夏目房之介の「で?」

ヤマザキマリ、とり・みき『プリニウス完全ガイド』

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「プリニウス完全ガイド」.JPGヤマザキマリ、とり・みき『プリニウス』4巻が出ましたが、同『プリニウス完全ガイド』(新潮5編集部)を送っていただきました。僕も原稿を書いてます(Ⅳ「変人たちの相克」p84~90)。『プリニウス』は、ご存じ、ヤマザキマリさんがネームと人物を、とりさんが背景と幻獣などを、という独特な合作法をとった作品。古代ローマ時代、暴君ネロのころのシチリア総督にして博物学者・大プリニウスを主人公にしたマンガですが、とりさんの鬼のように凝りに凝った背景と幻獣が、ヤマザキマリさんの物語に重厚さをもたらし、絵そのものを変えていくという、きわめて興味深いマンガでもあります(とり・マリの合作はすでに『テルマエ・ロマエ』の終わりごろに実現していたことも、この本で明らかにされている)。
面白いのは、とりさんがマンガの絵を軽く読み飛ばしていく日本主流の「読み」に反発していて、それも動機の一つになっていること。当然、ある種のBDやグラフィック・ノベルも、そのさいに参照されている。とりさんはもちろん、日本マンガの主流が、むしろ言葉だけを追ってお話をたどる快楽、軽やかな「読み」にあることは重々知っているし、それを否定はしてない。でも、表現者として選択がありうることを、ここで表明しているし、ヤマザキマリさんも共鳴している。海外コミックの情報紹介や翻訳が進む時代に、当然出てくる方向だし、面白い実験だともいえます。潜在的には、おそらく大友克洋などにも同様の方向性があったはずです。
ところで、この本にはそれこそ様々な驚きがあって、たとえば「古代ローマには糸杉はなかった。早くても8世紀頃ペルシャから入った」と、考古学の先生から教えられるところ。これは、最近ローマに行った僕にとっても驚きでした。ローマといえば、糸杉と松(『坊っちゃん』に出てくるターナーの松と同じキノコ型の松ね)だと思ってたし。山根緑さんにご教示いただいたところでは、あの松は下の葉がどんどん枯れていくので、枝を伐採していくと、ああなっちゃうんだそうで、たしかに枯れてるところを見ました。あと、ローマに多いカモメも、山根さんに聞いた話では、海の魚が減ってきて都会に住むようになったとか。『プリニウス』では、自由なカモメ(プリニウス)と籠の鳥のインコ(ネロ)が象徴的に対比されてますが。
ともあれ、マンガ表現についてだけではなく、様々な雑学的興味も満たしてくれる本でした。
下は、マリさんの下絵~人物に、とりさんの背景が重なっていく過程(同書p146~147)。
「プリニウス完全ガイド」p146~147.JPG
Comment(1)

コメント

プリニウス4巻とこの「完全ガイド」をアマゾンで購入、海外発送してもらいました。漫画の方は読んでしまいました。ガイドの方はこれからです。やっぱりとりさんは欧米マンガを意識されてたんですね。あの背景はじっくり堪能したいですね。ついついmanga構成なのでパッパッと読んでしまいましたが。たぶん、BD式に少し近づけてアップのコマを減らして行くようにして、日本の読者にも欧米コミックス式を少しづつ慣らして行ったらいいんじゃないでしょうか。あれだけの背景を描けるとりさんとイタリア在のヤマザキさんのコンビだからこそできる試みだと思います。そうして互いに様式が混ざっていく…と思うとワクワクします。

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