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【書評】『生命の跳躍』:WhyとHow

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みすず書房 / 単行本 / 480ページ / 2010-12-22
ISBN/EAN: 9784622075752

生命とはその存在自体が不思議なものであるが、その生成のプロセスにも謎は多い。本書はその生命の進化における10個の発明について綴った一冊である。著者はサイエンス界の村上春樹とも称されるニック・レーン氏。氏によってセレクトされた10個の発明は、以下の目次のようなもの。

◆本書の目次
1 生命の誕生 - 変転する地球から生まれた
2 DNA
 - 生命の暗号
3 光合成 - 太陽に呼び起されて
4 複雑な細胞 - 運命の出会い
5 有性生殖 - 地上最大の賭け
6 運動 - 力と栄光
7 視覚 - 盲目の国から
8 温血性 - エネルギーの壁を打ち破る
9 意識 - 人間の心のルーツ
10 死 - 不死には代償がある。

一般的に、科学における探究の正しい在り様というのは、「Why」を追求することと思われている。しかし、こと「進化」という領域について言えば、話は別物のようである。現に本書の中に、Whyを突き詰めていった部分を探し求めていっても、たいていは「自然選択」の一言ですまされてしまう。ここで描かれているのは「Why」ではなく「How」、つまりどのように進化していったのかということである。進化における特定の一点を深追いすることよりも、全体像を線で捉えていくことの方が、ことコミュニケーションの範疇においては有益なのである。

本書を読む際には、進化の流れにおける非連続なポイントに着目して読むと面白いと思う。本書の場合非連続なポイントでは、科学という境界を飛び出して説明されていることが多く、見つけ出すことが比較的容易である。現段階で科学的に説明ができていない領域こそ、大きなポテンシャルを保持しているということだ。今後の動向次第ではさまざまな事が解明され、大きく発展する可能性がある。

例えば「有性生殖」に関する説明の中で、クローン生殖と有性生殖の違いをそれぞれ旧約聖書と新約聖書になぞらえている。変異を罪のようなものだと仮定すると、クローン集団において罪をなくすには、旧約聖書の物語のように、大洪水でおぼれさせるか、地獄の業火でめちゃめちゃにするか、疫病を流行らせるかして、集団全体を罰するしかないというものだ。一方、有性生殖には健常な両親のそれぞれに多数の変異をためこませて、すべてを1体の個に注ぎ込む力がある。これを、キリストが人々の罪を一身に引き受けて死んだ新約聖書の例で説明している。これらは、わかりやすく説明するための手法として宗教を持ち出しているだけでなく、その内容にも多分に形而上学的要素をはらんでいるということを意味している。

その際たるものが、「意識」についての説明である。本書においては意識の原理を説明するものとして、「見かけは非物理的であっても、実際には物理的存在である心の塵」、「一般的な外観特性に加え、内なる特性を持つことによる地下室の爆弾」、「タンパク質のコヒーレント(干渉性をもつ)な震動」など、あらゆる方面の説を紹介している。これこそまさに、量子力学と哲学と神学がせめぎ合っている模様を表しているということなのだ。

本書は決して取っつきやすい類の本ではないだろう。専門用語も多いほか、進化の歴史が樹形図状であることを受け、本書の構造自体もノンリニアである。ただし、そこから得られる知的報酬は高く、なにより「思考の跳躍」を体感することができる。「分かる」という行為もまた、非連続性を伴うものなのだ。

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