このところヘンな夢ばかりみている。まあ、夢がすきなので、悪夢以外は面白いからいいけど。
今朝は、7時頃いったん目覚めかけて、二度寝したあと、どこかの古武道系道場に行ってみる夢をみた。柔道着のようなのを着た人たちの中で練習。なぜか形意拳の形で力を出してみるようにいわれる。練習の終わりに先生らしきおじさんと組ませてもらう。何をどうしていいかわからないが、とにかく全然歯が立たない。軽く突かれてポーンと上に跳ね飛ばされる。この感覚は太極拳のときに感じたことがある。さらに色々と接した体を工夫しながら組み、倒してチョクークスリーパーをかけようとするがかからない。だが、途中で少しだけ丹田の使い方がわかった気がして、凄く嬉しかった。上半身に力を入れずに丹田から動くようにすると、少し動ける。興奮して、入会を決めて帰るところで目が覚めた。李先生のほうはどうしよう、両方通うか、などと考えていた。
で、いつものように目覚めてすぐ血圧と脈を計ったら、なぜかはね上がってた。夢とはいえど、運動してたからかな。
最近、ようやく丹田を再び感じられるようになってきているので、その夢かも。
ウィル・アイズナーの代表作『ザ・スピリット』をフランク・ミラーが脚本・監督で映画化した作品。
正直、映画としては今ひとつだった。映像は面白いけど、CGで作りこみすぎてて、フランク・ミラー好みの重い感じがあまり僕的には好きではない。暗くて陰惨だけど『シンシティ』のほうがよかった気がしたのは、新鮮だったからかなあ。「笑い」がうまく「笑い」になってない気がする。
http://wwws.warnerbros.co.jp/thespirit/
特典にフランク・ミラーのインタビューがあって、彼の目からみたアメコミ史が語られる。ニール・アダムスがアメコミにリアリズムを導入したとか、「へー」と思うことを語っている。ウィル・アイズナーについても色々語っていて、彼の名言としてこんなことを言っていた。
Inking is Sexy.
なるほどおー。僕のようなヘボでも、線を描くときの独特の気分は知っている。そう、それはセクシーなのだ。フランク・ミラーは、女性の輪郭を描くときは、体をなぞるように描くんだと、たしかウィル・アイズナーの言葉としていっていたが、それもよくわかる。アイズナーは、そういう感覚をもってマンガ論の本を書いたのかもしれない。僕がマンガ表現論をやったとき、線にこだわったのも、そういうのがあったんだと思う。
たまたま「イラストレーション」6月号(No.194 玄光社)の大友克洋×寺田克也対談を眺めていたら、「線」についての話が出ていた。
大友は、寺田が出てきたとき「フラットのが出てきたな」と思い、自分は「ペン画」で「どこかにギューッと力が入る」といっている。一方寺田は大友は「劇画の文脈から出てきたので」それは感じたが「同時にフラットな線のイメージ」もあったという。僕もそう感じていた。そのあとの線についての話は面白い。
〈大友 段々慣れてくると強弱になってくる。「アキラ」とかやってるとそうなるのよ。数を描くとそうなる。/マンガ家って自分の絵に慣れて来るとドンドン太くなるんです。
寺田 そういうもんですか?
