ライフワークとしての音楽を考えていきます

凄すぎて才能のない人まで引っ張り上げてしまう教育者

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「僕があんまり『小澤征爾は凄い、斎藤先生は凄い』と言ってたもんだから、師匠の渡邉暁雄先生が、『斎藤秀雄先生とは弦楽四重奏をしていたことがあるし、斎藤先生を紹介してあげましょうか?』と言ってくれた。斎藤先生にはものすごく習ってみたかったけど、今は渡邉先生についてるしと思って断った。もう斎藤先生も渡邉先生も亡くなってしまった。今思えば、あのとき紹介してもらっておけば良かったかなと思って、ちょっと後悔しているんだ」

私が尊敬する指揮者の先生が、こんなことを話しておられたことがありました。

その先生は現在70歳くらい。
この年代前後の指揮者で小澤征爾さんに憧れない人はいなかったのではないでしょうか?

その小澤征爾さん始め、秋山和慶さんや堤剛さんらを、「桐朋式スパルタ教育」ともいえる方法で育てた桐朋学園創立者の斎藤秀雄先生。

その指揮法は、「斎藤メソッド」といわれる、斎藤先生が開発した科学的とも言える指揮法です。この「斎藤指揮法」は「指揮法教程」という本に書かれていて、私も学生時代に勉強しました。

ただ、オーケストラを「バシっ」と合わせるために、「タタキ」と言われる、指揮棒をまっすぐ振り下ろす方法が多用される傾向にあります。このタタキは、オーストラがしっかり揃うのはいいのですが、出だしの音が含みがなく硬くなってしまうことがあります。

そのことに関して、先生は

「デビュー当時の小澤征爾はタタキが多かった。ストラヴィンスキーの『春の祭典』でも何でも、金管が『パーンッ!』と合う。かっこいいなあと憧れた。でも、もっと重厚で含みのあるドイツ音楽なんかは合わせるだけではちょっと足りない。ただ、小澤征爾も勉強しているなあ。今は、タタキなんてあんまり使わない。斎藤先生を心底尊敬しながら、斎藤先生を乗り越えているんだ。小澤征爾はやっぱり凄いよ。」

とよく話していました。

2014年7月17日日本経済新聞「日本指揮者列伝(3)」に、その斎藤秀雄さんが取り上げられていましたので、ご紹介しましょう。

    ・・・・(以下引用)・・・・

当時の音楽家たちが「あまりに基本的なことができていないし、基礎知識がない」ことを痛感した斎藤は、日本のクラシック音楽を伸ばすためには、科学的根拠に基づく子どもたちへの早期教育を施すしかないと見定める

斎藤はつねづね「音楽も言葉と同じで、主語あり、動詞あり、形容詞ありで、文法と同じに分析できる」と語り、教育の場で実践していったが、これは高名な英文学者だった父、斎藤秀三郎の強い影響によるものだ。幕末に生まれて日本人が英語を学ぶことの必要性を痛感し、超人的な努力で英語そのものを研究した秀三郎が、イギリス人も驚くほどの英文法の理論書や、英和・和英辞典を独力で編纂(へんさん)したように、斎藤はローゼンストックから学んだ指揮法を体系化して、その基本技術を『指揮法教程』(56年)という一冊の本にまとめ上げる。

「“指揮の先生”ということでは、世界一といえるほど優れていたとは思いますが、“指揮者”としては大成したとはいえない」という指揮者・渡邉暁雄の言は、決して斎藤を貶(おとし)めるものではない。指揮者ではなくあえて音楽教育者の道をきわめたことで、斎藤と「斎藤メソッド」の名は世界に轟(とどろ)いたのである。

    ・・・・(以上引用)・・・・

斎藤先生は、数々の日本を代表するような素晴らしい音楽家を輩出され、教育者として最高峰の方であると思います。

しかし、ある一人の指揮者が指揮のレッスン中に静かにつぶやいた言葉が今でも心に鮮明に残っています。

「斎藤先生は確かに凄い。凄すぎて、それほど才能のない人まで無理やり音楽家にしてしまった。その人の人生を考えると複雑な想いがする」

戦後の何もないところから「何が何でも日本のクラシック音楽を伸ばそう」とした熱意。それは尊いものだと思います。だからこそ、今のクラシック界の発展があるからです。しかし、斎藤先生のお弟子さんは、必ずしも小澤征爾さんたちだけではなかった。そのことをふと考えさせられます。

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