夏目房之介の「で?」

映画『待ち伏せ』(1970年 三船プロ)

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BSで録画しといた1970年の時代劇『待ち伏せ』(三船プロ)をみた。なんで録画したかというと、出演者が三船敏郎、石原裕次郎、勝新太郎、中村錦之助(のち萬屋金之助)、浅丘ルリ子で、独立プロ時代の立役者勢ぞろいだったのでちょっと興味があったのだ。監督は稲垣浩。

まあ、こんな大俳優ばっかり並べれば、たいていは大物の一人が主役で、ほかの大物はいいところにチョイ役で出る感じなのかな、と思っていた。正直、それほどの映画でもなく、後世に残るような作品とはいいがたいが、でも駄作かといえばそうでもなく、それなりによくできていて、そこそこ面白いでの最後までみてしまった。2時間以上のけっこう長い映画で、『用心棒』の感じを継承した白黒映画になっている。

三船は、偉そうな武士から密命を受ける凄腕の浪人で、イメージは『用心棒』そのもの。裕次郎は若い渡世人、勝は彼らが出会う峠の茶屋の裏に住むあやしげで粗暴な元医者、錦之助は罪人を捕まえたものの深手を負ってその茶屋に転がり込む小役人。

じつは、錦之助の役どころがいちばんおいしくて、彼は小役人の卑小さを象徴するような狭量で臆病で功名心にはやるやな奴なのだが、じつは幕府がらみの陰謀で大騒ぎになる過程で、最後はあやうく罪人にされそうになる三船を救うという役。錦之助という人はやはりひとかどの役者で、うまかったんだな、と演技をみるとあらためて思う。

この映画の見どころは、やはり大物同士がしっかりかみあった役どころで正面から張り合っているところで、それぞれの面白さがそれなりに出ているので、役者のぶつかりあいをみているだけでけっこう飽きないのだ。そういう意味では、よくできた映画だとさえいえるかもしれない。

もうひとつ面白かったのは、三船とルリ子のひそやかな恋愛と対比される、裕次郎と茶屋の娘の恋である。裕次郎と娘は明らかに三船らの「大人」に対して、異なる価値観をもつ「若者」を象徴している。裕次郎もすでに若者という年齢ではないはずだが、彼のデビュー当時のような若者像を演じている。これは1970年という時代を考えると、なかなか興味深い。当時、若者がこの映画をみたかといえば、ちょっとどうだろうと(当時大学生だった僕は)思うけれども、多分いささか懐古的な映画という印象をもたれたんじゃなかろうか。でも、アウトサイダーの三船浪人とツッパリの若者裕次郎は、殴り合いの喧嘩をして友情を育てるので、そこには世代間ギャップへの映画としてのメッセージすらある気がしてくる。時代との関係でみなおしてみると面白い映画かもしれない。

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