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『資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言』を読んで

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中谷巌先生が、新著『資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言』を出版されました。

多摩大学・大学院で、修士論文の指導教官として中谷先生に私がお教えをいただいたのは、2000年から2002年でした。

当時の中谷先生は、「新自由主義派」「構造改革派」として、また政府のブレーンとして、構造改革の論客であり、改革の必要性を説いてまわっておられました。

折からの金融危機で日本全体の処方箋が求められていた背景もあり、先生の主張には大きな説得力がありました。

その中谷先生が出された本書の帯は、このように書かれています。

リーマン・ショック、格差社会、無差別殺人、医療の崩壊、食品偽装。全ての元凶は「市場原理」だった!
構造改革の急先鋒であった著者が記す「懺悔の書」

ということで、先週末に本書を入手、読み始めたところ、夢中になりました。

400ページ近い本書は一日で読み終えました。

そして考えさせられました。

 

本書では、グローバル資本主義の本質的欠陥として、下記を挙げています。

---(以下、p.18より引用)----

・世界金融経済の大きな不安定要素となる

・格差拡大を生む「格差拡大機能」を内包し、その結果、健全な「中流階層の消失」という社会の二極化現象を生み出す

・地球環境汚染を加速させ、グローバルな食品汚染の連鎖の遠因となっている

---(以上、引用)----

本書の結論はこの3点であり、この結論に至ったロジックが展開されています。

最初に、1960-70年代の米国の繁栄は、市場原理が徹底されていたからではなく、20-30年前に行われたニューディール政策等のおかげである、としています。

本書p.43に、この100年間における米国の所得格差推移がグラフで掲載されていますが、数十年のスケールで市場状況や政策の影響を受けて循環していることがよく分かります。

世界がフラット化していなかった時代、労使協調は経営者にとっても合理的選択でした。しかし、これはローカルな資本主義においてのこと。グローバル資本主義においては労働者と消費者が同一人物ではなく、人件費向上はそのままコスト向上に繋がります。そこで、企業にはできるかぎり人件費を抑えようとするベクトルが働く、としています。

今世紀に入り、日本が好景気だったにも関わらず労働分配率が下がり続けている理由も、恐らく同じなのでしょう。

一方で本書では、第二次大戦中に「大転換」という著書を書いたカール・ポランニーを紹介しています。

ポランニーは「資本主義とは個人を孤立化させ、社会を分断させる悪魔の碾き臼である」と繰り返し強調しています。

そして、「労働」「土地」「貨幣」を商品として取引することで市場経済をおかしくなった、としています。「そもそも商品の本質とは、再生産が可能であるかどうかにかかっている」からであり、「労働」「土地」「貨幣」はこの条件を満たしていないためです。

確かに、現在のグローバル資本主義で苦しんでいるのは、「貨幣」「土地」「労働」に関わる分野です。その意味では、60年以上前にこれを指摘したポランニーは、まさに慧眼であったと言えるかもしれません。

一方で、日本と他国の文明についても歴史的な観点で考察しています。支配・虐殺が繰り返されてきた人類史の中で、日本文化は支配・虐殺よりも文化受容の歴史でした。(戦国時代のような時期もありましたが、この時期でも住民を根絶やしにすることはありませんでした)

本書では、その日本が文化受容の歴史になった原点として、縄文と弥生の出会いを挙げています。

そして、この縄文人と弥生人の融合が、その後、「長期的な信頼の確立」を目指した「正直で勤勉」な日本人の行動規範に繋がったとしています。

そして、

---(以下、p.320より引用)----

すくなくとも、先進国の中で「損して得取れ」という愚直な戦略を身につけている国は日本しかないし、BRICsと呼ばれる後発国の中にも見あたらない。だとすれば、我々はたとえ不格好で不器用であっても、覚悟を決めて、長期的に信頼を勝ち取る方法を今後も維持すべきではないだろうか?

---(以上、引用)----

と述べています。

新原浩朗著「日本の優秀企業研究」でも、日本の優秀企業とは、

「自分たちが分かる事業を、やたら広げずに、愚直に、真面目に自分の頭できちんと考え抜き、情熱をもって取り組んでいる企業」

としています。このような歴史的背景や日本以外の文化との比較と併せて考えると、とてもハラに落ちやすいですね。

また、日経BPの記事『トヨタ経営「成功のポイント」に「壁を越える力」を見る』では、一橋大学大学院の清水紀彦特任教授が、世界で最も優れた製造業であるトヨタ自動車による、一見グローバルの基準で考えると不思議な企業戦略について、考察しています。

・少しずつ前進するが、時折、飛躍する。
・倹約を徹底するが、大盤振る舞いもする。
・業務の効率性が高いが、重複も多い。
・安定を目指すが、同時に現状を疑ってかかる。
・官僚的な階層組織を尊重する一方で、反対意見を自由に述べさせる。
・コミュニケーションは単純化しているが、ネットワークは複雑である。

本書と併せて読むと、よく理解できます。

本書では、他にも、

・国家として民主主義やマーケット・メカニズムを拒否し、GNPが非常に低いにも関わらずGNH(Gross National Happiness)が高いキューバやブータンの事例と、幕末日本の類似性

・宗教国家、理念国家としての米国

・一神教思想がなぜ自然を破壊するのか

・貧困大国となってしまった日本

・ベーシック・インカムの新しい税制等の提案


等についても考察しています。

 

今回の経済危機を契機に、一部では保護主義的な動きも出てくると思います。しかしその一方で、グローバル化は今後もさらに進展する可能性が高いと思います。

このようなフラット化した世界は、地球全体が「小さな一個の島国」である、とも言えるのではないでしょうか?

まさに、本書で挙げているように、数千年前に縄文人と弥生人が巡り会った日本の状況とも言えます。

各民族の文化や行動形態は数百年・数千年をかけて培われたものですので、一朝一夕には変わらないでしょう。

しかし一方で、中世から近代まで戦争を積み重ね多くを学んだヨーロッパでは、ECが生まれ協調路線も出てきています。

このような時代こそ、中谷先生が指摘されているように、日本人のローカルな価値観は、グローバルに大きな価値を持ってくるのではないでしょうか?

 

ところで1942年生まれの中谷先生が「新自由主義」の旗手と言われたのは、60歳前後の頃。今年、中谷先生は66歳です。

本書では改革が全て否定されているわけではありません。例えば本書では、既得権益構造の打破などは、正当であったと述べています。

しかし、

---(以下、p.21-22より引用)----

...その後に行われた「構造改革」と、それに伴って急速に普及した新自由主義的な思想の跋扈、さらにはアメリカ型の市場原理の導入によって、ここまで日本がアメリカの社会を追いかけるように、さまざまな「副作用」や問題を抱えることになるとは、予想ができなかった。

この点に関しては、自分自身の不勉強、洞察力の欠如に忸怩たる思いを抱いているのである。

---(以上、引用)----

と述べられておられるように、自分の半生とも言える30代から60代前半までの生き方を、60代後半になってから否定することは、なかなかできないことなのではないでしょうか?

このような姿勢に、自分の過去の業績に囚われずに常に真理を追究し、よりよい世の中の実現を見据えている研究者としての中谷先生の姿勢を見たような気がします。

常に考え続け、積極的に問題提起と具体的な解決策の提示を行い、自分に誤りがあれば率直に認め、正していく、という弁証法的な姿勢は、よりよき世の中を実現するためには大切なことではないでしょうか?

師の背中で教えられたような気がします。

この姿勢、私も是非学び続けていきたいと思います。

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