大友 描きやすい線が出てくる。そこに陥る人がいてそれで絵がヘタになっていく。最初はきちんとデッサンを取ってるんだんだけど自分の線の入り方があって。
寺田 手癖で描く。歪んだりしてね。
[略]
寺田 メビウスのあの線を初めて見た時、こんな線もあるんだって。
大友 それはやっぱりのけぞりましたね。”この1本が引けないな”って。/ついカサカサ影の線を入れてみたりするんだけど、あの人ピーッて1本引いてるだけだからね、あれはすごいね。〉(同誌20p)
この話もよくわかる。たしかに作家が自分の線自体の展開につられて、独特の癖が絵に出てきて、平坦な画面になったり、奇妙に歪んだりすることがある。もちろん、それが味になる人もいるし、一概にいえることではないが、描線が持っている性質なのだろう。大友や寺田のような図抜けたデッサン力を持った作家でなければ、むしろそれを味にするのが普通ではないか。線と、絵の構成や立体感の間には、微妙だが決定的な差があるのかもしれない。メビウスみたいに、するすると生じる線が、そのまま絵の構成・奥行きを構築していくってのは、日本の作家ではあまり見られないのだろうか。
行ってきました。狭い会場に、ひたすら原画を並べ、『AKIRA』の全原画を棚状に並べるという、まあ「工夫がない」といえばいえる展示なのだが(えらく高い位置に掲げられた原画など、どうやって見ればいいのかわからん)、いったん入って大友の原画が目に入ると、ひたすら集中してしまう。やはり、彼の画力はハンパではない。これらの絵が時代の先端を切り開く圧倒的な印象を知っている僕としては、その感覚がよみがえり、目が離せなくなる。
とにかく都市の建築の描写への思いいれは、少なくとも当時の日本マンガでは特異だった。その点でBDやアメコミに近いものがあるなあ、とあらためて感じた。大友の絵とデザイン感覚をもって、はじめて日本マンガは都市と建築を絵の主役にすることができたのかもしれない(あ、いや宮谷一彦がいるか!)。
僕も全部は読めてない旧い原画もけっこうある。とくに「饅頭こわい」(もとは落語の題)は見たかったが、あまりなくて、しかも文章が欠けていたりした。でも、その中にあさのりじの科学マンガがあり、僕も好きだったあのメカが大友さんの源流の一つでもあったんだなと思った。つげ義春ワールドも凄く楽しい。でも、この連載、単行本化もされず、図録にもない。どうにか刊行してもらえないもんだろうか。
原画の細かいところを見てゆくと、迷いなく引かれた絶妙な線、驚異的に小さな範囲に書き込まれた、はっきりと対象のわかる形象、あれほど入り組んだ建築群や森林でも、きちんと視線を誘うべきところにもっていく構成、スクリーントーンの重ねと縁消しのきれいさ、信じがたいホワイトの効果、印刷では活かしきれない色彩の妙、もういくらでも驚きが頭に湧いてきてとどまるところを知らない。絵を眺める快楽とはこのことだ。
後半に入った頃、河原和子さんに呼び止められ、見たら米澤英子さん、藤本由香里さんがご一緒で、後でコミティアの中村公彦さんご夫婦にもお会いした。同じ日、同じ時間に、奇遇という奴だろうか。少しお茶をして、大友とその影響について雑談。残念ながら仕事[注]で戸越に帰った。あ、そういえば『童夢』のへこんだ壁が再現してある前で藤本さんに写真撮ってもらいました。ありがとうございます。
注 仕事とは、本日急に入った『ビッグコミック創刊物語』の文庫化に伴う解説。「コミックパーク」連載「マンガの発見」で書いたものを転載したい、とのことだったが、読んでみたらこのまま出すのはいかにもまずいと思い、かなり書き直して送った。でも、ゲラが出る余裕はないかな、というほどの緊急仕事。
「メロディ」(白泉社)6月号で、清水玲子『秘密』が、カウントダウン。8月号で「エピローグ・一期一会」だそうです。
