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【書評】『ミドリさんとカラクリ屋敷』:買うのか、作るのか

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著者: 鈴木 遥
集英社 / 単行本(ソフトカバー) / 292ページ / 2011-05-26
ISBN/EAN: 9784087814774

毎日歩いている通勤や通学時の風景ほど、きちんと認識できていないものはないだろう。たまにちょっとした変化におっと思うことがあったとしても、何日かするとすぐにまたその変化も日常へと変わっていく。

しかし、本書に登場する日常の風景は、すこしばかり格が違う。湘南の閑静な住宅街の中にあるその家は、屋根のど真ん中からコンクリート製の電信柱が天に向かって突き出ているという。おまけに、青い瓦屋根に黄色い扇模様の糖飾り、クリーム色とこげ茶色を貴重とした木の欄干、全て模様の違う窓の鉄柵。住んでいる住人は大正二年生まれの木村ミドリさん。以下、婆さんと呼ぶことにする。

◆本書の目次
プロローグ すべては電信柱からはじまった
第一章   ミドリさんと坂の上の職人屋敷
第二章   原風景への回転扉 ルーツを追う旅 北海道篇
第三章   勇敢な女横綱、厨房に立つ
第四章   森の中の事業団
第五章   電信柱の突き出た家と六尺の大男
第六章   田んぼの蜃気楼 ルーツを追う旅 新潟篇
第七章   ミドリさんと電柱屋敷の住人たち
第八章   からくり部屋の秘密

著者は、高校生の時に偶然この家のそばを通りかかり、その佇まいに衝撃を受ける。思い余った著者は、二年越しで勇気を振り絞り、ついにこの家のチャイムを鳴らす。そして、ここに住んでいる婆さんが、やはり只者ではなかった。建築にやたら詳しくて、家の隅々まで何もかもを知り尽くしている。すっかり婆さんに魅せられた著者は、婆さんのルーツを辿る旅にまで出るはめとなる。

本書は、著者にとっては、高校生の時から追いかけてきた乾坤一擲のテーマであろう。そのせいか、すこし肩に力が入り過ぎているような印象も受ける。しかし、その力み具合が、ひらりひらりとかわしていく婆さんの言動とのコントラストを成して、より一層婆さんの魅力を引き立てている。

そして、北海道の職人パークにルーツを持つ、この婆さんの建築秘話が半端ない。夫婦だけで一月かけて構想を練り、大工は自分でスカウト、鉄筋は錆びるからと木造、一本の材でまかなえる二階建て、日当たり、風通しを考慮した曲がり屋、そのこだわりはディテールの隅々にも行き届いている。

また、その情熱は施工段階になっても変わらない。夫婦のどちらかは、どんな時でも毎日現場へ足を運び、夫婦が見ていないところでは絶対に仕事をさせない。少しでも手を抜くと、すかさず怒鳴り、やり直しをさせる。

餅は餅屋ということわざがあるように、ものづくり大国と言われる日本では、職人に任せておけば良いものが出来るのだという考え方もある。しかし裏を返せば、ものづくり大国の本質は、プロダクトアウトの発想によるところが大きく、万人にとっての良きもの、平均点の高さというところに現れるものだったりする。このやり方では、イノベーションはなかなか起こらないだろう。

家は買うのではなく、作るもの。その強い当事者意識のもと、オーナーとしてどこまでも口を出す。その口出しが芯を食っている限り、人はついてくる。だからこそ、モノづくりの本質を見抜く眼は、婆さんにとって何よりも大切なものであったのだ。

ちなみに、この屋敷、室内もカラクリだらけである。裏口にあるベニヤ板の隠しドア、通路代わりに使える半二階、隣の部屋へ続く秘密の扉、全ていざという時のためのものであるそうだ。今の日本は平和だけど、もし戦争がはじまったらどうやって身を守るのか、そんなことまで考えて、さまざまなカラクリをしかけていたそうだ。その婆さん、今回の震災を受けて、一体何を思っただろうか。

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