セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

民度は下がったのか?

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森友問題で、直接の関係があるかどうかは分からないが死人が出、前理財局長が辞任し、文書の改ざんが行われたようであり、などなどどうも我が国とは思えないような状況が次々と明らかになる。仮想通貨でも、取引所が実は自己勘定で取引し、顧客との間で鞘抜きをしていたらしいとか、業務停止命令2社、改善命令7社?リニアの談合にしても、日産などの検査問題にしても、あまりにいい加減だし、悪意があるとしか言いようがないものも散見される。

もちろん、わが国も高度成長の中で、談合とか、カルテルとか、環境問題とか、証券不祥事など、様々な経験をしてきており、すべてが天使のような国家であったわけではないのは事実だが、高度成長を経て相応のシビルミニマムが達成され、価値観も多様化する中で、その歴史的な特性や教育水準の高さなども相まって、より民度の上がった国民国家になっていることを期待したわけだが、どうも全く逆行しているようだ。

その中で、手っ取り早く宿泊施設を増やしたいという政治的欲求と、不動産投資で一儲けしたいという個人や外国人の欲求が重なって、民泊が推奨され、死人が出た。規制緩和は決して悪いことではないと思うし、何でも規制すれば良いというものでもないが、仮に一部の人々でも、これほどまでにレベルが低い人たちが仮想通貨や民泊などに関与するとすれば、それは慎重に対応を検討すべきだろう。宿泊施設がなければ人は来ないのだからそれはそれで良いではないか?

恐らく、今の日本の最大の問題は、そこそこの所得層にある人たちの少なくとも一部の文化的レベルが怖ろしく低いことではないか?つまり不動産投資をしたり、仮想通貨に投機できる人々の大宗があまりに節操がないことが、社会の進むべき方向を狂わしているとしか思えない。仮装通貨もある意味で、これからの社会システムの根幹となりうる可能性を持った仕組みだと思っているが、これをただ投機の道具としか見ない人々がいることも事実だ。

先日、とある証券取引所で、中長期的に成長する可能性のある会社に投資を促すことの重要性の話をしたら、現在の投資家はどうしても短期的なリターンを求めるので、あまり受けないのではとの反応だった。そこで、引き続き証券に違和感を感じる日本国民が大宗の貯蓄を0.1%以下の低金利で銀行に預けている中で、長期的に安定的に成長する会社向けの投資で、且つそのような会社こそが社会にも貢献するということを説明すれば、一部の人に特化している投資家層が広がるのでは、と話したことを思い出す。

確かに、不適切な行動があることは事実だが、それでダメなのではなく、実はより高い民度の方々が多く残っているのだから、その方々の力もお借りして変えていけばよい、その意味でも現状の議会制民主主義自体を変えていかねばならないのかもしれない、と感じ始めている。

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