の「文学」が実際にどれほど売れ、どれほどの収入をもたらしたか、また漱石死後の出版ブームの中での収入の変化、また死後の境子たち遺族の経済はどうであったかを、綿密に調べ上げて書かれたものである。
 漱石自身も鏡子も、著書や語りの中で自分達の収入が厳しいものであったことを繰り返し述べている。しかし、これまでの関連本でも、当時の文学者としてはかなり破格の収入があったこともわかってきている。収入からいえば漱石家は「貧乏」ではまったくない。が、「金持ち」というほどではなく、いわゆる中産階級のレベルであり、漱石らの感覚はその中での相対的な「貧乏」感覚だったのではないかと、漠然と思っていた。
 しかし、本書によると漱石生前から彼の収入は相当高いものであり、むしろ漱石は「思想的」に「文士」や「芸術家」は「貧乏」でなければならないという強迫から事実と異なる主張をしていたことになる。彼には「経済人」としての側面があり、必然的に自分の経済と思想が矛盾することになったようだ。つまり、彼の潔癖さはここで偽善をもたらしている、ということである。もちろん、専門ではない領域の本なので、これを論文として検証できる能力は、僕にはない。が、「芸術至上主義」的な漱石の潔癖な側面に違和感を感じてもいたので、なるほどな、という気持ちもある。
 また、鏡子夫人がじつは漱石の死の少し前に台湾銀行の株をすすめられて大儲けをし、死後には出版ブームによる印税収入で「成金」的な浪費家にもなっていたこと。さらに戦後すぐにかけて、父純一や叔父伸六が夏目家のイメージを落とすようなことを繰り返したことも事細かに追跡されている。歴史的な観点をもってみれば、これは明治~大正~昭和にかけてバブルと不況を繰り返した日本における「成金」的成功と、それがもたらしたある家族の精神的なスポイルの物語である。なるほど、これじゃあ鏡子は「悪妻」と呼ばれるよな、という印象はぬぐいがたい。父の、大人になれなかった性格も、またこの歴史的経緯の中で刻印されてしまったものだったのだろう。
 一般向けエッセイとしてこなれた文章というより、研究論文的な厳密さを求める文章なので読みやすいとはいいがたいが、歴史再現ドラマなどにすると、ものすごく興味深いものになりそうな気がする。ただ、この本に限って言えば、漱石の「偽善」をもたらした「芸術至上主義」的なイデオロギーの歴史的観点、またそこからみた漱石の位置付けというところまで論をすすめてくれたら、もっと面白かっただろうとも感じた。あくまで漱石や鏡子個人の批判で終えてしまうのは、いささかもったいない気がするのである。

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