いやあ、この作品は前にも触れたと思うけど、すごかったです。死んだ脳から記憶された映像が抽出できるようになった近未来のSFミステリーだが、その設定を人間心理の奥まで使って、人間であること(人は記憶によってアイデンティティを持続している)の怖さを描き、本当に楽しませてくれた。そして見事に話をまとめ(BL色もアリ)、大団円。拍手。
学習院大の特別講義で「暴力」をテーマにしたとき、この作品を「見えない暴力」の例として使わせていただきました。
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5月15日(火)、二回目の血液検査の結果を聞く。脈拍は少しずつ下がっているが、甲状腺ホルモンの分泌は抑制されていないという。なので、今日から投薬を増やす。薬(メルカゾール)は、当初一日6錠だったが、投薬中に自己判断で7錠に増やした。が、今回は先生の指示で9錠にする。本来は医師の判断を待たず勝手に投薬量を変えるべきではないが、毎日脈拍と血圧を、定期的に体重をはかり、症状もこまかにチェックしているので、自己判断で増やした。医師からは「ご自分の病気をよく認識されているので、それでよろしいかと思います」といわれた。しかし、30年ほど間をおいて再発したというのは不思議なのか、「風邪ひきませんでしたか?」と聞かれた。亜急性甲状腺炎といい、甲状腺にウィルスが入ったりして発症する場合があり、それを疑われたようだが、その場合強い痛みを喉に感じるようだ。たしかに2月に半月ほどインフルエンザで倒れたが、時間差がややある上、痛みはない。このトシでの再発は珍しいのだろうか。
また、この病気は治療に時間がかかり、投薬の増減が難しい。昔治したときも、行き過ぎて機能低下症になりムーンフェイス(顔がむくんで丸くなる)になった。きちんと通院して検査することが必要である。
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斉藤次郎『共犯の回路 ロック×劇画 可能性のコミュニケーション』(ブロンズ社 73年)。先日来書いているアメコミのDVDや『底辺絵巻の画工たち』などと一緒にアマゾンで購入した。
いやはや、当時のマンガ言説の特色を色濃く見せていて、読んでおくべき本だった。斉藤次郎は、COM誌でのマンガ評や「まんがコミュニケーション」紙(斉藤の主催したミニコミ)で知ってはいたし、読んでもいたが、当時それほど興味を持たなかった。が、じつは後の「私語り」マンガ論(村上知彦、米澤義博ら)に大きな影響を与えているはずだ。何度も出てくる〈・・・・と僕は思う。〉という言い回しなど、村上春樹も含めて影響があるんじゃなかろうか(もちろん他に先行例があるかもしれない)。
この本は、斉藤が70~72年に書いた批評文を集めたもので、ロックとマンガ(劇画)をおもに対象にしている。収められた文章のタイトルをざっと見るだけで、時代を感じる。たとえば、「ロックはバリケードをめざす!」(ロック集会にコミューン的な共同性を指向する)、「夜汽車のブルース -遠藤賢司論」、「〈場〉をつくる想像力」、「漫画原論 -大衆文化としての漫画」、「真崎・守の闇(瞼学序説・2)」、「〈悪〉への志 -ジョージ秋山論」、「ギャグの社会学 -赤塚不二夫論」、「俗悪とその誇り -宮谷一彦論」、「水野英子の変身と偏心」(『ファイアー』を巡る水野との対談)など。真崎守は、本人の「あとがき」とは別に解説のような文章を収めている(この文章で、真崎は斉藤に複数の人間像を見ており、彼の複眼的な(ポストモダン的な?)世界観を示している)。
冒頭の「言葉」への不信、「近代合理主義」へのカウンター志向、商業主義ではないロック空間への渇望など、当時の若者の思想的雰囲気を伝えてくれる。斉藤は1939年生まれで、いわばガロ系「漫画主義」誌系と同じ世代にあたり、僕や村上、米澤世代よりほぼ10年上である。彼の発言が村上らに影響するのは、むしろ自然かもしれない。「場」や「ぼくら」への執着を、斉藤ははっきりと宣言している。「あとがき」で彼は、〈ぼくの文章のほとんどすべては〈ぼくたち〉が主語です。〉と書き、まだ見ぬ読者との共同性(共犯関係?)を指向すると書いている。つまり、マンガ(劇画)が、ロックやその他のカウンター・カルチャーと接合しながら、「若者」と呼ばれた受容集団(僕を含めた世代)の、少なくとも一部の共同性の紐帯となったとき、彼の言説が重要な役割を果たした可能性はある。「あとがき」にある、マンガやロックの現状への失望もまた、共有されたかもしれない。
