セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

変革の糸口はあるのか?

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自民党総裁選の話題が巷間を賑わしているが、どうも安倍一強体制は変わらない様子だ。確かに、ある意味で政権が安定しているので、必要な政策がそれなりに実行しやすいこともあり、経済も決して素晴らしい状況ではないにしても、若干ながら成長しており、大きく批判すべき材料はないようにも見える。恐らく経済界としては、安定的な政権運営が一番有難いということなのだろう。

だが、本当にそうだろうか?森加計問題もうやむやになり、総理の国家の総帥としての資質には疑問が残ったまま。憲法問題も、そもそも立憲主義を理解しないまま、更に突き進んで本当に国民の権利は守られるのか?益々内向きの政策が主要先進国の主流になりつつある中、米国一辺倒で世界に対して示すものを持たない我が国が本当に独立を保てるのか?様々な教育機関や企業の不祥事が立て続けに起こる昨今を見ていると、わが国は益々劣化して行っているのではないか?デフレ脱却を目指し、金融政策だけで運営してきた経済運営をこれ以上続けて先行きが見えるのか?そして、益々貧富の格差が広がる我が国において、本当にこのままの行政運営で済むのか、不満の層が益々拡大しているのではないか

このように考えると、どうも議席にしがみつき、変化を避けようとする政治家に対して、感度が低すぎると言わざるを得ないように感じる。大変残念なことに沖縄の翁長氏が亡くなった。普天間を辺野古に移設せずして、現状の我が国の安全保障を保つというのは非現実的という政府の判断は分からないわけでもないが、沖縄の戦後長期にわたり果たしてきた犠牲に鑑みると、翁長氏の行動には十分に理由があると言わざるを得ず、何十年も先の我が国の立ち位置や、それを支える多重的な安全保障との関係の中で、日米安保や国家としての負担のあり方などを考えなくてはいけないのではないか?そのような議論をずっと放置したまま、日米安保にもたれかかり思考停止を続けてきた植民地日本の発想をそろそろ本気で転換すべき時が来ている

もう、これまでの体制ややり方では、我が国の経済運営も、国家運営も、国民の福祉も、安全保障も、達成できないところまで来ている、そんな危機感をもって、既得権を守るのではなく、これから50年後の日本をどうするか、孫やひ孫たちにどのような国家を残すのか、その安全と幸福をどう達成する礎を作るのか、という議論が出来るような政治体制を期待したい。そして翁長氏の後を継ぐ、真の意味で基地問題に真剣に取り組む知事の誕生を期待したい。事は、国と県の対立という構図で語られるべきものではないことは明白なのだから。

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