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【Book】メディアな”ものづくり” - 『MITメディアラボ 魔法のイノベーション・パワー』

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MITメディアラボ 魔法のイノベーション・パワー (ハヤカワ・ノンフィクション)

MITメディアラボ 魔法のイノベーション・パワー

  • 作者: フランク モス、Frank Moss、千葉 敏生
  • 出版社: 早川書房
  • 発売日: 2012/8/24

最近、月曜の夜11時が待ち遠しくて仕方がない。NHKで「スーパープレゼンテーション」が放映されているからだ。世界が注目するイベント「TEDカンファレンス」を題材に、そのプレゼン手法を学ぶという番組であり、ナビゲーターをMITメディアラボ所長の伊藤 穣一氏が務めている。

そもそも「TEDカンファレンス」自体が面白いのだから、つまらないはずもない。学術、エンターテイメントからデザインまで、様々な分野で未来を切り開こうとする人たちのプレゼンは、毎回驚きがあり本当にわくわくさせられる。

そのTEDカンファレンスに近年数多くのスピーカーを送り込んでいるのが、MITメディアラボである。彼らはどうやったら実際に作れるのか見当もつかないような、世界を変えうるプロダクツを次々と生み出しているのだ。

本書は、そこで生まれてくる大量のイノベーションの中から厳選された20余りの物語が紹介されている、「MIT版TEDカンファレンス」とでも言うべき一冊だ。さらに開発プロセスの舞台裏も、徹底的に掘り下げられている。なにしろ著者は、元MITメディアラボの所長なのだ。

まず初めに、本書で取りあげられている研究のデモ映像をいくつかご覧いただきたい。

◆MITパワーフットLABCAST #10 Powered Ankle-Foot Prosthesis
これは金属と炭素の複合材料でできたロボット式の義足であり、高トルクのモーター、内蔵マイクロプロセッサ、環境センサーが搭載されている。ちなみにグループを指導するヒュー・ハー教授自身が、事故で両足を失っておりパワーフットの利用者でもある。


◆フェイスセンス
LABCAST #45 FaceSense
自閉症の人々が学校や社会に適応できるようにするため、表情を読み取ってリアルタイムで感情に変換する、小型のウェアラブル・デバイスだ。

ここで、なぜ「義足」や「表情の読み取り」がメディアの研究対象に入るのかと疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、古くから言われていることだが、メディアの本質とは「身体の拡張」という点にあるのだ。

自動車や自転車が足の拡張、ラジオが耳の拡張であったように、人間の生理機能の代わりとなるスマートな電気機械を開発する 。しかも、人間の神経系と自然にインターフェイスを取り、着け心地も動作も本物とまったく変わらないようなデバイスを開発しているのだ。彼らが目指しているのは、身体機能そのものをハックする「身体2.0」の世界である。

これらのイノベーションそのものを知るためには、映像で見た方が理解しやすいという側面は否めない。しかし、本書の意義は別のところにある。それは一見、偶発的に思える多種多様なイノベーションが生まれる背景には、原理原則があったということなのである。このような裏側の文脈を理解するためには、やはり文字での情報伝達が早い。

そのような事例を、いくつか紹介してみたい。まず初めは、自動車を再発明しようと目論んでいるスマート・シティ・グループのケースから。彼らが手がけたシティ・カーは、スマートで、デジタル制御や折りたたみが可能で、エネルギー効率の高い、二人乗りの電気自動車である。内蔵型のロボット・ホイールのおかげで中央にパワートレインがないため、通常時の半分近い長さまで折りたためるという。

面白いことに、これまでスマート・シティ・グループに参加してきた十数人の学生の中で、自動車設計の正式な教育を受けたことがあるのはたった一人だけであったそうだ。残りの学生は、建築、都市計画、機械工学、コンピュータ科学、電気工学、システム工学、医学、神経科学、ビジュアル・アート、企業経営、インターフェイス設計、オペレーション&ロジスティクス、法律、民俗誌学、物質科学、社会科学など、さまざまな経歴を持っていたのだ。