「大衆文化」としてのマンガを語る彼は〈大衆文化状況とは大衆食堂の大衆概念をこえる状況である。反インテリ、反上層の通俗的文化と固有に結合する庶民としての大衆から、あらゆる文化、あらゆるメッセージと接触する圧倒的多数派としての大衆に、大衆概念そのものが変貌した。〉(138p)と書いている。曖昧な表現だが、それまで知的、上層的とされた文化(そもそも、それこそが使われ始めたときの「文化」の対象だったはずだ)と、大衆と呼ばれた非知的で下層的な文化の中間項が多く生まれ、大衆社会の拡大と中間層化の中で越境してゆく様を描いている。ただ、斉藤も、のちの「私語り」言説も、そこに世界を変革する可能性を見て、それらを選別して商業主義と対立させようとしていた。いわば幻想のコミューン構想だったといえる。あらかじめ挫折を用意されていたとも、今ならいえるだろう。
斉藤は、「ぼく」の主観、独断と偏見に自己証明の可能性を見出しながら、同時にそれが「ぼくら」という共同性を獲得し、資本制社会とは別の共同体を夢見た、といえるかもしれない。が、斉藤だけではなく、当時の多くの若者もまたそうであったはずで、僕自身もそうだった。そのとき、マンガもロックも、ともに大量生産し流通する複製文化であるにもかかわらず、個人の「手ざわり」的な感覚を持っているとして、「ぼくら」のものになる。
〈漫画は原稿の線をそのまま複製することによって、作家の個性的な画法やニュアンスを忠実に読者に伝えることができる。読者は、自分が描く漫画と同じ地平で、漫画家の作品を受け止めるのである。〉(141p)
この感覚は、そのまま米澤やコミケ初期のアマチュアリズムに継承されているのではないか。斉藤の大衆概念は、大衆=マスであると同時に個的=私的な存在である。
〈高度に発達した資本主義における〈解体された市民〉を意味している。それは階級概念とは別に、むしろ近代的個人の疎外形態として理解される。〉(137p)
つまり、庶民が消費大衆化し、さらに中間層化し、その間隙の軋轢の表明として読める。
また鶴見俊輔などの先行世代のマンガ言説の影はほとんど見られず、またロックでは洋楽に触れているにもかかわらず、海外コミックへの言及はない。ひたすらに、当時のマンガを「ぼくら」の先端的な共同性として囲い込む指向に彩られている。こうした認識の枠組みは、70年代後半期に成立する「私語り」マンガ言説の鋳型といってもいい。マンガ言説史の上で貴重な資料といえるだろう。
「マンガ・エロティック エフ」(太田出版 Vol.75)に、BD原作者ジャン=ダヴィッド・モルヴァンの原案で、中国の作家ジェイ・リュウがマンガを担当した「嫌われ役」という短編がある。その短編のあとのインタビューに面白いBDとマンガの比較論があった。原正人翻訳になるインタビューの中で、ジャン=ダヴィッド・モルヴァンはBDとマンガのスタイルの違いについて尋ねられて、こんな風に答えている。
〈BDの作家はどちらかというと「物語」を語ろうとする傾向が強いんです。それに対して、日本のマンガの作り方は、「登場人物」にずっとフィーチャーしているというか、そこに焦点をあわせようとする。だから登場人物を豊かにしようとする傾向があると思うんですが、その辺が大きな違いじゃないでしょうか。[略]もちろんBDの場合もキャラは重要なんですよ。ただ、日本のやり方とは違ったやり方でキャラを使います。BDの場合はキャラクターを使って物語を語る。一方、日本のマンガは、物語を生きているキャラを描く。〉(同誌 165~166p)
