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【書評】『ヴォイニッチ写本の謎』:ヘンリー・ダーガーという記号

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青土社 / 単行本 / 388ページ / 2005-12
ISBN/EAN: 9784791762484

今、世界を震撼させているウィキリークス。その技術的な特長は、高度な暗号技術に顕著であるという。TORと呼ばれる暗号方式によって秘匿された情報は、2031年までは解読されないそうである。しかし世の中には、500年以上もの間、解読されていない書物がある。1912年に発見された「ヴォイニッチ写本」と呼ばれる不思議な書物のことだ。本書はその「ヴォイニッチ写本」と、それを解読しようと挑戦した者たちをテーマに描かれた一冊である。

◆本書の目次
1 醜いアヒルの子
2 ロジャー・ベーコンの暗号
3 秘術師、透視家、エジプト学者
4 暗号の迷宮 その1
5 暗号の迷宮 その2
6 天界の快楽の園
7 聖別された意識
8 偽作説今昔
9 正体見たりシュレーディンガー

現存する写本は、四つ折り版にして全246頁相当。そのうち33頁はテキストだけ、211頁には挿画が含まれている。そしてその中には、まったく解読できない文字群と、地球上には存在しない奇々怪々な植物が書かれている。だが、写本全体のスタイルには統一感があり、視覚的説得力を持つそうだ。そして、この本の美しさに惹かれる挑戦者たちが、何世紀にもわたり解読に挑み続けてきた。その手法は多士済々、暗号学、植物学、天文学、占星術、薬学、美術史、書籍史・・・百花繚乱なソリューション群である。

本書で特に目を惹いたのは、美術史としてのアプローチである。「アウトサイダ―・アート」の一種であるという仮説の中に、「ヘンリー・ダーガー」という名前を見つけたからだ。「ヘンリー・ダーガー」、この名前を見てピンと来た。このアーティストについて記述された書籍を見るのは、ここ1ヶ月の中で実に4冊目なのである。
それぞれの具体的な記述は、以下のようなもの。

◆ここ最近読んだ書籍における「ヘンリー・ダーガー」の記述
ダーガーのこの小説は、最初から、読者を想定していはいませんでした。唯一の読者であるダーガー自身を除いては。

『芸術闘争論』(村上 隆・著)
つまり、芸術を作る時の一枚に対する執着力、もしくは芸術の歴史そのものを作ろうとする執着力、そういう執念みたいなものが画面を通じて、もしくは作家の人生を通じて出てくるのが圧力です。圧力でいえば、ゴッホと同じく精神的疾患をもちながら作品を作り続けたヘンリー・ダーガーがいます。

『キュレーションの時代』(佐々木 俊尚・著)
ラーナー(ダーガーの住んでいたアパートの大家)がダーガーの遺物を旅行かばんの中から発見し、そこに「アート」を見いだしたからこそ、ダーガーの妄想の産物はアートとして世の中に公表される結果となった。つまりは、ダーガーの『非現実の王国で』というコンテンツに対して、ラーナーがコンテキストを付与したということなのです。
つまり美術史に限らず、さまざまなアプローチで解読を試みた人達がやってきたことは、「読者を想定していないけど、圧倒的な圧力を持つヴォイニッチ写本に、コンテキストを付与しようとした」ということにほかならない。そしてその挑戦者たちの失敗は、さらなる次の挑戦者の野心を刺激した。ヴォイニッチ写本を征服しようとした者たちは、次々とその書物にストーリーの一部として組み込まれていったのである。この不思議な書物は、追記可能な物語でもあるようだ。

最近のニュースによると、ヴォイニッチ写本の年代が特定されたそうである。1404年~1438年というところまで絞り込まれているそうだ。ひょっとしたら、解読の日も近いのかもしれない。しかし、そこに書かれているメッセージが何であれ、もはやあまり意味をなさないのではないかとも思う。ヴォイニッチ写本は、「人間が想像することの素晴らしさ」というメッセージを、すでに我々に与えてくれているのである。


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