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夏目房之介の「で?」

学習院大「現代学入門」「マンガにおける個人と国家」(1)

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今年の「現代学入門」のテーマは「個人と国家」でした。無茶ぶり気味のテーマですが、僕の担当分レジュメです。

2014.10.23 現代学入門⑦ マンガにおける個人と国家 ①国家表象と個人   夏目房之介

○神様の表象 →キリスト教系 元ユダヤ教=ユダヤ民族と契約する神 一定の地域住民・文化の表象

 古代ギリシャ アテネ=女神=都市国家の表象 :都市国家を「個人」が表象

ある地域集団の共同「信仰」=神(多くの場合、人間ないし人間化された動物):「擬人化」

神~国家の歴史 神(共同体の信仰)→王(国家の首長)→近代国家(市民社会と政治統治機構の分離)

○国家(state)とは? 政府・官僚組織・行政組織・警察・裁判所など統治システム

 近代国家の理念上、民族(nation)、人民・市民・国民(peaple)、社会が合意の上で契約する政治的な統治機構を「国家」という(近代代議制) = 一種のフィクション(虚構)であり本来不可視なもの

 個人(individual)=分割できない独立した人間(社会構成員) 人間なので可視的

1)不可視なものを絵(マンガ)にできるか?

J.A.コメニウス『世界図絵』(Orbis sensualium pictus)17c.子供向絵本 ゲーテが子供時代に読んだ

【図1】「137-王国と属州」 1:首都(王や君主) 2:城(貴族) 3:村(農民) 4:川 5:公道(入港通行税)
【図2】「138-王の尊厳」 王と玉座、首相、書記、宮内庁長官、侍従長、兵隊、外国公使、道化師

「国家」そのものを絵にできないが、その実態を担う王や官僚、他の国の代表は個人として表象できる

 絶対王政期を過ぎると、欧州の国家は国王個人の図像が表象

【図3】19c.仏国王ルイ=フィリップ(オルレアン朝1830~48在位)のカリカチュア 洋梨(ポワールpoire)

 欧視覚文化の発展 「顔」への興味(観相学流行) 「カリカチュール」誌など諷刺画の隆盛

王は国家そのものだった絶対王政期 「朕は国家なり」(ルイ14世) 権力者個人=国家が諷刺画の常道に

【図4】英ジェイムズ・ギルレイ「プラム・プディングが危ない、または、夜食をとる国家的グルメ」(The plumb-pudding in Danger,or State Epicures Taking Un Petit Souper) 1805年の版画

 英ピット首相と仏ナポレオンが地球プリンを切り分けている 特定の個人=最高権力者を国家に擬す

※近代になって出版技術革新、流通拡大、市民社会の拡大、都市化などの中で、ジャーナリズムとしての出版に、画像を使い、カリカチュア、コママンガなどが普及し、同時に似顔と諷刺画が結びつく 市民対国家の対立

2)日本マンガへのカリカチュア、政治風刺画の輸入 明治期

 ワーグマン、ビゴーら外国人が滞日して欧型諷刺画を出版 →江戸期戯画から近代出版によるポンチへ

【図5】ジョルジュ・ビゴー「魚釣り遊び」「トバエ」1号 1887(明20)年 朝鮮を狙う日露清三国

 ここでは不特定の個人(各国の風俗を誇張した装い)で国家を表象している

【図6】北沢楽天「露帝噬臍の悔(ろていぜいさいのくい)」 「東京パック」 1905(明38)年創刊号表紙

 ロシア皇帝ニコライ2世が自分のヘソを噛んでいる 同年「血の日曜日」事件など暴動が続き、ロシア革命前夜の不安定な状況を、皇帝=国家の自身を噛むような矛盾とみる 近代的諷刺を獲得する日本マンガ

【図7】北沢楽天「日英仏露の同盟」 「東京パック」 1907(明40)年

 東アジアへのドイツ(人面の虎)をけん制すべく日英同盟に加え、仏露が同盟 英=象(インドは英領だった)、日仏露は兵士 各国家を表象する人間と動物は、擬人化のレベルとしては等価にみえる