要するに「物語」の構築が最後にたどり着くべきものなのか、キャラクターが「物語」より優位にあるか、というような意味のことなのだが、もちろん、そのままでは多くの反証や例外を思いつける。にもかかわらず、たとえばブノワ・ピータース、スクイテン『闇の国々』の面白さは、やはり構築的な世界観にあり、我々が惹かれるところがとりあえず登場人物であるにせよ、たしかに構築的な世界の物語(それを象徴する建築群)こそが最終的な目標であるように感じる。また、たとえば日本の人気連載などを想起すれば、登場人物の魅力が時とともに成長し、それが「物語」として「見える」ような構造にも感じる。ところが、谷口ジローや、『タンタン』を思い浮かべると、必ずしもそうでもない気がしてくる。
この手の比較論は、必ずこうした相対性をはらんでしまう。だから、ここでの言い方に何か「いい当てられている」感があるとすれば、そのことをどのレベルで掬い取り、どう言語化するかが問われるだろう。ここでいわれている「物語」が、一体どういうものを示そうとしているかが鍵かもしれない。よくいわれる文化論的な比較をすれば、西欧の寺院建築が構築的に堅固な立体性を目指すとすれば、日本のそれは地形に沿って横にコンパクトで低い建築を連ねていく、というような垂直性と水平性に還元できる比較に近いものがある。この比較の、どこまで妥当性があるか、じつは確定できないが、とりあえず文化の思考の型のようなものが想定されざるをえない。
もし、日本の人気マンガが、キャラクターをまず生み出し、その人気で読者をひっぱることを重視しているとすれば(事実、そういう側面は少なくとも70年代以降はっきり見られる気がする)、日本のような雑誌連載(大量のページ生産)を前提としなくなってしまったBDにおいては、最終的に「物語」の構築性が求められる作家性の強い傾向になったのかもしれない。インタビューでは日仏の制作制度の違いにも言及されている。あくまでも翻訳された文章なので、フランス語で意味されようとしていることと、日本語との差異は当然考慮されなければならないが。
かつて宮原照夫に伺った、フランスとの出版社社長の対話で優先順位の違いが問題になった件を思い出す。宮原は「1、テーマ、2、キャラクター、3、ストーリー、4、絵」といい、社長は1、絵、2、テーマ、3、キャラクター、4、ストーリーといったというのだ(拙著『マンガの深読み、大人読み』イースト・プレス 所収 宮原インタビュー 221p)。だが、そもそもキャラクターの意味合いが「物語」との関係で文脈的に異なっているとすれば、簡単には比較できない。また「物語」を単純にストーリーと同じということができるかどうかでも話は違ってくる。
そんな、ややこしい話を前提にしながらも、ジャン=ダヴィッド・モルヴァンの言い方には、何か直感的な妥当性があるように感じられる。それを仮に、物語の構築性をより好むか、キャラクターの現前性をより好むかの違いだとしてみる。マンガの連載や、アニメの連続放映の形式を考えれば、たしかに日本では後者の優位を作り出すのかもしれない。答えはでないが、この設問が様々な課題を引き寄せるのは間違いない。
『ブラックジャックによろしく』『特攻の島』の佐藤秀峰が、雑誌連載では赤字になる状況の中で原稿料の不合理に疑問を感じ、出版社との交渉を繰り返し、ついに紙媒体の泥舟的先行きに悩み、自作を含むマンガの配信サイト「漫画 on Web」を立ち上げていくまでの悪戦苦闘を書いた本。
http://mangaonweb.com/creatorTop.do?cn=1
こうした問題は、すでに竹熊健太郎がある程度まで単行本で追求しているが、佐藤の原稿料、印税収入と支出の関係の記述はさらに詳細で、それ自体、ほとんど外に知られることのない貴重な資料である。たんなる感情論ではなく、きちんとした収支の数字と、それにもとづいた交渉および出版社の対応を描いている。これは、現在のマンガ製作現場を考えるとき、重要な資料になりうるだろう。もちろん佐藤個人の経験ではあるが、少なくとも彼や、彼より過酷な状況にいるマンガ家、プロダクションが存在しているということにはなる。
