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【書評】『かぜの科学』:弱さの強み

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早川書房 / 単行本 / 351ページ / 2011-02
ISBN/EAN: 9784152091949

霊長類との付き合いは数百万年にも及ぶ最も身近な病気、それが風邪。生涯でおよそ200回ほど起きるこの病気は、その身近さゆえに誤解も多い。また風邪ウィルス自体200種以上に及ぶため、その全容はほとんど解明されていないと言う。本書は、そんな風邪をテーマに徹底的に真相に迫った一冊である。

◆本書の目次
序章 :風邪の赤裸々な真実
第1章:風邪を求めて
第2章:風邪はとれほどうつりやすいか
第3章:黴菌
第4章:大荒れ
第5章:土壌
第6章:殺人風邪
第7章:風邪を殺すには
第8章:ひかぬが勝ち
第9章:風邪を擁護する
付録 :風邪の慰みに
冒頭、著者自身による風邪の人体実験の描写から始まる。通常は不意を打たれたように疾患する風邪に、こちらから意図的に罹りにいくのである。風邪ウィルスが身体を冒して行く模様を実況中継さながらにリポートしながら、いつのまにか風邪の世界へと引き込んでいく。また、イギリスで抜群の知名度を誇るCCUという組織の話も興味深い。風邪の人体実験に応募した被験者達は、二人ごとに一室あてがわれるのだが、そこでの経験を楽しみ、そこで生涯の伴侶を得たものも多いという。見知らぬ二人が風邪の冒険を共にするという特異性が、絆を深めたのだろうか。

諸説あるようだが、風邪の原因は鼻にあるというのが最有力だ。そして鼻が風邪をうつす主犯格なら、共犯者は手である。驚くべきことに人は1時間に平均5回程度、鼻をほじっているそうだ。「どうも風邪をひいたようだ。」などと周囲でぼやく輩は、自分が鼻をほじっていると白状しているに等しいということになる。ちなみに、この理論を適用すると、私もこの行に到達するまでに、既に2.5回鼻をほじったことになる。しかし、私は今風邪をひいていないから、本ブログを通して風邪がうつることはない。その点は安心してほしい。

一般的に、風邪の苦しみとは、病原体が産生する毒性によって引き起こされると考えられがちだ。しかしその実体は、ウィルスが撃退あるいは破壊される炎症プロセスによって引き起こされるということが分かっている。風邪の症状はウィルスの破壊的影響ではなく、侵入者に対する身体反応として、私たち自身が作りだしているのである。

風邪ウィルスの最大の特徴は、そのインテリジェンスにある。風邪ウィルスは毒性と伝播力を天秤にかける進化上の取引を行っているのだ。毒性が強すぎて宿主を機能不全にしてしまうと、自分自身の宿がなくなり伝播して子孫を残すことができなくなってしまう。そのことをウィルス自身が良く理解し、適度な苦痛を与えるに留めているのだ。弱さこそが、最大の強みというわけである。

ある新たな研究によると、誠意ある
医者に、共感を寄せてもらいながら診察を受けた患者は羅患期間が短縮するということが分かったそうだ。それでなくても、風邪をひいてしまったがゆえに、優しく看病してもらい、ちょっと良い思いをしたなどという経験を持つ人も多いのではないだろうか。風邪に罹った弱さを武器にする。人類は、ウィルスから学んだということなのだろうか。


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