このような多種多様の人材が、全員で力を合わせ一つの問題に取り組むと、問題を別の角度から考えられるようになるのだという。そしてこれこそが、メディアラボの「反学問的」とも言われるアプローチの特徴なのだ。従来の学問分野の枠組みを超えて考え、その分野の"専門家"が考えもしなかった型破りな疑問を投げかけることが、真の革新を生み出す最高の手段かもしれないと、著者は述べる。

このプロセスを経て生まれたシティ・カーは、交通渋滞や大気汚染だけではなく、車の所有スタイルそのものを変えうる可能性を秘めている。公共交通の利点と、自動車、自転車、スクーターのような個人向けの移動システムの自由性や柔軟性を兼ね備える、まったく新しい個人交通システムなのだ。

もう一つ特徴的なケースとして「シックスセンス」というデバイス開発の事例が挙げられている。これはジェスチャーで制御できるウェアラブル・デバイスであり、壁、テーブル、手のひらなど、どんな面でもタッチ・スクリーンに変えられるものだ。このデバイスを使えば、電話をかける、写真を撮る、メールを書く、フェイスブックを更新する、ツィッターでつぶやく、スポーツの結果をチェックするなど、スマートフォンでできるほとんどのことができる。

と、言われても何のこっちゃと思われる方も多いだろう。だが、こんなオーダーを受けたフルイッド・インターフェイス・グループのメンバーは、すぐに以下の映像で見られるようなプロトタイプを仕上げてきたのだ。

このようなプロセスは、メディアラボに刻みこまれている「Demo or Die(デモができないなら死んでしまえ)」というアプローチの典型例である。メディアラボにおいては、"百聞は一プロトタイプにしかず"であり、提案とは簡単なプロトタイプを作ることを意味する。これを彼らは、子どもがモノを作りながら積極的に遊んでいる時のように、こなしていくのだ。

結果的に、これが"ものづくり"のユニークさにつながっているということも見逃せないだろう。彼らは”ものづくり”を「物体を変形・加工すること」というように狭く定義するのではなく、「ものに作りこむこと」だと捉え、情報を何らかの「もの=媒体」の中に転写するように作っていく。

そこにはメディア=無形のもの、ものづくり=有形のものといった既存のフレームは存在していない。彼らが実践しているのは、メディアと"ものづくり"の境界が融解し、全く同じようなプロセスで作り出される、新しい"ものづくり"の姿なのだ。

「未来の未来は現在である」という言葉がある。新しい技術は古い形式を表現しがちになるということだ。検索エンジンの次の進化が、ソーシャルな人間関係というアナログ回帰へ向かったことなども、その顕著な例だろう。本書で紹介されている事例の数々が、新しいテクノロジーの上に、広義の意味でのメディア=「身体の拡張」を搭載させているということは、非常に印象的なことである。

情報大爆発の時代と言われるが、一次的な情報の総量は人口の増加見合いに過ぎないのではないかと思う。変わったのは、情報の取り込みが高解像度になったことに伴う、再現性やアクセシビリティという時間軸上の変化だ。そこで引き起こされた情報の再配置によって、かつて偶然だったものは、必然へと変わっていく。

そんな情報の再配置を「アウトプット」と「制作のプロセス」の双方に取り込んだ、メディアな"ものづくり"とでも形容したくなる手法。ここに、MITメディアラボという組織の強さの源泉があると言えるだろう。

本書には「魔法のイノベーション・パワー」という副題こそ付いているが、その正体は極めて論理的なものであるという印象だ。そして読めば読むほど、メディアも"ものづくり"も可能性は無限に広がっているように思える。まだまだ出来ることは、沢山あるじゃないか。と、なかなかその気にさせてくれる一冊なのだ。

(HONZ 9/1用エントリー)

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