出版社の対応は、これで読む限り大体想像通り。もちろん誠実な編集者がいるのもの知っているが、しかし自らの給与体系を見直して減給してまでマンガ家の経済を助けようとはしないだろうし、本人に無断で著作物の二次使用を許したというのも、ありえなくはない。そもそも著作権の知識をきちんと持っている編集者自体が少ないのだ。もちろん、すべてが書かれたとおりであるかどうかは確認できない。出版社も自分の情報を出さないだろうし。けれど、竹熊や僕が分析したかぎりでも、ほぼこれに近い状況であろうことは推測できる。
かつて、僕はなぜ出版社や新聞社が依頼のさいに原稿料をいわないのか不思議でしょうがなかった。普通なら依頼側が見積もりを出させ、双方で納得した料金で契約が成り立ち、製作納品となる。しかし、かつての出版界では本が出るまで原稿料はわからなかったのだ。また、マンガの製作過程の多くは取材とアイデアであり、僕はそれを別項目の料金、すなわち企画料などで、打ち合わせの時点で成立するようにできないか交渉したことがある。これ自体はリクツとしては、まったく無理のないものに見えたが、当然のように否定された。原稿料は上がったが、あくまで原稿料としてしか発生しないのだ。まるで、モノとして作らなければお金にならない、ハコモノ行政のように、目に見えるものにしか金銭は出されない慣行なのだ。佐藤も、まったく同じ矛盾を感じたようで、そのあたりは共感した。
結局彼は紙媒体の先行き不安から、自ら購読サイトを設立することにして、ここでも悪戦苦闘を繰り返す。正直、彼の粘着質な怒りと交渉と進み方は、まるで『ブラよろ』主人公のようで、いささか引いてしまうと人もいるだろう。でも、彼が提起しようとしている問題は、やはり真摯に受け止められるべきものだ。当面、完全な解決策などありえようもないが、問題を認識しないことにはどうにもならない。マンガ家を目指す人は、これを読むと絶望してやめてしまうかもしれないが、それでも現状を認識したければ読んでおいたほうがいいと思う。どんな世界であれ、自分ひとりで戦って生きていくのは、それなりに過酷なのだ。
佐藤の模索が成果を生み、もっと多様な試行が行われ始めることが望ましい。
少し前に『アメリカンコミックス スーパーヒーロー クロニクル』を紹介したが、ほんとはこっちをメインで購入予定だった。こちらはスーパーヒーローに割いた部分は少なく、戦中戦後の展開を追ったあと、60年代以降のアンダーグラウンドやオルタナティブに多くを割いている。ウィル・アイズナーやロバート・クラム、ジャック・カーヴィ、フランク・ミラー、アート・スピーゲルマンなどが登場する。1989年製作(じつは、昭和天皇と美空ひばりと手塚治虫が亡くなった年だったりする)なので、まだみんな若く、クラムの出るあたりは、じつに怪しく楽しい雰囲気(笑)。
50年代のアメコミ受難期の公聴会の様子や、バッシング側の主張も昔の映像で登場して、時代の雰囲気を感じるにはいい作品だろう。ただ、時々翻訳が出なくなったり、英語は早いは、字幕も早いわで、こういうのはざっと一度観ただけだと全部は情報を摂取できないなあ。
特典には、アメコミのいくつかの作品画像集や、なぜかマリファナやツイストについての映画が入ってたりする。冊子には小野耕生さんが文章を寄せている(これがまた、出てきている人物のほとんどに、いつ会ったかという話だったり)。現代的なコミックの歴史については、こちらのほうが充実している。とくに女性作家にも注目しているところは貴重。結局、アメリカのコミックスといえど、日本のマンガ同様に膨大広大で、こうしたドキュメンタリーを作るにしても、その一部をたどるしかない、ということなのだろう。
