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鳥のように高いところからの俯瞰はできませんが、ITのことをちょっと違った視線から

Webはフローで書籍はストック

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 先日は、翔泳社主催のe Publishing Day 2010というセミナーを聴きに行った。いろいろと印象に残ったところを、ちょっと記録しておくことに。

今年は電子書籍元年ではなくデバイス元年

 巷では電子書籍元年だとか電子出版元年とか言われているけれど、実際はiPadやKindleが新たに普及を始めるデバイス元年だという話。これは、改めて言われればもっともな話だと思うところで、デバイスが普及した上で日本においてはきちんと日本語の電子書籍なりが出てきて、それが容易に流通できる仕組みが完成してこないと、まだまだ電子書籍、電子出版元年にはならないだろうとのこと。これにはまだ、2~3年は必要か。

iPadの雑誌には広告クライアントがすごい勢いで出稿している

 これは、米国での話になるわけだけれど、先進的な企業はiPadの先進的な表現力を秘めた雑誌媒体に積極的に広告出稿しているそうだ。雑誌広告はいま極めて厳しい状況にあるかと思うが、同じ雑誌でもiPad上では状況が大きく異なるようだ。iPadの雑誌では、画面の縦と横で写真が変わったり、広告からすぐ購買行動に移れたりと多彩な表現力を持っている。

 当然ながら、広告効果のトラッキングも紙と違って容易にできるので、先進的なクライアントが関心を持つのは、当たり前と言えば当たり前のことか。日本でも、iPadが普及した折には同様な現象となることは十分に予測されるので、広告に関わっている人は早い段階でiPad上の雑誌での広告をどのよう制作し、どういう企画すればいいかを考えておくべきだろう。逆に言えば、休刊してしまったような雑誌でも、iPad上なら復活の道があるのかもしれない。

教科書の電子書籍化は一気に進むのかも

 電子書籍化に向く書籍としては、先日来からここのブログでも紹介されているような絵本がまず挙げられる。飛び出す絵本系なんて、3DになってiPadで見られるとかなると、子どもたちは大喜びかもしれない。もう1つ可能性が高いのが教科書。これも、電子化することで紙よりは幅も奥も深い教科書ができあがりそうな気がする。数年後には、すべての小学生にキッズ版のiPadが配布されていたりするのだろうか。子ども手当の使い道としては、現金ばら撒くよりいいんじゃないかと思ってしまう。

 ただ電子化でちょっと残念なのは、教科書忘れてとなりの席の女の子に机くっつけて見せてもらうとか、ページの端っこに絵を書いてパラパラ漫画にして遊ぶとかできなくなるのがちょっと寂しい。落書き機能とかくらい、付けてくれないかなぁ。

電子出版で街の書店が復活するのかも

 街の書店は、いま相当に厳しい状況にあるのは周知の事実。でも、これが電子出版の普及で復活できるかもという話。オンデマンド印刷とかが書店の店頭で簡単にできるようになれば、小さな書店でも大規模店舗と同様な商品力を持てる可能性がある。そうなれば、書店が独自の企画で平台作ったりも簡単にできるのだ。取次からの配本が少なくて、ベストセラーがなかなか入荷しないなんてこともなくなるだろう。もちろんこれは、電子出版が普及しても、紙の本で読みたいというニーズがなくならないという前提だけど。

 より個性的な書店というか、むしろ本のコンシェルジュのような存在に、街の書店はなれるのかもしれない。簡単に実現できることではないとは思うけれど、1つの活路としてはありなんじゃないかなと。

電子出版でマイクロコンテンツの書籍化が盛んになる

 流通コストや本という形にするためのコストが大幅に削減できるので、いわゆる本のボリュームには足りないようなコンテンツや、非常にニッチな領域が対象でいままで書籍化することができなかったようなコンテンツが、どんどん書籍化できるようなるということ。出版社でボツになったものも、なんなら自分で本にしてしまえばいいわけだ。さらに、ボリューム的にはちょっと足りないけれどかなり面白いなんてものも、これまでは書籍化できなかったがこれからは容易に本に出来る。

 ただ、そうやってコンテンツが氾濫するような状況になれば、改めて質が問われるようになるはず。書評のようなものの価値も向上せざる得ないだろうし、編集という仕事の重要性も増す気はする。そういった変化に対応するための、新たな出版の業務におけるプレイヤーが必要になりそうな気配が。

Webはフローで書籍はストック

 これはどんなコンテンツが、どういう媒体というかデバイスというかインターフェイスで表現されるべきかという話。いわゆるWebのコンテンツというのは、フローで参照されるようなもので、ストックするべきコンテンツであれば、今後は電子書籍の形になっていくのだろう。そういう意味ではKindle用のコンテンツというのはストック型のもののほうが向いていて、これはいわゆる文芸書などの読み物がその対象になるのだろう。電子化したとしても、読み物には読み物なりの表現の仕方というのがあるということだ。

 iPadはフローでもストックでもいけるし、その中間型なんかもありだろう。逆に考えれば、フローに向いたコンテンツならば、電子書籍ではなくいままで通りにWebページでもいいわけだ。当然ながらストリーミング映像だとか従来からある表現方法を、無理して電子書籍化する必要はまったくない。そして、コンテンツの性質がフローなのかストックなのかを見誤ると、コンテンツ本来の価値を損ねかねないので、そのあたりを見極める力を電子出版に携わる企画者や編集者は早急に身につける必要がありそうだ。

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