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鳥のように高いところからの俯瞰はできませんが、ITのことをちょっと違った視線から

AVATARを見て人間のエゴとエコについて考えた

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 2010年の元旦は、3D映画のAVATARで始まった。

 正月に映画館に行ったのは、初めてかもしれない。最近は、Webで事前に座席を予約できるので、あくせくせずに映画館に足を運べるのは嬉しい。で、AVATARだ。じつは、3Dの映画だってことと、Twitterなどのつぶやきでも評判がいいなぁということし知らずに観に行った。実際、映画館のロビーでさまざまな映画の予告編が流れていて、これは変な設定の映画だなぁと思って観ていたら、どうやらそれがこれから観ようとしているAVATARだった、というくらい事前知識はなしだったくらいだ。

 メガネをかけている自分にとっては3D用のメガネをさらにかけるのは鬱陶しい。とはいえ、最初のうちこそ3Dであることやメガネが気になったけれど、途中からは3Dであることをほとんど意識しなかった。それだけ3Dの表現が自然で、うまいぐあいに映像に溶け込んでいたということだろうか。これがこの3Dのメガネなしで観られるようになるのならば、一気に3D化が加速するのではと思えるぐらいだ。

 もちろん、ストーリーにのめり込んだからこそ、3Dがどうとかを考える暇もなかったのかもしれない。映画の詳細は割愛するが、なんだかネイティブアメリカン的な考え方があり、それを侵略した人間のエゴみたいなのが表現され、さらには自然というか森というかそういったものはつながっていて、人間も本来はその一部として生かされているということを改めて感じさせられる内容だった。

 そして、マイケル・ジャクソンのTHIS IS ITにも環境問題に対するメッセージがあったけれど、AVATARにも強いうメッセージが含まれていると思う。人種の問題、途上国の問題、資源の問題、これから作られる多くの映画にはなんらかの形でこういったことへのメッセージが含まれてくるのかなぁなんてことを、漠然と感じた2010年の元旦だった。

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