『底辺絵巻の画工たち ★劇画家★』(1972年 産報)は「ウラコミ・シリーズ5 共同報告・情報キャンパスV」として出された、かなり早い時期のマンガ(ここではおもに「劇画」)界の取材記事単行本で、著者名がない。すがやみつるさんのブログによると「当時、石森プロにも顔を出していた週刊誌の記者たちが匿名で書いた本」だそうで、すがやさんも取材を受けたとあります。すがやさんは「間違いが多かった」としていますが、たしかに相当怪しい情報が多く、明らかな間違いや、どこかでねつ造されたような話も多いので、事実の資料としてはあまり信用できません。
関連すがやブログ
http://sugaya.otaden.jp/e73074.html
http://sugaya.otaden.jp/e8262.html
僕は、少しあとにこの本の存在を知ったはずですが、タイトルに反感を持ったこともあって(何しろ当時は青きマンガ青年でしたから)買わず、今まで読んでませんでした。先日、川崎市市民ミュージアムの書庫を見学させていただいたときちら見して、これは入手せねばなるまいと購入しました。
ここで書かれている話は、まだ「劇画」が全盛といってもいい時期に、マスコミ的な言説として扱われたマンガのイメージが生々しく描写されていて、その意味では一級資料です。たとえば、マガジン内田編集長、梶原一騎が夜空を見上げて『巨人の星』のタイトルを決めるくだりなど、のちの「伝説」を形成する初期の資料といえます。案外、この本が元でできあがった神話伝説の類も多いかもしれません。
また、この本では週刊誌記事的な観点らしく、当時の原稿料などが具体的に取り上げられ、清水勲さんの『[日本]漫画の事典』(三省堂 1985年)でも参照されています。僕がマンガ家の原稿料の変遷について書いたときは、清水さんの本から孫引きで参照させてもらいました(「マンガ家はもうかるのか? 原稿料の変遷」 夏目『マンガは今どうなっておるのか?』メディアセレクト 2005年)。
もう一つ、本書では、後年問題になるマンガ家専属制の問題点などが、すでに指摘されています。プロダクションによる集団制作制度が産業化の一方で成立し、二次使用料などの発生が大規模におこり、これ以降90年代半ばまでマンガ出版は右肩上がりを続けますが、その一方で現場の低賃金が将来を危ぶませるという観点は、アニメ業界同様の問題として、ずっとのちに一般に語られ始めます。この本では、すでにアニメ業界でのその問題が語られていて、片方で同様に厳しいマンガ家の現状はハングリー・アートとして強調されています。「劇画」とは、そのようなハングリーな文化として受け取られていたのです。マンガ産業の下請け的構造の成立過程が、その渦中で書かれているともいえます。
「集団就職の中卒の店員や大学浪人のグループと、安保敗退の学生グループには共通の体質がある。/それは「敗北感」、あるいは学生たちが好んで使う「挫折」という点である。」という記述など、当時のカウンター・カルチャーとしてのマンガ(劇画)のイメージをあぶり出すもので、時代の雰囲気を伝えています。また、「敗北」や「挫折」という言葉そのものの背後に、時代的な感覚が、それぞれでズレを持ちながらも、たしかにあったとすれば、戦後の急速な社会変動の中で起きた「マンガの青年化」のある側面をすくいとっているともいえるかもしれません。
最近、『ブラックジャックによろしく』の佐藤秀峰さんが『漫画貧乏』(PHP)という自伝的なマンガの制作現場の話を書かれました。今読んでいるところで、あらためてこの本についても書くつもりですが、彼が突こうとしている問題は、じつはすでに40年前からあったのだろうと思います。「ハングリー」を恒常的な制度にしてしまったのがマンガ出版だったのかもしれない。
『漫画貧乏』は、マンガ関係、とくに出版社系の人も謙虚に読むべき本だと思います。
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