3)近代プロパガンダ(宣伝)として記号化する個人の顔=国家の顔

【図8】革命ロシア政府の要人の顔(ソビエト共産党実行委員会初代委員長M・I・カリニン)を包装紙に描いた1920年代のソ連のお菓子「プロレタリア」 国家宣伝・政治思想の視覚化デザイン
【図9】ソ連の国家紋章 ソ連国営財政出版会社GFIのトレードマーク 1928年 農民と労働者を表象する鎌とトンカチのデザイン 個人の顔はこのデザイン記号と等価なものとして描かれたといえる

※革命ロシアの前衛芸術思想やデザインは、世界各国に影響し、大正~昭和初期の日本もその影響を受ける

【図10】未詳 「大阪パック」 1914(大3)年 独領南洋諸島の領有を米国に提示する大隈重信首相の図

 19世紀から英国には「ジョンブル」、米国には「アンクルサム」や「ブラザージョナサン」などの国家を記号化したキャラクターが存在し、それを援用したもの 特定の個人ではなく、国家を象徴する図像として、徴兵などの際に効果的なポスターとしても利用された 戦時中から出版されたアメリカンコミックス『キャプテン・アメリカ』などは、こうした表現の物語化といえる

4)大衆社会と大衆文化の中のマンガ

 大正期に日本は産業化を一気に進め、都市文化=大衆文化が勃興(映画、マンガ、大衆小説)

 「モダニズム」の一環としての前衛芸術運動 ドイツで前衛芸術に触れた村山知義が1923(大12 同年関東大震災)年帰国、「意識的構成主義」を標榜し、「MAVO(マヴォ)」を結成 左翼マンガ家として活躍する柳瀬正夢、のち『のらくろ』で戦前マンガに一時代を画す田河水泡(高見澤路直)らが参加 大衆のための視覚文化として絵本、マンガを重視 マンガの連続コマ化(コミックストリップ)の発展

【図11】田河水泡『のらくろ総攻撃』講談社 1937(昭12)年 p46
【図12】同上 p23

 「国家」ではないが、「民族」が動物(の個人?)に擬人化されている 犬=日本、豚=中国、羊=満州族、熊=ロシアなど 擬人化のレベルで記号化された民族は、個人のキャラクター(人物造形)と、国家レベルの関係性を両義的に想像させる この方法は、現在の物語マンガでも生きている

5)戦時下の「個人と国家」

 国家の統制は戦時においてもっとも個人に影響し、市民を均質化する 国家総動員令=1938(昭13)年

 作家も出版も総動員され、あらゆる産業が統合される 国民個々に国家意思が及ぶ

 マンガのプロパガンダ化 漫画家も国家意思宣伝のために動員 対敵宣伝ビラ(伝単)作成

【図13】近藤日出造 「漫画」 1943(昭18)年2月号表紙 牙をはやしたグロテスクなルーズベルト米大統領

 戦争中、大政翼賛会宣伝部推薦の雑誌として「漫画」を刊行し、国家意志を代弁 戦後「民主派」に転向

【図1】J.A.コメニウス 井ノ口淳三訳『世界図絵』平凡社 1995年 p305
【図2】同上  p307
【図3】鹿島茂『グランヴィル -19世紀フランス幻想版画-』求龍堂 2011年 p24
【図4】『ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館所蔵 イギリスのカリカチュア』国立西洋美術館 図録 1987年 p76 1805年版画の摸刻
【図5】ビゴー「魚釣り遊び」 清水勲『近代日本漫画百選』岩波書店 1997年 p69
【図6】北沢楽天「露帝噬臍の悔」 須山計一『北沢楽天画集』番町書房 1971年 p9
【図7】北沢楽天「日英仏露の同盟」 同上 p33
【図8】                   p92
【図9】                   p90
【図10】未詳 「大阪パック」 1914(大3)年掲載
【図11】田河水泡『のらくろ総攻撃』講談社 復刻版 1969年 p46
【図12】同上 p23
【図13】櫻本富雄『戦争とマンガ』創土社 2000年 p183

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